第76話 限界を超える
リオは思い切り力を振るえることが、そして何より自分の育てた者がここまで成長出来たことが嬉しかった。
だからこそ手は抜けない。もっと、もっと力を引き出す！
「竜爪・次元裂き！」
リオが爪を立てて思い切り腕を振るうと、目の前の空間が五本の線状に裂ける。ルイシャの放った次元斬はリオのその攻撃にぶつかるとギャリギャリッ！ と耳障りな金属音の様な音を立てて相殺される。
「まだまだ……！」
渾身の攻撃を防がれてもルイシャは諦めない。
地面に着地し、竜王剣の切っ先をリオに向けて思い切り加速する。超高速度の突き、リオはそれを頭部の角で受け流すとルイシャの腹部に膝蹴りを放つ。
「うぷっ」
腹部が圧迫され胃が縮み上がる感触がルイシャを襲う。もし彼の身体が精神体ではなく現実のものだったら胃の中身をぶちまけていただろう。
渾身の攻撃はことごとく防がれ、向こうの攻撃は確実に自分の体を傷つけていく。そんな絶望的な戦況であってもルイシャの瞳に諦めの色が浮かぶことはなかった。
まだだ、まだやれる。戦う前の弱気なルイシャはもうそこにはいなかった。
「うおおおおおっ！！」
「いいぞルイ！ もっと魂を燃やせッ！」
激しい咆哮を上げながらルイシャは剣を打ち込み、リオがそれを己の身体で受け止める。そんなやりとりをテスタロッサは羨ましそうに見つめる。
「やるわねリオ、もうすっかりルイくんから不安が消えてるじゃない」
魔族との戦いで命のやり取りをしたルイシャの心は知らず知らずの内に疲弊してしまっていた。なのでルイシャは戦うことが怖くなり、その影響で自信も失ってしまっていた。
そのことに気づいたリオは思い切りぶつかり合うことにしたのだ。戦い、競い合う楽しさと素晴らしさを思い出させるために。
「ははっ、楽しいのうルイ！」
「僕にはそんな余裕ないけど……ね！」
そう言いながらも剣を思い切り振るうルイシャの顔は楽しげだ。表の世界で友人にこんな風に剣を振るうわけにはいかない。だから自分の全てを受け止めてくれる人がいることが彼はとても嬉しいのだ。
「リオ、僕もう迷わないよ」
激しく剣を振るいながらルイシャはそう言う。
「ここまで強く育ててくれた二人のためにも、辛い修行について来てくれた僕の身体のためにも、そして向こうの世界で出来た友達の為にも……もう僕は戦うことを恐れない！」
ルイシャは剣を握る手に力を込めると全身全霊の力で剣を振るう。
「これが僕の答えだ！」
そう叫び剣を振るう。
一見するとその攻撃はただの次元斬だ。しかしその攻撃は一回で止むことはなく二撃、三撃と続け様に振るわれる。
そしてあっという間にリオの目の前にはいくつもの次元の裂け目が生まれる。
「次元……連斬ッ！！」
限界を超えたルイシャの攻撃。今まで一発しか打てなかったルイシャがその先に進んだことを象徴する攻撃だ。
「来い！ 全部受け止めてやるのじゃ！」
リオは竜爪・次元裂きでルイシャの次元連斬を相殺していく。
「「うおおおおぉぉっっっつ！！」」
吼えながら技をぶつけ合う二人。
永遠にも感じ取れる時間の中で二人は確かに心を通い合わせた。
それは幸せな時間だった。しかし……いつまでも続くものは存在しない。
とっくに体力の限界を迎えていたルイシャは剣を振るいながら突然鼻血を吹き出す。そしてその瞬間全身に力が入らなくなりその場に膝をつき倒れてしまう。
「ここまで……か……」
そう惜しむように呟きながら倒れるルイシャをリオが受け止め抱き抱える。
彼女の表情は戦っていた時のものとはうって変わって優しげな表情になっていた。
「よう頑張ったなルイ。ここまで強くなっとるとは思わんかったぞ」
「でも……結局リオに一撃も当てることが出来なかった」
そう申し訳なく言うルイシャ。
するとリオは急におかしそうに笑い出す。
「なんじゃ気づいておらんかったのか。お主が上空から放った一撃、あれはちゃんとわしに当たっておったぞ」
そう言ってリオは自分の左腕をルイシャに見せつける。
そこにはうっすらとだが確かに切り傷のようなものがあり、血が一筋流れていた。
「自信を持てルイ、お主は最強のわしに傷をつけることが出来るようになったんじゃ。すぐにわしを倒せるようになるわい」
「ふふ、リオがそう言ってくれるなら信じるよ」
瞳に涙を浮かべながらルイシャはそう言う。
するとタイミング良く彼の体が透け始める。どうやらここにいられる時間が終わるようだ。
「この先、強い奴とたくさん戦うことになるじゃろう。だがわしより強いものなどそうはおらん。つまりわしといい勝負ができたお主なら勝てる」
「うん。どんな奴が相手でも勝ってみせるよ。僕は最強の二人の弟子なんだから」
ルイシャはそう言って笑みを見せると光の粒子となって消える。
次に会えるのはいつの日か。リオは寂しそうな顔でその光を見つめる。
「リオ……」
そんな彼女に近づくテスタロッサ。
するとリオは背中を向けたまま彼女に問いかけえる。
「わしは……上手くやれたじゃろうか」
「ええ、かっこよかったわよ。本当に師匠に見えたわ」
「くく、抜かしおる。あやつの一番の師匠はわしじゃぞ」
「あら、喧嘩売ってる？」
「おお久しぶりにやるか？ ちょうど身体が温まってたところじゃ」
二人はそう挑発しあい、そして笑い合う。以前の二人からしたら考えられないほどの仲の良さだ。
「ねえ、実際に戦ってみてどうだった？」
「うむ。随分わしらの力……魔族と竜族の力を引き出せるようになっておったぞ。これなら『魔竜将』になれる日も近いじゃろう」
ルイシャの将紋はまだ覚醒していない。それはまだ実力が不十分だから……ではない。
魔族と竜族、二つの種族の力を覚醒させた時に耐えうる身体がまだ出来上がってないから。二人の王はそう考えていた。
「本当なら将紋が覚醒する時に近くにおれたらいいんじゃがのう。もし消耗してる時に覚醒してしまったら暴走しかねん」
「そうね……私たちの力は一人の人間が受け止めるにはあまりにも大きい。その力に飲み込まれてしまったら心を乗っ取られかねないわ」
「そうじゃな……じゃがわしは信じる。なんたってあいつはわしの、いやわしらの弟子じゃからの！」
「あら、随分可愛いこと言ってくれるじゃない。また可愛がってあげましょうか？」
「ええい近寄るな色情魔が！ お主本当はサキュバスなんじゃないか！？」
「ひ、ひどいっ！」
二人はぎゃいぎゃい騒ぎながら弟子のことを心配する。
どうか彼の旅路に彼を助ける者が多く現れますように――――と。
これにて第7章は終わります。
予想より長くなってしまいましたがお付き合いいただきありがとうございます。
余談ですが『次元斬』には相手の防御力を無視してダメージを与えるという特性があります。なのでこの技は格上にも傷を与えることができる……のですが、相応の隙が生まれることと攻撃速度が遅いということから当たる確率は低いです。
まだ防御力を無視できたとしても相手の体力が高かったらあまり痛手にはなりません。
万能に見えて意外と扱いの難しい技です。
