第22話 無効化
ゆっくりとルイシャに近づいてくる男。
異常事態を察知したアイリスは立ち上がり男の前に立ちはだかろうとするが、その瞬間地面から何本もの鎖が出現しアイリスの体を縛り上げる。
「くっ……小癪な……!」
そう言ってアイリスは洗脳魔法をかけた男の後ろに控える部下の二人をキッと睨みつける。
「悪いねお嬢ちゃん。ちょっとジッとしてて貰うよ」
「あの人の洗脳魔法は一流、すぐ終わるから安心しな」
アイリスは力を込めてその鎖を引きちぎろうとするが、二人がかりで作られたその強固な鎖は中々壊れなかった。
そうしている間に男はルイシャの眼前にまで近づき、ぼーっとして動かないルイシャの頭に手を伸ばす。伸ばす手からは依然緑色の光が放たれており、それが頭に触れると洗脳魔法が完成されてしまう。
「君も私たちの組織に入れば認識が変わるはずだ。さあ、私たちと共に魔法の深淵に至ろう……」
恍惚とした表情で男は手を伸ばす。
しかしその手がルイシャの頭に触れると思われたその瞬間、彼の手は他ならぬルイシャの手によって払われる。
「……悪いですが貴方の仲間にはなりませんよ。こんなことをされたら特に、ね」
「馬鹿な、確かに洗脳魔法にかかったはずなのに!?」
予想外の事態に狼狽する男を他所にルイシャはアイリスの元に近づき、彼女の体に巻きつく鎖をむんずと掴む。
そして「えい」と思い切り両手でそれを引っぱると、鎖は簡単に引きちぎれアイリスは自由の身となる。
「大丈夫? 怪我してない?」
「はい、ありがとうございます。この御恩は必ずお返し致します」
「いいってそんなの」
「いえそういうわけには。何でもご命令下さい、何でもしますので」
「ちょ、ちょっと近いって!」
洗脳されかけていたにも関わらず呑気にいちゃつく二人。
そんな二人を見て自慢の洗脳魔法を解かれプライドをズタズタにされた男が吼える。
「私の魔法は完全にかかっていたはず! なぜお前はピンピンしている!? 私の構築した術式に漏れはないはず……あリエない……アリエナイッ!」
「確かに貴方の魔法は見事でした。僕が思ってた以上に第三の眼の魔法技術は発展しているようですね。でもいくら技術があっても僕と貴方では絶対的な『差』があります」
「『差』……? お前にみたいな小僧っ子と私に『差』だと!?」
「ええ、貴方と僕の間には『魔力量』という絶対的な差があります。貴方ならもちろん知っているでしょうが、魔力量が高いとは魔法の威力が上げるだけでなく魔法に対する『抵抗力』も上がります。つまりいくら貴方に技術があろうと魔力量が離れている僕にその魔法は効きません」
「馬鹿な……こんなの何かの間違いだ……!」
その説明を聞いた男は愕然とする。
ルイシャが話したのは俗に『魔法無力化』と呼ばれる技術だ。それ自体は魔法に詳しい者であれば誰でも知っているメジャーなものなのだが、ヒト族でそれを実際に使用できる者はほとんどいない。
「『魔法無力化』を使用するには膨大な魔力の持ち主であることはもちろん、深い魔法の知識と理解が必須。それを十代の子ども、しかもヒト族が使うなど前代未聞。どうやら私は鯉を釣りに来てドラゴンを引き当ててしまったようですね」
男は驚きに震えながらもニィィと顔を醜悪に歪ませる。彼の心内にあるのは歓喜。この少年を連れ帰れば魔法の深淵に近づけるという強い確信を彼は抱いた彼は興奮し脳内に快楽物質を大量に解き放つ。
「ふふ、たまりませんね……貴方がこちらに来ればどれだけ我々の糧となるでしょうか。これは多少強引な手を使ってでも来てもらわなければなりませんね」
「洗脳魔法が強引な手じゃないことに驚きですよ。なおさらそんな危ない組織に入るわけにはいきません」
ルイシャと男は視線をぶつけ牽制し合う。
二人の体から冷たい魔力が漏れ出てぶつかり合い、一触即発のピリついた空気が場を支配する。
そんな危うい均衡を崩したのはルイシャでも男でもなく意外な人物だった。
「なんか面白そうな空気を感じ来てみれば、思っていたよりも面白そうなことになっているじゃないか」
その声に反応しそちらを向くルイシャ。
声の主を確認したルイシャは意外すぎるその人物の登場に心底驚きその名を呟く。
「クロムさん。どうしてここに……!」
「ああ、昨日ぶりだな少年。どうやら危機的状況のようだな」
そう言ってヒト族最強の剣士、“剣王”クロム・レムナントは白い歯を剥いて暴力的な笑みを浮かべるのだった。