第57話 変貌
自らの過去を語り終えたウラカンは憤怒に満ちた表情でテスタロッサへの恨みを語る。
「三百年前のあの日から、穏やかに眠れた夜は一度もない。私のプライドは毎日刻まれ続けているのだ。この地獄から抜け出すには私が魔王になる以外ないのだよ!」
「そう……ですか」
ウラカンの過去を聞いたルイシャは彼に哀れみを抱く。
あの人の言ってることはただの逆恨みだ。テス姉に睨まれたというのもただの勘違いだろう。自分が勝手に怯えすくんでしまったことを責任転嫁してるんだ。
でも……それを認めてしまったらあの人の自尊心は崩れ落ちてしまう。だからテス姉を憎むことでかろうじてそれを守ってるんだ。
そんな誰も得しない負の連鎖は、ここで断ち切らなければいけない。そう決意したルイシャは竜王剣を構え切っ先をウラカンに向ける。
「あなたの野望はここで止めてみせます」
「やってみろよガキが!」
その言葉を合図にルイシャは駆け出す。
接近戦では分が悪い、先程の戦いでそれを理解したウラカンは距離をとって戦おうとする。
「超位棘皮魔鞭!!」
ウラカンが魔法を発動すると彼の手に棘の生えたムチが現れる。そのムチは握りこそ一つだがその先端は枝分かれし何十本もある。
「貴様にこれが避けられるかな!?」
ウラカンがそのムチを振るうと、その先端はそれぞれが独立してルイシャに向かって伸びる。まるでそれぞれが意思を持っているかのようだ。
不規則に動きながら襲い来る攻撃、普通であれば回避は不可能だろう。しかしルイシャの魔王眼はその動きを捉えていた。
「見える……見えるぞ!」
魔眼は魔力の流れを見ることが出来る。その上位互換でもある魔王眼にも当然その能力が備わっている。
魔力の流れさえわかれば避けるのは簡単だ。一見不規則に見える動きも実際は流れる魔力に従って動いているに過ぎない。
それが事前にわかってるというのは相手の思考が読めているのに等しいアドバンテージなのだ。
「なぜだ! なぜ当たらん!」
魔王眼どころか魔眼すら持っていないウラカンにはその感覚はわからない。
ルイシャはそんな彼の攻撃を流れるように回避し、彼の懐に潜り込むとその脇腹めがけて剣を振るう。
「気功斬ッ!!」
気功の力を込めた斬撃がウラカンの脇腹を深々と切り裂く。
斬撃によるダメージは勿論のこと、気功によるダメージも合わさりウラカンは気を失いそうになるほどのダメージを受ける。
しかしそれでもなお、意識を失うことなくルイシャから距離を取ることが出来たのは彼の意地がなせる技だろう。
「はあ……はあ……」
息を切らしながらウラカンは血の吹き出る脇腹を手で押さえる。いくら魔族の回復能力が高いと言ってもこの傷は致命傷だ。しかし彼の眼はまだ死んでいなかった。
ルイシャはそんな彼を魔王眼で睨みつける。それは彼の魔法を警戒しての行動だったのだが、その行動がウラカンの逆鱗に触れることになる。
「その眼で……その眼で俺を見るなァ!!」
彼はそう叫ぶと懐から植物の種のような物を取り出す。それは部下二人に飲ませた物と同じ物だった。
ルイシャはそれを見るのが初めてだったので「何だあれは……?」と警戒する。
「ダメ! あれを飲ましちゃ!」
シャロがそう叫ぶがもう遅い。ウラカンはその種を躊躇わずにゴクリと飲み込んでしまう。
すると彼の部下と同じ様に彼の体にも変化が起き始める。
バキバキと骨が砕けるような音と共に彼の体は大きく膨れ、その身長は四メートルほどの怪物サイズにまで変貌する。皮膚は黒く変色し爪と牙は獣の様に長く鋭くなる。
そして背中には巨大な羽、その姿は伝説にのみ存在する魔族の先祖……『悪魔』と同じ姿だった。
『素晴らしい! もはや誰にも負ける気はせぬ!』
異形の怪物と成り果てたウラカンはそう叫ぶのであった。