第17話 圧倒
「てめえっ!」
仲間をやられたことに腹をたて、ギラの生徒が吠える。
彼は腰に携えていた幅広の剣を抜き放つとルイシャめがけて駆けてくる。
「いいね、そうこなくっちゃ」
ルイシャはどこか嬉しそうに笑いながら半身の体勢で構え、ギラの生徒を迎え撃とうとする。
この天下一学園祭でルイシャは『二つのもの』を使うことを封印した。一つは竜王剣、殺傷能力が高いので生徒を殺しかねない上に、見る人が見ればその剣の値打ちに気づかれて奪い合いに発展しかねないからだ。そして何よりこの剣は本当に大事な時にしか使わないというリオとの約束もある。
そしてもう一つは『超位以上の魔法』だ。これはルイシャが決めたのではなくユーリからのお願いだった。上位級の魔法でも使える生徒は滅多にいないと言うのに超位を使ってしまっては悪目立ちすると考えたのだ。
「目立つけど目立ちすぎず……なかなか難しいことを言ってくれるよ。だけどまあ、やれるだけやってみようか!」
そう言って拳を構えるルイシャ。そんな彼にあと数メートルの接近したギラの生徒は、手に持った剣の切っ先を地面に擦り火花を散らし始める。すると次の瞬間、剣の刀身が勢いよく燃え始める。
まるで魔法で火を纏わせたみたいだが、彼が魔法を使った素振りは一切なかった。
『おーーーーーっと!突然剣が燃え始めたぞっ!? いったい何が起きたんだァ!?』
オーバーに驚く実況につられ、観客たちも驚きざわめく。
しかしルイシャは至って冷静だった。
「へえ面白い。剣に特殊な油でも塗り込んでいるのかな? それなら魔法が使えなくても出来る。攻撃力も上がるし相手も驚くから実用的だね」
「て、てめえ! 何をごちゃごちゃと喋ってやがる!」
剣を向けられているのに怯えるでも警戒するでもなく、興味津々にこちらを見てくるルイシャにゾッとするギラの生徒。彼は燃え盛る剣を力強く振り斬りかかってくる!
「シッ!」
よく訓練された鋭い太刀筋。その動きの無駄の少なさから相当な訓練を積んだことがよく見て取れる。
ギラの生徒は間違いなく強い。……常識的な世界の中で言えば。
「よっ、ほっ」
ルイシャは事も無げにその太刀筋を躱す。いくら無駄のない太刀筋であろうと、肝心の速さがまるで足りていなかった。
ルイシャが前に戦った剣の達人コジロウ。最低でも彼くらいの剣速がなければルイシャを捉えることは出来ない。
「くそ! なんで当たらねえ!?」
「……どうやらこれ以上の手は待ってても出なさそうだね」
そう残念そうに言うと、ルイシャはギラの生徒の脇腹に鋭い回し蹴りを放つ。
その一撃をモロにくらった生徒は「ひゅ」とだけ声を漏らすと物凄い勢いで吹っ飛び、そのままリングアウトして地面に転がってしまう。
あまりにも圧倒的な試合展開に実況と観客は絶句してしまう。もはや誰もルイシャの実力を疑うものはいなかった。
「さて、あなたがラストですね」
「なんでこんな事に……! 魔法学園はクソ雑魚じゃなかったのかよ!」
まさか一回戦でこんなことになるなど予想だにしていなかったギラの生徒は悪態をつき始める。
「そうだ、強いのはお前だけなんだろ? 金で雇われてこんなことやってる……違うか? だったらうちの学園がもっと高え金出すから寝返ってくれよ。そんなクソ学園とクソ生徒の味方するよりこっちについた方が楽しいぜ?」
一方的に決めつけて話を進めようとするギラの生徒。
そんな彼の物言いに流石のルイシャも黙ってはいられなくなる。
「……僕がどう言われようといい。でも……僕の友人を、悪く言うのは見過ごせません」
そう言って空に掲げた右手にルイシャは魔力を溜め魔法を発動させる。すると頭上に巨大な火球が現れ、どんどんそのサイズを大きくしていく。
最初は直径一メートルほどだったその火球はほんの数十秒の間にサイズを十倍以上に増大させる。形容するならそれは小さな太陽。その熱さは観客席に熱気が伝わるほどだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなの投げないよな!?」
「……ごめんなさい」
「なんだよごめんなさいって!! 頼むからそれを引っ込めてくれ!」
必死に懇願する彼の言葉を無視し、ルイシャはそれをリングに落とす。
「最上広範囲火炎!」
巨大な業火が落下し、瞬く間にリング上を燃やし尽くしていく。
「ぎゃああああっっ!!」
ギラの生徒はたまらず自らリングから飛び出て逃げ去っていく。これでギラの生徒は三人とも場外にでたことになる。呆気に取られていた実況のペッツォだが、それに気づくと慌てて自分の役割を果たす。
『け、決着〜〜〜〜!! ななななんと! 優勝候補のギラを打ち倒し第一回戦を制したのはフロイ魔法学園だッ! なんという力、なんという魔法! あまりにも、あまりにも強すぎるッ! 断言できるッ! 魔法学園はこの学園祭の台風の目になるでしょうッ! 今後の活躍に目が離せないぞッッ!」
ペッツォの熱い実況に呼応し歓声を上げる観客たち。
こんなに注目されるのはルイシャにとって初めての経験だ。恥ずかしい気持ちが強いが、これだけの人に認められるのはやはり嬉しかった。彼らの応援に応え拳を上に突き出すと一層歓声は強くなりルイシャはなんだか楽しくなってきてしまう。
「見事でしたルイシャ様、お怪我はありませんでしたか?」
試合が終わった瞬間アイリスがシュバっと駆け寄ってきてルイシャの体をまさぐり始める。その微妙にいやらしい手つきにルイシャは飛びのいて逃げる。
「大丈夫、どこも怪我してないって!」
「いえしかしもしものことがありましたら」
「はは、モテる男はツライな大将」
「もーヴォルフも止めてよっ!」
先ほどまでの真剣さはどこえやらいつものようにじゃれあう三人。戦いはまだ始まったばかりだ。