第23話 乱入
思わぬ人物の登場に、その場から動けなくなってしまうルイシャと第三の眼の面々。
額に汗を浮かべどう動くのが最善かを必死に考える彼らと違い剣王クロムはリラックスした様子だ。この状況を楽しんでるようにすら見える。
そんな一触即発の空気の中最初に動いたのは第三の眼の男だった。先ほどまでの興奮を抑え込み、丁寧な態度でクロムに質問をする。
「……クロム殿。なぜ貴方がここに? 皇帝陛下はどうされたのですか?」
「はあ、そんなこと答えられるわけないじゃないか。別に陛下は私とずっとべったりなわけじゃない。……それよりお前、どこかで見たことがあるな」
そう言ってクロムは男をジロジロと観察する。
そして何かを思い出したのかのようにポンと手を叩く。
「思い出した。この前隠居ジジイに会ったときにいた奴だな。名前は覚えてないけど確かにいた」
「我々の総帥を隠居ジジイ呼ばわり出来るのは貴方くらいですよ。それにしても私のことを覚えて下さっているとは驚きました。あの時も自己紹介しましたが改めて名乗らせて頂きます。私はリーベ・ポルフォニカと申します。」
そう言って緑衣の男、リーベは恭しく一礼する。
しかしクロムは興味がなさそうに「はん」と口にする。あまりにも失礼な態度だがリーベは口元に笑みを絶やさない。彼はクロムの機嫌を損ねることの恐ろしさを知っていたのだ。
「お前の名前なんてどうでもいい。それよりお前、あのジジイの側にいたってことは第三の眼でもそこそこの地位にいるはず。そんな偉い奴が人攫いなんかに手を染めるとはお前のとこの組織も落ちたものだな」
「人攫いとは穏やかではないですねクロム殿。私はあくまでスカウトしていただけですよ、あくまで平和的に、ね」
「お前のとこの組織では洗脳魔法をかけることをスカウトって言うなら確かにそうなのかもな。問題はこの国の法律にもそれが当てはまるかってことだが……どうだ? 一緒に聞きに行くか?」
クロムの言葉にリーベはギリ、と歯を食いしばる。
まさか洗脳魔法をかけたところを見られているとは思わなかった。その場面を見ていたということは少し前から観察されていて割り込むタイミングを窺ってたことになる。
弁明のしようのない圧倒的不利な状況。口でも腕前でも勝てないとなれば負けを認めるしかない。たとえ金のタマゴをみすみす見逃すことになったとしても。
「……貴方の要望はなんですか? まさか正義心でこんなことをしたわけじゃないでしょう」
「それは心外だなリーベ君。私は国を守る騎士だぞ? いつだってこの剣は民と平和を守るためにある」
「ふふ……そんな邪悪な顔で言われても説得力がありませんよ」
「おっといけない。私の笑顔はどうも怖いらしくてね。部下に怖がられるからあまり笑わないようにしてるんだがつい出てしまったようだ」
そんなクロムの言葉に愛想笑いで返すリーベだが、心の中では燃えたぎるような怒りが渦巻いていた。
スカウトを邪魔されただけにとどまらず、その理由すら話そうとしないクロムに対し強い怒りを覚えた。しかしこれ以上追求しても答えることはないと判断したリーベは大人しくその場を去ることを決断する。
ここセントリアは国内での暴力行為を強く禁じている。もし事件を起こしそれが明るみになってしまえば組織にも迷惑がかかってしまう。それは組織を敬愛する彼にとって最も望まぬことだった。
「分かりましたよ。今日のところは大人しく帰らせて頂きます。しかしその少年を諦めたわけではありません。貴方が何を考えているかは分かりませんが近いうちにまたお迎えにあがります」
そう言ってリーベはルイシャの方に目を向けると、笑みを浮かべる。
「それではまた。今度は良い返事が聞けると信じてますよ」
そう言い残して第三の眼の三人は雑踏の中に消えていった。
ルイシャはしばらく魔力探知をして彼らの動きを観察するが、どうやら本当に帰ったみたいで待ち伏せなどをしているようには見えなかった。
「……ふう、どうやら本当に帰ったみたいだね」
安心してふうと一息つくルイシャ。
しかし安心しきるにはまだ早い。緩んだ気持ちを再び引き締め今度はクロムの方に向き直る。
「ありがとうございますクロムさん。おかげで助かりました」
「ふふ、いいんだよルイシャ君。君と私の仲じゃないか」
名前を呼ばれルイシャの背中がゾクリと震える。
前回会った時名前を名乗った覚えはない。それなのに知っているということは自分のことを調べたということに他ならない。
そして名前を呼んだことでそれが伝わるというのもクロムは勿論気づいているだろう。つまりクロムはルイシャに関心を持っていることを遠回しに伝えているのだ。
(今すぐこの場を去らなくちゃ……!)
危機感を抱いたルイシャはそう決意する。
ひとまずこの場を切り抜ければユーリに相談することが出来ると考えたのだ。
「……助けて頂いたところ申し訳ありませんがそろそろ僕たちのチームの試合が終わった頃合いなのでそちらに行こうと思います。今回のお礼はまた今度でもいいですか?」
「ああ構わないとも。別に見返りを求めてやったことではないからね。ただこんなつまらない事で君が学園祭に出られなくなっては非常につまらないと思っただけさ」
そう言ってクロムはルイシャの肩に手をポンと乗せる。ほとんど力を入れてないはずなのに、ルイシャはまるで巨大な鉄の塊が自分の肩に乗っている錯覚に陥る。
「君には期待してるんだ。頼むから失望させないでくれよ」
そう言って笑みを浮かべたクロムはルイシャの肩から手を離すと、スタスタとどこかに去っていった。
クロムが完全にいなくなったのを確認したアイリスはルイシャのそばに駆け寄る。
「やけにあっさり引き下がりましたね。いったい何を考えているのでしょうか……?」
「分からない。でも一つだけ確かなことが分かった、あの人は……強い」
肩に残るクロムの手の感触。
ルイシャはその感触に恐れを抱くと同時にワクワクしていた。ヒト族最強の剣士、いったいその力はどれほどのものなのか。そして――――自分の力がどれほど通用するのか。
「ルイシャ様、どうされました?」
「……ああ、なんでもないよ。早くみんなのところに行こっか」
湧き上がる戦闘欲をぐっと押さえつけたルイシャはアイリスと共に、友人たちの元へ歩き出すのだった。