閑話 刃研ぐ紅蓮
深い森の中にひっそりと存在するとある教会。
参拝者など滅多にいないその教会は、ロクに手入れがされて無いようで外壁はところどころヒビが入り台風が来たら倒壊してしまいそうなほどボロかった。
そんな如何にも怪しい教会の中にあの少女はいた。
「はあ、なんで私がこんな辺鄙な場所に来なくちゃ行けないのよ」
燃え上がるような紅の髪に気の強さが全面に出た鋭い目。
本来であれば目立たないように防具の色は落ち着いた色にするのだが、彼女の身に纏った防具は遠くからでも視認できる真っ赤な色だ。きっと防具屋の店員も「本当にこの色でいいの!?」と戸惑ったことだろう。
そんな彼女の名前は「エレナ・バーンウッド」。ルイシャが無限牢獄に迷い込む原因を作った、彼の最悪の幼馴染みである。
彼女は目の前で微笑みを浮かべるスーツ姿の獣人に文句を垂れ流す。
「まあまあ良いじゃないですか。ちょうど大きな依頼が終わって手が空いていたのでしょう?」
「ったく、なんで私の予定をあんたが知ってんのよ気持ち悪い。それよりルイシャのこと本当に調べてるんでしょうね? 分かってて黙ってるなら承知しないわよ」
「ええ勿論ですとも。このレギオン、誓って嘘はついていませんとも」
レギオンと名乗った羊の獣人は柔和な笑顔でそう返す。
エレナはその挙動から嘘をついてないか探るが、彼は終始堂々としており嘘をついている様子は見られなかった。
「ちっ、まあいいわ。ていうかそろそろ用件を話しなさいよ」
「安心してください、そろそろ来ると思うので……お、噂をすれば」
教会の扉がギギギ……と音を立てて開く。
そして教会の中に足を踏み入れてきたのは一人の男だった。年は三十代くらいだろうか、手入れの行き届いた革鎧を身にまとい、手には一振りの剣。辺りを警戒しながら動く様は堂に入っており、男が熟練した戦士である事を伺わせる。
男はすぐに教会の中にいるエレナに気づくと彼女に剣の切っ先を向ける。そしてエレナの顔を確認して表情を曇らせる。
「お前は……確か“紅蓮”のエレナ。飛ぶ鳥を落とす勢いの新人冒険者がいったいこんな所で何をしている!」
「うっさいわねえ。つーかアンタ誰?」
「俺は銀等級冒険者、“地殻剣”のウラドス。この教会が巨大地下組織のアジトだということを突き止めて調査に来た。まさかお前がその組織の一員だったとはな……!」
一体どういうこと? とエレナは隣にいるはずのレギオンに目を向けるが、彼はいつの間にか姿を消していてどこにもいなかった。
「あんにゃろう嵌めやがったわね」
ため息を吐きながらエレナはツカツカとウラドスに近づく。
全く警戒心のないその歩きにウラドスは困惑し剣を握る手に力を込める。
「で? どうすんの? 私とヤるの?」
「ぐっ、舐めやがって……!」
自分より一回り年下の少女に馬鹿にされ、ウラドスのプライドはズタズタに傷付けられる。
彼は剣を横に構え、自らの二つ名にもなった剣術『地殻剣』を発動しようとするが……エレナはその隙を与えなかった。
「我流剣術、『紅刃一閃』」
魔法の力で超高熱に熱せられた剣による、高速の一閃。
ウラドスはその一撃に反応する事すらできなかった。気づけば目の前の少女は後ろにいて自分の胴体には焼き切られた大きな傷跡が出来ていた。
「ぎ、ぎゃあああああぁっっ!!」
遅れてやって来た身を引き裂く様な痛みにウラドスは悲鳴を上げて地面をのたうち回る。
エレナはそんな彼に対し「うっさいわね」と言い捨て、頭部を蹴っ飛ばして意識を刈り取る。エレナは意識を失い地面に這いつくばるウラドスを興味なさげに見下ろし、後ろを振り返る。するといつからいたのか、そこには壁に寄っかかりながら相変わらず貼り付けた様な笑顔のレギオンがいた。
「いやはや素晴らしい、もはや銀等級冒険者では相手になりませんか」
「アンタこんな下らないことやらせるために連れて来たの? あんまりナメた真似ばっかしてると容赦しないからね」
エレナはレギオンの首元に剣を押し当て、猛獣の様に重く鋭い殺気を向ける。
それでもレギオンはニコニコと笑顔を崩さない。一瞬の動揺すら見せない彼にエレナは得体の知れない気持ち悪さを感じる。
「ふん、まあ今日のところは勘弁してあげるわ。でもこんな事が続く様だったらあんたらとの協力関係は白紙にしてもらうわよ」
「ええ、肝に命じておきますよ」
エレナはレギオンを睨みつけながら剣を鞘に戻すと、舌打ちをしながら教会を去っていく。
レギオンはそんな彼女を見送ったあと、一人残された教会で呟く。
「ふふ、今の彼女と彼をぶつけたらどうなるのでしょうか……! しかしまだ我慢の時、二人は最高に育ちきった時、最高の出会いを果たすのです。その時にこそ最高の感動が生まれる!」
先ほどまでの温和な顔の男はそこにはもうおらず、興奮と狂気に身を委ねる狂信者の姿があった。
「見ていて下さいね創世神様、最高のドラマと愉悦を貴方様に……!」
静まりかえった教会に、彼の狂気的な笑い声だけが響き渡った。