第62話 王国の盾
大広間の中央で激しい攻防を繰り広げる騎士団長エッケルと魔族の大臣グランツ。
エッケルの部下である二人の騎士と王子の従者イブキは隙を見てエッケルのサポートをしようとしていたが、その戦闘のレベルは彼らの実力を遥かに上回っておりとてもじゃないが乱入できなかった。
「エッケルさんが強いのは知ってたっすけどまさかここまでとは思わなかったっす……」
イブキは目の前で行われる戦闘を見ながらそう漏らす。
明らかに自分より筋力も魔力も高いグランツの攻撃を、エッケルは剣と盾を巧みに操り見事に防いでいた。時に逸らし、時に防ぎ、そして時にギリギリで躱す。
それら一つ一つの行為には一切の無駄がない。正に達人の妙技だ、とイブキは感嘆する。
「ガハハ! 人間のクセに頑張るではないか! どれ、ではもう少し速度を上げてみるかッ!」
グランツの拳が更に勢いを増す。その速度はもはや常人では拳が消えてるように見えるほどだ。
――――しかしそんな状況でもエッケルは冷静だった。
「…………!!」
彼は一切口を開くことなく、まるで機械のように淡々と攻撃を捌いていく。
これぞ“王国の盾”の異名を持つ彼、エッケル・プロムナードの実力だ。
しかしグランツは自らの攻撃を全て防がれているというのに余裕の笑みを浮かべていた。
「貴様のその防御、いつまでもつか見ものだな。いくら技術を持ってようと所詮は脆弱な人間、長くはもつまい!」
グランツの攻撃は防がれこそしてるが、エッケルは防いでいるだけで一切反撃出来ていない。このまま防戦一方ならば体力で勝るグランツが勝つのは明白だ。
グランツは自らの勝利を確信し醜悪な笑みを浮かべるが……ここまで無言だったエッケルが唐突に口を開く。
「なるほど……だいたい分かった」
彼はそう呟くとグランツの拳が盾に当たるその瞬間、自らの大盾を思い切り横に振りその拳を弾き返す!
するとガッキィィィンッ!! と甲高い金属音と共にグランツの右拳が勢いよく弾かれ、そのあまりの衝撃に彼の拳は痙攣を起こし動かなくなってしまう。グランツは急ぎ左の拳も振るうが、それも右の拳と同じようにエッケルの大楯に弾かれ動かなくなってしまう。
普通ただ弾かれるだけでは腕が動かなくなるなんてことはあり得ない。となるとエッケルは何かしらの技を使ったことになるのだが……グランツはその技に心当たりがあった。
「貴様……まさか『パリィ』が使えるというのか!?」
「さすが戦闘経験豊かなグランツ殿、『パリィ』を知っておられたか」
パリィ。この技は魔法でもなければ気功術でもない。
これは相手の攻撃が命中するほんの一瞬前に盾を振るい、その攻撃を無力化し更に麻痺させるという技だ。魔力などを一切使用しない代わりに盾に当たるタイミング、角度、力加減、全てがベストタイミングでないと効果を発揮しない超高難易度の技だ。
「バカな、型稽古でしか使用できぬと言われるパリィを実戦で使える者がいるとは……!」
グランツはその事実に驚愕し額に汗を浮かべる。それほどまでにパリィを習得するのは困難なことなのだ。
そんな彼にエッケルは悠然と近づいていく。
「私は人間だ、貴様の言う通り弱い種族だ。寿命も短いし腕力も魔力も貴様らには劣る。しかしだからこそ工夫する。負けぬように、大切なものを守れるように。その為なら如何なる試練も乗り越えよう」
「く、くるな……」
物凄い気迫を放ちながら近づいてくるエッケルに、グランツはすっかり怯え切ってしまっていた。
自分の方がデカく、強く、速い筈なのに。目の前の人間に勝てるビジョンが全く見えない。
しかしグランツは腐っても軍人だ。彼は震える心を奮い立たせ最後の反撃を試みる。
「こっちにぃ……来んなァ!!」
腕が使えないグランツは口から火球を作り出し、エッケル目掛けて放つ。
これは超位魔法、「超位火炎」だ。普通であれば盾で身を守ってもその熱で全身を焼き尽くしてしまうだろう。
しかし彼にはそんな魔法は通じない。
「角度よし、タイミングよし……覚悟よし」
エッケルは火球を見据えながらそう呟くと、ギリギリまで火球を引きつけて一気に盾を叩きつける!
「パリィッ!」
完璧なタイミングで叩きつけられた大楯は火球を綺麗にまっすぐ弾き返し、それを放ったグランツの元に跳ね返してしまう。
「ば、馬鹿なあ! 私が人間にぃ……!」
腕が動かないグランツは防御をすることができずモロに自分の魔法を食らってしまい、全身に重度の火傷を負う。身体の一部が炭化するほどの重傷になってしまった彼は立つ力を失いその場にドサリと崩れ去る。
エッケルはそんな彼に近づいて哀れな目でグランツを見やり、言い放つ。
「どうやら炭は貴方のようだったみたいですね」