第58話 双眸
『最高の気分だ……! 力がいくらでも溢れ出てくる!』
悪魔のように凶悪な顔を歪に歪め、ウラカンは笑う。
魔力がいくらでも湧き上がり筋肉は力を入れれば入れただけ膨れ上がる。正に最強、正に無敵。
ウラカンは自身が究極の生命体になったと確信する。
『さて、じゃあそろそろ殺してやるか……と、言いたい所だが今の私は気分がいい。どうだ小僧、俺様の下につく気はないか? お前ほど優秀な奴はそうはいない。ここで無駄に命を散らす必要はあるまいて』
ウラカンはルイシャにそう提案したあと、今度は戦いを遠目で見ているシャロとアイリスに目を向ける。
『ただし勇者の小娘、てめえは駄目だ。お前は見せしめにしねえと国民の気が収まらねえ、悪いが残酷に死んで貰うぜ』
シャロはウラカンの凶悪な目に睨まれながらそう言われ、足がすくんでしまう。人から恨まれたことなら何度かあるがここまで凶悪な殺意を向けられたのは初めての経験だったのだ。
『そんで吸血鬼の娘、てめえは殺さねえ。歯向かった罰として沢山いたぶっていたぶりたおした後にたぁっぷり可愛がってやるよ。』
ウラカンはねっとりとそう言うと涎を垂らしながら舌舐めずりする。気の強く滅多なことではポーカーフェイスを崩さないアイリスだが、さすがに気持ち悪すぎて「ひっ!」と可愛い声を出して怖がる。
そんな彼女のリアクションを見て満足したのかウラカンは楽しそうに口を歪めた後ルイシャに視線を戻す。
『どうだ? 悪い話じゃねえだろ? このまま戦えば俺様は自分を抑えられる自信がねえ、お前達を皆殺しにしてしまうだろう。だが降伏すれば犠牲者は一人で済む。お前も馬鹿じゃないなら何をすれば一番得だかわかるよなぁ……?』
「そうですね、僕も馬鹿じゃありません。僕はいつでも僕にとって最善の道を選びます」
その言葉にウラカンはニィッ……! と笑う。
しかしルイシャの口から出たのは彼の想像とはかけ離れたものだった。
「僕が選ぶのは第三の選択肢、お前を倒しみんなが笑顔で暮らす世界だ!」
そう叫びルイシャは再び拳を構える。
その答えを聞いたウラカンは一瞬で顔を怒りで歪める。
『間違えたぞ小僧!』
ウラカンはそう言うと右手を空に掲げ魔力を練り込む。
彼の肉体は細胞レベルで進化している、魔力を練り込むスピードは以前より格段に早くなり威力も増大している。
『魔将拡散光線!』
ウラカンの手から放たれたのは目にも止まらぬ速さの光線。その数は一本や二本ではない、とても数えきれぬほどの光線の雨がルイシャ目掛けて放たれる。
その一本一本が人間如き一瞬で蒸発させる威力を持っている。正に『必殺技』と呼ぶに相応しい技だろう。
ルイシャはその死の光線を真っ直ぐに見据える。
怖くないと言ったら嘘になる、でもそれ以上に心強いモノがるから大丈夫。
「いくよ……力を貸してねテス姉!」
ルイシャはそう言うと左眼に力を込める。
すると彼の目が金色に輝き、瞳の中央に六芒星の紋様が現れる。
「魔王の瞳ッ!」
その眼を開眼した瞬間、ルイシャの見る景色が一変する。
ウラカンの放った魔法の軌道がはっきり見え、この後どう飛んでくるか、どう移動すれば当たらずに前進できるかが瞬時に理解できてしまう。
ルイシャは魔王の瞳に導かれるがまま前進する。それだけでウラカンの渾身の魔法は全てルイシャの服に掠ることすら出来ず消えてしまう。
『い、忌々しい魔眼を使いおって……! こうなったら!』
魔法が通用しないと察したウラカンは背中に生えた羽を羽ばたかしながら地面を蹴り、ものすごい速さでルイシャに接近する。そしてそのまま拳を振りかぶり全スピードと体重を乗っけたパンチをルイシャに繰り出す。
自分の何倍もある大きさのバケモノが迫ってくる。しかしそれでもルイシャは冷静だった。
だって彼にはもう一人心強い味方がいたから。
「また力を貸してもらうよリオ!」
魔眼を閉じたルイシャは今度は右目に力を込め、『竜眼』を発動する。
すると再びルイシャの見る景色が変わり、今度はウラカンの力の動きが目で見えるようになる。
『死ねえっ!』
高速で放たれる拳、しかしそれも動きが読めていれば恐るるに足らない。
ルイシャは拳を紙一重のところで避けると、その腕を両手で掴む。
「気功術、守式六ノ型変式『柳流・宿禰返し』!」
なんとルイシャはその拳の力を利用しウラカンを投げて地面に激突させる。地面に頭からものすごい勢いで叩きつけられたウラカンは頭部を激しく損傷しその場に倒れ込む。
『お、俺様がこんなガキになぜ……? 俺様は最強の力を手に入れたはずなのに!』
地面に手を突きながらなんとか起き上がるウラカン。
そんな彼に追い討ちをかけるようにルイシャはその側頭部を蹴り飛ばす。
竜眼発動中はリオに貰った竜族の血が活性化する。つまりルイシャの身体能力が更に上がるのだ。
そんな竜族並みの蹴りをまともに受けたウラカンは情けなく地面を転がり呻く。あまりの不甲斐なさに泣きたくなるほどだ。
『ぢ、ぢくしょうが……こうなったら最後の奥の手を使うしかないようだな……』
そう言って彼は首にかけていたネックレスを引きちぎり、そこに繋がっていたリングを手に取る。なんの装飾もないただの鉄の指輪にしか見えないリングだが、これこそがウラカンの最後の切り札だった。
『見せてやるよ小僧……新しい魔王の姿を!』