第73話 彼女の選択
待っていた。
そう口にしたシャロの顔はとても穏やかであり、怒った様子は見られなかった。
正直ルイシャには彼女がどんな気持ちなのか全く分からなかった。内心とても怒っているのか、それとももう縁を切るつもりなのか、完全に敵として見られてしまっているのか、……それとも許してくれているのか。
彼女が自分をどのように思おうと、ルイシャはそれを受け止めようと決心していた。
「……」
しかし、ルイシャはシャロの目をじっと見つめるばかりで何も言えなかった。
今彼の頭の中には二つの気持ちがぶつかり合っている。シャロを騙していたことに対する罪悪感と後ろめたさ、そして彼女と袂を分つかもしれないという恐怖。
結局いくら覚悟してもルイシャはシャロと敵対することが怖かったのだ。
その気持ちを押し殺せないほどにシャロの存在は彼の中で大きく、そして絶対的なものになっていた。
「……なによそんなしけたツラしちゃって。これじゃ私が悪者みたいじゃない」
ルイシャの落ち込んだ顔を見かねたシャロは彼にそう話しかけるが、彼は「……ごめん」と呟くだけでそれきり黙ってしまう。
それを見たシャロは「はあ」と短くため息をつくと屋上の端っこに移動し、そこにしゃがんで座ると足を屋上の外にだらんと出す。
「はい、あんたもこっち来なさい」
そう言ってポンポンと自分の隣を叩く。
ルイシャは少し戸惑った後、シャロの言う通り彼女の横に腰掛ける。
二人の目の前に広がるは広大な王都の街並み。月明かりに照らされたその街並みはどこか神秘的でいつまでも見ていられる不思議な魅力があった。
そんな光景を二人で眺めながら……シャロは口を開く。
「ルイの話を聞いてから、いや聞きながらずっと考えていたの。私はどうするべきなんだろう、って」
その言葉にルイシャは顔をシャロの方に向ける。
「勇者の子孫としての立場だったら、ルイのやろうとしていることはとてもじゃないけど賛同出来ない。ご先祖様が封印した魔王と竜王を復活させるだなんてあってはならないことだから」
「そうだよね……」
シャロの言葉を聞き落ち込むルイシャ。
彼女の言うことは至極真っ当な事であり、反論の余地はない。
ルイシャは魔王と竜王が善良な人物だと知っているが、ヒト族の間では二人とも極悪な人物だと語り継がれている。
そんな二人を復活させるなど勇者の子孫であり、新しい勇者候補でもある彼女が許すはずがない。
しかし……そんな彼女の口から出たのは意外な言葉だった。
「そう、普通ならそんな事あっちゃいけない……でも、会った事もないご先祖様とルイを天秤にかけたらあんたが勝っちゃった」
「……へ?」
シャロの思いもよらぬ言葉にルイシャは目を剥いて驚く。
一方シャロは気恥ずかしそうな様子でほんのり頬を赤くさせながら頭をポリポリ掻く。
「私のご先祖様、勇者オーガは凄い人物だったのは間違い無いと思うしそれを疑ってはないわ。でも……私は彼に直接会ったことがない。だったら私は、私が信頼を置けると思うルイの方を信じる」
そう言ってシャロは決意のこもった熱い視線をルイシャに向ける。
その熱量、その眩しさにルイシャは思わず目を逸らしそうになってしまう。
「でもそんなことしたらマズいんじゃないの? 勇者の子孫のシャロが魔王と竜王の味方をしているなんて知られたら騒ぎになるんじゃ……」
「知られたらそん時はそん時よ。ま、何とかなるでしょ」
そう言ってシャロは立ち上がるとうーん、と伸びをする。
夜風にたなびく桃色の髪から見え隠れする彼女のその表情に、迷いはもうなかった。
「どうして……どうしてそこまで僕を信用してくれるの? まだ僕たちは出会って間もないのに」
ルイシャの自信のない言葉を聞いたシャロは「ぷっ」と吹き出すと、その場にしゃがみ込みルイシャの顔を覗き込みながらはにかんだ笑顔で言う。
「ばかね、そんなのあんたが好きだからに決まってるじゃない」
「――――っ!!」
シャロの思いもよらぬ言葉にルイシャの顔は真っ赤に染まり、思わず彼女から目を逸らし俯いてしまう。まさか自分がそんなに愛されているだなんて思っていなかった。その事に気付けなかった自分が恥ずかしい。
ルイシャは恥ずかしさと、そして嬉しさで目元に涙を浮かべる。それほどまでにシャロが自分の仲間でいてくれることが嬉しくて頼もしかったのだ。
シャロは肩を震わせしゃがみ込んだままのルイシャのすぐ横に座り込むと、彼の肩にそっと手を乗せる。
「だから大丈夫、なにがあっても私はあんたの味方だから」
「……うん」
夜が明けて太陽が二人のことを照らすまで、二人はそこでお互いの温かさを確かめあったのだった。