第12話 水牢
時は戻り現在。
結界魔法『黒檻』の中に閉じ込められた生徒会長レグルスは、意外なことに冷静だった。
(残り時間はあと僅かなはず、何としてでも逃げ切る!)
実際残り時間は二分を切っていた。いくら閉じ込められたといえど黒檻の範囲は広いので、レグルスはこの状況でも逃げ切る自信があった。
「捕まえる……!」
「やってみろ!」
そう言ってレグルスは奥の手である煙幕玉を地面に叩きつける。すると一瞬の内に
煙幕が黒檻の中に充満し、ルイシャの視界が真っ白になる。
レグルスが使った煙幕玉は魔道具の一種であり、視覚だけでなく聴覚と嗅覚も阻害する効果がある。ルイシャは風魔法を使ってすぐに煙幕を晴らすが、それらの効果は少しだけ残ってしまう。
しかも煙幕と同時に認識阻害魔法を使っていたので彼の姿は再び見えなくなってしまった。煙幕の効果が残っているのに姿まで見えなくなってしまっては探しようがない……そう思われた。
「最後まで諦めないその姿勢、さすがです。だけど僕だって何も策を考えてなかったわけじゃないんですよ」
一見すると最初の状況に戻ったかに見える現状だが、最初とは明らかに違う所がある。
それは黒檻の中に必ずレグルスがいるということ。ルイシャはその状況を最大限に利用する。
「巨大水球!」
そう魔法を唱えると、ルイシャの目の前に水の球が現れる。その球は瞬く間に大きくなっていき、ものの数十秒で黒檻の中を満たす大きさになる。
当然その水の中で人間は呼吸出来ない。通常の人間であれば。
「ぶぼうぶぼうぶぶ、ぶぼうばい(気功呼吸術、気功鰓)」
しかしルイシャは水の中でも魚のように呼吸できる気功術を会得していた。そのおかげでこの状況下でも冷静にあたりを観察することができた。
そして自分から少し離れたところに、泡がぶくぶく出ている場所を発見する。間違いない、あそこにレグルスがいる。
「ぼうぶばばばい!(もう逃さない!)」
ルイシャは足裏から魔力を噴射して水中を急加速で移動して泡の出ているところに向かう。
そして勢いそのままに、レグルスがいると思わしきところに手を振る。
「ぶぼっ……っ!!」
ルイシャの平手は的確にレグルスの頬を打ち抜いた。突然息ができなくなって混乱していたレグルスはその一撃をまともにくらってしまい、水中をぐるぐる回転しながら吹き飛び、ビタン!! と音を立てて黒檻に激突する。
「ばば、ばびぶべばばぼ……(やば、やりすぎたかも……)」
思わず本気でぶっ叩いてしまったルイシャは反省しながら魔法を解除し、黒檻と水球を消す。
そして思い切りぶっ叩いてしまったレグルスの元へと駆け寄る。
「あのう、大丈夫……ですか?」
「ふ、ふふふ、いいタッチだった、よ……」
顔をパンパンに腫らしながらもレグルスは余裕な態度を崩さずそう言った。
膝がぷるぷる震えているので体は限界のようだ。しかし生徒会長のプライドが許さないのか必死に気丈な振る舞いを続ける。
「見事だルイシャくん、君を生徒会の一員として認めよ……う……」
その言葉を最後にレグルスはドサリとその場に倒れる。短い時間とはいえ魔法を使いながら走り続け、あげくルイシャに思い切り引っ叩かれたのだからそれも仕方ない話だろう。
ルイシャはやり切った顔で気絶する彼に向かって最後にこう呟いたのだった。
「いや、生徒会入るつもりないんですけど……」