第3話 先輩の意地
ルイシャ目掛けて降り注ぐ百発にも及ぶ火球。
それはさながら火の雨とも呼べる恐ろしい光景だった。
しかしルイシャはそんな状況にも関わらず笑みを浮かべていた。
「いくよ……上位岩石防壁……!」
ルイシャが魔法を発動させると目の前の地面が割れ、その亀裂より巨大な岩の壁が出現し火の雨から彼を守る。
それを見た対戦相手のリチャードは歯噛みする。
「岩属性まで使えたのか、いったい何属性の魔法を使えるんだ!?」
人は生まれた時から得意な魔法の属性が決まっている。無論特訓すれば得意でない属性の魔法も使えるようにはなるのだが……それには多大な時間と手間がかかる。
ただでさえヒト族の寿命は短い、なので得意魔法を鍛えるのがヒト族の基本的な魔法習得スタイルだ。
なので学生の身からすれば使える属性は多くて二つ三つが関の山……しかし目の前の少年は規格外だった。
「事前の情報収集で知れたのは炎、雷、氷、水……まさかそれに加えて岩まで使えるなんて反則過ぎるでしょ……!」
リチャードはこの日のためにルイシャを研究し尽くしていた。
今までの決闘はほぼ全て足を運んで観察したし、負けた生徒に話を聞きに行ったりもした。
全ては今日勝つために。
「さあ来いよルイシャ! こんなんじゃ倒せないのは分かってるぞ!」
彼がそう呼びかけると砂煙舞う中からルイシャが姿を現す。
どうやら彼の作った岩の壁は火の雨を全て防ぎきったようだ。
「……どうやら待たせちゃったみたいですね」
「構わないよ、既に勝利の方程式は完成しているからね」
「それは楽しみですね……っ!」
そう言ってルイシャは高速で駆け出しリチャードに接近する。
そのあまりにも予想どおりの行動に思わずリチャードは笑みを溢してしまう。
(くく、お前が接近戦での決着を好むことは研究済みだ。この勝負俺が貰う!!)
リチャードは心の中でそうほくそ笑む。
相手の全力を引き出し、それを正面から打ち破ったあと肉弾戦で決着をつける。それがルイシャの勝ちパターンだ。研究のおかげでそれを知っているリチャードは考えた、どこで何をすれば一番勝率が高いか。
(狙うは今この時! 勝利を確信し素手で突っ込んでくる今こそ最大の勝機だ!)
リチャードの放った魔法、百連発火炎はこの時のための布石に過ぎない。ルイシャがその魔法に目が行ってる隙に彼はルイシャと自分の直線状に罠を仕掛けた。
その魔法名は「不可視空雷」。その名の通り目に見えない浮いた爆弾だ。
かなり近くを通らないと爆発しない上に爆破範囲は狭い、なので非常に当たりづらい魔法なのだがその威力は彼の使える魔法の中では飛び抜けて高い。
(さあ来い! 勝つのは俺だっ!)
そんな企みなど露知らずルイシャはとうとう爆弾の爆破範囲に足を踏み入れてしまう。
その瞬間何もないと思われた空間が歪み、爆発する……と思われたがルイシャはそれより早くその歪みの中に手を突っ込み爆弾を鷲掴みにする
「んなっ……!」
想定外の行動に目を丸くし驚くリチャードをよそに、ルイシャはその空雷を手で握り潰してしまう。すると爆弾は爆発することなく「ぽしゅう」と情けない音を立てて霧散してしまう。
「え、ええぇぇーーーーっ!??!???!?」
想像の斜め上の事態にリチャードは驚きを隠せずそう叫んでしまう。今までの冷静な彼はもうそこにおらず、目は飛び出し口はあんぐりと開けてしまっている。
ルイシャはその間にも次々と爆弾を無効化してリチャードに近づいていく。
「な、何が起きているんだ……!?」
ルイシャの行ったことは簡単だ。
感知型爆弾などの様々な効果を持った魔法は、その中に複雑な魔法術式を組んでいる。
魔法術式とは魔法の設計図のようなものであり、複雑なほど発動するのが難しくなるが様々な効果を付与することができる。……しかしそのような複雑な魔法は少しの綻びで効果を失ってしまうデメリットも持っている。
なのでルイシャは爆弾に干渉し、起爆を司る術式をすっぽり抜いてしまった。これではいくら強力な魔法でも意味がない、弾丸を抜いた銃と同じだ。
念には念を入れ、複雑な魔法術式を組んだリチャードだがそれが裏目に出てしまった。
ヒト族トップクラスの魔力操作技術を持つルイシャならあの程度の魔法、目隠ししてても解除出来てしまう。
「来るなら来いっ!」
拳を振り上げ接近してくるルイシャにリチャードは一歩も退かず応戦する構えを取る。
接近戦で勝てぬことなど百も承知、しかし上級生として下級生相手に背中を見せるわけにはいかない。
「あなたは強かった!」
しかし勝負は勝負。
ルイシャの鉄拳は無情にもリチャードの顔面に突き刺さり、彼は華々しく散ったのだった。