第30話 一瞬の攻防
場所は戻り試合会場。
睨み合いお互いの出方を窺うルイシャとクルイーク。
三十秒ほどの膠着状態が続いたその時、勝負に動きが起こる。
「まだ……やれるぞ」
「ぜえ、ぜえ、その、通りだ」
そう言って体をふらつかせながらもしっかりと両の足で立ち上がったのは、ルイシャに倒されたはずの若き獣牙の生徒二人だった。
(結構強く叩きつけたんだけど思ったよりダメージは大きくなさそう。この頑丈さの秘密は……あの鎧、かな)
ルイシャは彼らが身に纏っている鎧に注目する。
若き獣牙の生徒たちが使用している鎧は、魔獣の皮や竜種の鱗を主な素材としており金属や鉱石はあまり使われていない。
生物由来の素材が耐久性に優れているのは広く知られているが、それらの素材は加工が難しく壊れてしまった時に直すのが難しい。なので冒険者や兵士たちは金属製の防具を好んで使っている。
しかし商国ブルムは少し違う。わけあって魔獣の素材がたくさん手に入るこの国ではそれらの素材が好んで使われている。なので他国よりも魔獣や竜種素材の加工、補修技術が進んでおり兵士に安定してそれらを供給することが出来ているのだ。
「さっきは油断したが、次はこうはいかないぞ」
そう言って若き獣牙の生徒二人はルイシャに槍の切っ先を向ける。
すると彼らとルイシャの間にヴォルフとバーンが割り込んでくる。
「ふー、セーフセーフ。またルイシャに美味しいところ全部持ってかれるかと思ったぜ。リーダーをやれねえのは残念だが、お前らで我慢してやるよ」
「そういうこった。お前ら如き、大将が手を出すまでもねえ」
そう挑発され、若き獣牙の生徒は二人に標的を変え走り出す。
しっかりと両手で槍を握り、正確に狙いをつけて腕を突き出す。風切り音を上げながら恐ろしい速度で迫ってくる槍。しかし二人はしっかりとその動きを目で捉えていた。
「「大将より遅え!」」
常人では捉えきれない速さの攻撃も、日頃ルイシャにしごかれている二人からしてみれば大したことのない速さであった。
体を捻り、最小限の動きでその攻撃を躱した二人は鎧、その中でもルイシャの攻撃でヒビが入った箇所を思い切り蹴り飛ばす。いくら頑丈な鎧といえど二度にわたる衝撃は吸収しきれず砕き割れてしまう。
若き獣牙の生徒は日常的に厳しい訓練を行なっている。なのでその戦闘能力は非常に高い……のだが、それは一般的なヒト族と比べればの話だ。
岩をも砕く打撃能力を持つ二人の攻撃を耐えることは出来ず、白目を剥きその場に崩れ落ちてしまう。
それを見たバーンががっかりした様子でため息をつく。
「はあ、一発で伸びちまいやがった。もっと俺様の活躍を見せつけたかったぜ」
「強力な武具にかまけてっからこうなんだ。男なら拳ひとつで勝負出来ねえとな」
二人が一撃で相手を倒したことを確認したルイシャは再びクルイークの方に目を移す。しかし依然彼は落ち着いた様子だった。
「今度こそ仲間はやられちゃったみたいですよ」
「問題ない。多対一の訓練は受けている……っ!」
そう言って彼は駆け出す。他の二人のように真っ直ぐ向かっては来ず、急発進と急停止を繰り返しルイシャの周りをグルグルと回って様子を伺っていた。
「――――そこっ!」
ルイシャの背後に回ったクルイークはルイシャの背中めがけ槍を振るう。完全な死角からの攻撃、勝利を確信するクルイークだがその攻撃はすんでのところで避けられてしまう。
「っ!?」
まるで背中に目でもついてるかのような動きに彼は困惑する。
そんな彼の頭部目がけルイシャは回し蹴りを放つ。無駄のない見事なカウンターだったが、すぐに冷静さを取り戻したクルイークはその一撃を躱し距離を取る。
「……はぁ、はぁ」
一瞬の間に行われたいくつもの攻防。その駆け引きに疲弊しクルイークは肩で息をする。
しかし一方のルイシャはというとケロッとした様子で興味深そうに彼を見ていた。
「うーん、今のタイミング、当たったと思ったんだけどな。やっぱその装備面白いですね、これならもっと速くしても大丈夫そうだ」
「――――上等だ。商国の牙としてこの勝負、絶対に勝つ!」