第46話 夜襲
「ちょっとぉ、どこ行くのよ。るいしゃあ」
「はいはい、大人しく寝ててね」
「あんまり私をこども扱いしてんじゃ……zzz……」
「ふう、ようやく寝た」
ベッドに寝かしても中々寝付かなかったシャロがようやく寝たことでホッとしたルイシャは、彼女に布団をかけると部屋を後にする。
時刻はもう真夜中、もうパーティーも終わって片付けに入っている頃だろう。
「今更にはなっちゃうけど片付けくらい手伝いに行こっかな」
そう呟き宿舎の廊下を進む、窓の外に光る綺麗な月を見ながら歩いていると……突然鋭い殺気が彼の体を貫いた。
「――――ッ!?」
急いで周りを見渡すが誰もいない。
殺気は上から放たれていた、ルイシャは殺気を放った者を見つけるため二階の窓から外に出ると、四階建て宿舎の壁を走って登り屋上に登る。
何もない閑散とした宿舎の屋上。
そこには一人の人物が立っていた。
「やあ、こんばんは。今日は月が綺麗だね」
月明かりに照らされて立っていたのは剣王クロム・レムナントその人だった。
まさかこんなに堂々と来るとは思っていなかったルイシャは警戒する。
「楽しくお喋りしに来た……わけないですよね。いったい何の用ですか?」
「そんなに警戒しなくても大丈夫、今日は争いに来たわけじゃない。……まあ君の返答如何によっては手荒なことになってしまうかもしれないけどね」
クロムは「にぃ」と笑みを浮かべると右腕を差し伸べるようにルイシャに突き出す。
「帝国に来い、ルイシャ。お前は王国で腐っていい人材じゃない」
力強く言い放つクロム。その言葉は嘘偽りのない本気の言葉に聞こえた。
「本気……ですか?」
「当たり前だ。こんなことを私は冗談で言わない」
そう断言したクロムは言葉を続ける。
「お前の力は素晴らしいものだ、研鑽を積めば私を超えて最強のヒト種、いや魔族や竜種も含んで最強の存在になれるかもしれない! ……だがこのまま王国にいてはそうなれる可能性は低いだろう。王国騎士団長エッケル……あいつは『凡人』だ、お前を育てられる能力はない。その他にはめぼしい実力者がいない王国にいても腐っていくだけだ」
「……」
ルイシャは黙ってクロムの言葉を聞いていた。
事実クロムの言っていることは正しかった。王国には国に忠義を尽くす実力者が帝国と比べて明らかに少ない。
街に大型の魔獣が現れた時には冒険者に頼ることが多く、そのせいで国民からは頼りなく思われている。
「だから私と来い、ルイシャ。帝国に来たらお前に必要なものを全て用意してやろう。そして共に強くなり最強の存在になるんだ。私がお前をそうしてやる」
それは帝国に住む者でなくても強さを求める者であれば誰もが垂涎して欲しがる言葉。
しかしルイシャの気持ちは決まっていた。
「とても魅力的な提案ですが、お断りさせていただきます。ぼくは王国から移るつもりはありません」
「……理由を訊いても?」
「はい。クロムさんは必要なものを全て用意すると言ってくれましたが、今の僕にこれ以上必要なものはありません。僕は今のままで十分満ち足りている、今のままで十分強くなれる」
毅然とした態度で言い放つ。
それを見たクロムは言葉による説得は無理だということを理解した。
「そうか、分かったよ」
「ご理解いただきありがとうございます。誘っていただいたこと自体はとても光栄におも……」
「力づくで連れてかなきゃいけないことがな」
「!?」
瞬間クロムの姿が消える。
ルイシャが咄嗟に両腕をクロスさせ、気で全身を硬質化させる。
防御態勢が整った瞬間物凄い衝撃がルイシャに襲いかかる。必死に踏ん張るもその体は宙を舞い、そのままセントリアの街から飛び出て何もない荒野地帯まで吹き飛んでしまう。
「いてて……」
何とか受け身に成功しお尻を痛めたくらいで済んだルイシャ。
見ればセントリアの街から結構離れた場所まで飛ばされている。もし防御が間に合わなければ体がバラバラになっていたかもしれない、ルイシャはゾッとする。
「お、まだ生きてたか。よかったよかった」
ルイシャの近くにクロムが着地する。
あれほどの一撃を放ったにも関わらず息が乱れている様子は一切ない。
クロムは腰に刺したブロードソードを抜き放つと、その切先をルイシャに向ける。
「悪いな、お前が来たいか来たくないかは関係ないんだ。両手両足へし折ってでも連れて行く」
「……やるしかないみたいですね」
竜王剣を抜き放ち、戦うことを決意するルイシャ。
光り輝く月のみが観戦する中、本当の決勝戦が幕を開けたのだった。