第44話 決着
試合開始の合図と共に帝国学園の生徒の一人が駆け出す。
黒い長髪が特徴的なその生徒は、腰に差していた軍刀を抜き放ちルイシャに襲いかかる。
「どうやってここまで来れたかは知らないが……これで終わりだ!」
「……気功術守式一ノ型『鉄纏』」
上段からの振り下ろし、鈍色の刃は真っ直ぐにルイシャの右肩に向かって振り下ろされ命中する。
しかし。
「へ?」
これ以上ない角度と威力で振り下ろされた軍刀はルイシャに当たった途端、パキン! と音を立てて折れてしまった。
それと同時に軍刀を持った手は激しく痺れる。まるで頑強な岩でも叩いたみたいだ。
ルイシャは体を鉄のように硬くする技『鉄纏』を解除すると、怯んだその生徒の腹をとん、と軽い感じで叩く。
傍から見ればたいした一撃には見えないが、ルイシャは高密度の気を練り込み打ち込んでいる。
たかが一生徒に耐えられる訳がない。
「――――ッ!!!!」
苦悶の表情を浮かべながら生徒は地面に崩れ動かなくなる。
あまりにもスピーディーな決着に帝国の生徒も観客もついて行くことが出来ず戸惑う。
「貴様ぁ……何をしたァ!?」
「それが分からないようじゃ僕には勝てないよ」
「ぐぐぐ……生意気な……! 貴様みたいなガキに全てを奪われてたまるか、勝利も栄光も、そしてあのお方の興味も! 全部俺のものだッ!」
叫ぶジェロジア。
帝国学園首席である彼は今まで挫折というものを経験したことがなかった。
剣の腕、魔法、そして勉学、それら全てに優秀な才を持ち、努力することも苦と思わない彼は確かにとても『優秀』だ。
しかし裏を返せばそれだけの器ということになる。
『天才』でもなければ『異常』でもない。
天賦の才を持つ剣王クロムに興味を持ってもらうには何もかもが不足していた。
「貴様さえいなければ! 上位雷撃!」
ジェロジアの手から放たれる雷撃。
それに対してルイシャは片手を上げそれを受け止めようとする。
「馬鹿が! 上位魔法がそんなんで受け止められるかよ!」
雷撃はルイシャの右の手に平に命中する。
観客から巻き起こる歓声と悲鳴。しかしその声は次第に驚きの声へと変わっていく。
「うそ……だろ……?」
なんとルイシャは雷撃を全て素手でかき消していた。
一流の魔法使いでないと使えない上位魔法、それを魔法を使わずに防ぐなどジェロジアにも観客にも到底信じられないことだった。
「これで終わりですか?」
冷たく、そして残念そうに尋ねるルイシャ。
格が違う。
ここに至って帝国学園の生徒は自分たちが手を出してはいけない存在に手を出してしまったことに気づく。
「ふ、ふざけんな! 俺はやってられねえぞ!」
「おい! 待て!」
怖気付いた帝国の生徒が背を向け逃げ出す。
ジェロジアはそれを止めようとするが、それよりも早く彼の横を巨大な岩石が通り過ぎ、逃げた生徒に命中する。
まるでボウリングのピンのようにすっ飛んだその生徒は空中で三回転ほどした後、「ぐぺ」とカエルを潰したような声をあげリング外に落ちる。
「き、貴様……!」
「高速岩石弾。無抵抗な人を倒すのでしたら初期魔法で十分、形だけ立派な上位魔法よりはよっぽど……ね」
ギリリ、と歯噛みするジェロジア。今の攻撃で味方は全滅、ルイシャとジェロジアしか試合場には残っていない。
流石の彼も冷静になり自分がルイシャに敵わないことは理解していた。しかしそれでも愛する帝国のため彼は負けるわけにはいかなかった。
どんなに汚くても、惨めでも、それだけは出来ない。敬愛するクロムに失望されることは彼にとって死よりも恐ろしいことなのだから。
「なあお前、取引をしないか?」
「この後に及んで往生際の悪い……そんなの僕が呑むと思いますか?」
「まあ話を聞けよ……どうせお前は優勝自体には興味ないんだろ? だとしたら欲しいのはその副賞の国境を越える権利だ。それくらいだったら用意してやれる」
「何を言ってるんですか、貴方を倒せばそれは手に入るじゃないですか」
「まあ慌てるなよ、それだけじゃない。私はいずれ帝国でゆうすうの将軍になるだろう、その暁にはお前の全面バックアップをしてやろう、望むなら副将にだってしてやる! 金も、地位も、名誉も全て手に入るぞ!」
「……言いたいことは終わりですか?」
「へ?」
「もっとマシな提案をして下さるかと思いましたが見込み違いだったようですね。貴方は竜の逆鱗に触れた、その代償は払ってもらいます!」
一瞬で距離を詰めたルイシャは腹部に一発、拳を放つ。
胃がひっくり返ったかのような衝撃を覚えたジェロジアは苦しそうに顔を歪めながら前のめりになる。
続けて目の前に突き出された頬にフックをお見舞いする。パキ、と頬骨と歯が砕ける感触がルイシャの拳に感じられるがそれでも彼は止まらない。二度とこのようなことが起きないよう徹底的に牙を折り、歯を抜き、心を砕く覚悟を彼はしていた。
「あ、あがが……」
「これで……トドメっ!」
顎目掛けて真上に放たれた見事な蹴り。
それはジェロジアの顎を的確に打ち抜き、彼の意識を刈り取る。
「クロム……さま……」
敬愛するその名を呟きながら、彼は糸が切れたように崩れ落ちる。
試合会場に残っているのはルイシャただ一人となった。それに気づいた実況のペッツォは急ぎコールをする。
『し、ししし試合終了ーーーーーッ! 圧倒的な実力で帝国学園を下したのは、ななななんとエクサドル王国の魔法学園ッ! なんという番狂わせ! なんというファンタスティック! 一対三という圧倒的不利な状況から勝利した選手に盛大な拍手をお願いします!」
割れんばかりの歓声と拍手がルイシャに降り注ぐ。
相手を倒すことに集中していて観客のことなど頭になかったルイシャは驚き、照れたように手を振り返そうとするがその瞬間、緊張が緩んだことで体力の限界が一気に来てその場に崩れ落ちそうになる……が完全に倒れるギリギリ手前で駆けつけたシャロたちに抱えられる。
「大丈夫ですか? 遅れてしまい申し訳ありません」
「ほら、しっかり立ちなさい。あんたはこの大会のヒーローなんだから」
「へへ、観客も待ってますぜ大将」
「うん……ありがとう三人とも」
二人にしっかりと支えられたルイシャは熱狂冷めやらぬ観客に手を振り返す。
こうして過去最大級の盛り上がりを見せた天下一学園祭は幕を閉じたのであった。
◇
「いやー今回の大会はレベル高かったな」
「それにしてもあの魔法学園の少年は一体何者だったんだろうな。名前くらい知りたかったぜ」
無事閉会式も終わり、帰路につく観客たち。
一方試合を見ていた皇帝コバルディウスと剣王クロムはいまだ席から立っていなかった。
「……駄目だったか。今年の生徒は悪くないと思っていたのだが相手が悪かったな」
「そら勝てないでしょうよ陛下。足止めが失敗した時点であいつらの勝ち目は失せた、退屈な試合ではあったが……まあ思ったよりは粘ったかな」
楽しげに語るクロム。
その表情を見て嫌な予感がした皇帝は釘を刺す。
「まさかとは思うが、あの少年に手を出すつもりじゃないだろうな?」
「……さあ、どうでしょう。まあ陛下には迷惑のかからないようやるんで安心してください」
「いや全然安心できないんだが……」
呆れた様子でため息をつく。
クロムに助けられたことは数え切れないほどあるが、迷惑をかけられた数もまた数え切れない。
胃がキリキリし出す予兆を感じた皇帝は懐から特製胃薬を取り出すと、用法用量を守っているのか心配になるほどそれをがぶ飲みする。
「相変わらず気持ちのいい飲みっぷりですね陛下」
「はぁ、誰のせいだと思ってるんだまったく。お前も家庭でも持てばもっと落ち着くんじゃないか? ほら、お前は顔もいいし引く手数多だろう」
「陛下、それ今だとセクハラになりますよ」
「セクハラ認定される皇帝は有史以来私が初だろうよ……。なあクロム、私は何もふざけて言ってるわけじゃないんだ。現に私も今の妻と結婚して昔より心が安定するようになった。お前も少し真面目に考えてみたらどうだ?」
長年共に時間を過ごした同志として、皇帝コバルディウスはクロムのことが心配だった。
しかしそんな彼の思いは届くことはなかった。
「お気遣い痛み入ります。しかし私は家庭など作るつもりはありませんよ。私の居場所は戦場にしかありません、異性に媚び好かれようとするなど私の人生にあるはずもない」
キッパリと言い放つクロムを見て、皇帝は「そうか」と残念そうに眉を下げる。
「じゃあ最後に聞かせてくれ、好みの異性とかはないのか?」
「好みですか……そうですね……」
しばらく考え込んだのち、クロムは納得する答えに辿り着くと悪そうな笑みを浮かべてそれを口にする。
「私より強い人、でしょうか。圧倒的な力と技量を持ち、私を真正面から打ちのめしてくれる人。そんな人に巡り会うのが夢なのです」
「お前より強い人か……それはいくら私でも用意できないな。お前の夢を叶えられないのが残念だよ」
「叶えられぬからこそ夢と呼ぶのですよ陛下」
クロムは少し寂しそうにそう言うと、試合会場を後にするのだった。