第75話 竜王の爪
家から出た二人は果てしなく続く真白い空間のなかで相対する。
リオの身長は小柄なルイシャよりも頭一つ小さい。しかし彼女の身体から滲み出る闘気は果てしなく大きく、そんな彼女と拳を交えなくてはいけないルイシャは額に汗を浮かべる。
そんなルイシャの緊張を感じ取ったのかリオは彼の緊張を解こうとする。
「かか、そんなに緊張せんでもしっかり手加減してやるわい。竜形態にもならんしお主への直接攻撃に魔法も気功術も使わん。そしてお主がわしに一撃でも入れることができたら合格にしてやろう。これで安心したか?」
「……そこまで言われると心外だよ。後悔しないでね」
さすがにそこまで言われたらルイシャも、むっとするようだ。
彼は覚悟を決め拳を構える右の拳と右足を前に出した半身の構え。この構えは的を小さくすることで相手の攻撃を避けながら高速で接近する、ルイシャが好んでよく使う構えだ。
「こらー! 怪我させたら許さないからねー!」
二人から少し離れたところでそうテスタロッサが叫ぶ。
ルイシャが戦いを承諾したことで渋々引き下がった彼女だが完全には納得してないようだ。
「うるさい奴じゃの。おいルイあんなの気にするんじゃないぞ」
「リオと戦うっていうのによそ見をする余裕なんてあるわけないよ」
「かかか、嬉しいことを言ってくるれる。さて、それじゃそろそろ始めるとするかの」
そう言いながらもリオは腕を組んだまま仁王立ちしている。そしてその体制のまま人差し指と中指をクイクイと動かし「かかってこい」とルイシャを挑発する。
「それじゃいくよ……!」
リオの挑発を合図にルイシャは駆け出す。
足裏に溜めた魔力を爆発させたルイシャの移動スピードは常人では突然ルイシャが消えたと見間違うほどの速さだ。十メートルはあった距離を一瞬で詰めたルイシャは拳を振り上げ。極限まで気功を練り上げる。
狙うのは隙だらけな頭部。女の子の頭をぶん殴るなんて気が引けてしまうが、相手は女の子と言えど最強種と名高い竜種の頂点に存在する『最強の女の子』だ。遠慮する方が失礼に当たる。
ルイシャは遠慮を捨て去って渾身の一撃を叩き込む!
「攻式一ノ型……隕鉄拳!!」
ルイシャの拳は吸い込まれるようにリオの頭部に命中し、辺りに物凄い衝撃波と轟音を撒き散らす。着弾した瞬間、ルイシャの耳に聞こえたのは肉と骨が砕け散る音。攻撃が通ったことを確信するルイシャだったがその希望は容易く打ち砕かれることになる。
「いい拳じゃ、しかしこんな直線的な攻撃でわしに一撃入れることが出来ると本当に思ったのか?」
ルイシャの拳は確かにリオの額に突き刺さっていた。しかし……砕けていたのはルイシャの拳だった。見るも無残にひしゃげ、ねじ曲がるルイシャの拳。あまりの痛みにルイシャは顔を歪める。
「い、いったい何を……!?」
「竜功術、守式一ノ型『竜鱗鎧』。竜の鱗は何人も寄せ付けぬ最高級の鎧と知るが良い」
「こんな技があったなんて。早く教えてよ!」
ルイシャはリオから距離を取りながらそう文句を言う。ちなみに逃げながら回復魔法をかけているので拳の怪我も既に塞がっている。しかし痛みまでは完全に消すことは出来ず、ルイシャは顔を歪めながら痛めた拳をさする。
「かか、もうちぃと竜功を練れるようになったら教えてやるわい。それよりもう終いか? さっきの攻撃を一撃とカウントして欲しいなら認めてやらんでもないが」
「馬鹿言わないでよ、まだまだこれからっ!」
そう言ってルイシャは巨大な火球を三つ、リオ目掛けて発射する。ルイシャの得意魔法超位火炎の発展系、三連超位火炎だ。
三方向から襲い来る巨大な火球に逃げ場などない。
テスタロッサはルイシャのその魔法を見て「あら」と声を上げる。
「無限牢獄にいた頃よりも魔力がよく練り上げられてるわね。あっちの世界でもちゃんと修行をつけているみたいね」
そう感心するテスタロッサ。
しかし一方リオは少し不満げだった。
「様子見のつもりか? 死ぬ気でかかってこい!!」
そう言ってリオは右手を勢いよく振り上げ、魔力を込める。
そしてその手に魔力を込めると右手の先に巨大な竜の手が出現する。黒く、凶悪で、禍々しい見た目だ。指の先には鋭利な爪が生えており、その一つ一つが巨大な剣のようだ。
「行くぞルイ! 竜王の断崖爪!!」
リオは右手を横に振る。
すると巨大な竜の手はその動きをそのまま再現し横薙ぎに振るわれる。それだけでリオの目の前には巨大な衝撃波と暴風が発生する。この力こそ“天災”とまで比喩される竜族の力だ。昔の人は台風や地震を竜が暴れた、と信じるほど竜の力を恐れていたのだ。
その力を前にルイシャの放った渾身の魔法は簡単に打ち消されてしまう。
「かか! さあ次はどうするルイ!」
リオは火球の後ろにいるはずのルイシャにそう問いかける。しかし……かき消えた火球の後ろにルイシャの姿は無かった。
「む……?」
一瞬の困惑。時間にすれば一秒にも満たない一瞬の隙だ。
その空白をルイシャは見逃さなかった。
「真・次元斬――――ッ!!」
その声は上空から聞こえた。
リオがバッと上を向くとそこにはすでに真・次元斬を放ったルイシャがいた。
(あの魔法は囮じゃったか……!)
リオの推理通りルイシャの放った三連超位火炎は目眩しのための囮だった。巨大な火炎で自分の姿を隠したルイシャはすぐにその場から上空にジャンプしリオの上空に回り込んだのだ。
いないことがバレぬよう気功術守式七ノ型『陽炎』で自分の分身を残しておく用意周到っぷりだ。陽炎は本人と同じ気功を持っているので竜眼をある程度騙すことができるのだ。
もちろんリオが本気であればこのような子供だまし通用はしなかっただろう。しかし最初の数撃のやり取りでリオは油断した、それを感じ取ったルイシャは一気に勝負を決めることにしたのだ。
「かかっ! 面白い……久々に血が沸くぞルイッ!」
リオは楽しげにそう言いながら禍々しい笑みを浮かべた。