第56話 積もる恨み
「馬鹿な……ケルベロスが人に背中を預けるなんて聞いたことないぞ……!」
ケルベロスはプライドが高いことでも有名な種族だ。人と仲良くなることすら不可能と言われているのにテスタロッサはその背中に乗っているではないか。周りの民衆はその異常さに気づいてないが、なまじ知識のあるウラカンはその事実に打ちのめされかけていた。
しかし彼は必死に自分を奮い立たせケルベロスの背中に腰掛けるテスタロッサに目を向ける。
「あれが魔王テスタロッサ……」
彼女を初めて見たウラカンの感想は「普通」だった。
確かに見た目は美しい。しかし感じる魔力は大したことはない。これならば全然自分の方が強い。そう確信したウラカンは笑みを浮かべる。
「よしよし、作戦通り決闘を申し込むとしましょう」
そう呟きながら彼は懐より決闘申し込み用の手袋を取り出そうとする。
するとその瞬間、テスタロッサの顔がウラカンの方を向き彼女の目はウラカンの目とぴったり合ってしまう。
すると次の瞬間、彼女の体から恐ろしい魔力が吹き荒れウラカンの身に降り注ぐ。
「――――ッ!!」
テスタロッサの刺すような冷たい魔力をその身に受けたウラカンは全身から力が抜けその場に膝をつく。足はガクガク笑い、身体中の毛が逆立っている。
心こそまだ折れてはいなかったが、彼の身体はテスタロッサの人外級の魔力に怯え完全に屈服してしまったのだ。
「ば、化け物……」
歯をガチガチ鳴らしながら彼はそう言うのが精一杯だった。
そんな彼を一瞥したテスタロッサは再び民衆に目を向け笑顔で手を振る。まるで何もなかったかのように。
そんな彼女を見たウラカンは確信する。あの女はヤバい――――と。
天性の才能を持つ自分でもまるで勝つビジョンが見えなかった。今のままでは何百年経っても彼女には勝てないだろう、洞察力に長けたウラカンはそれが分かってしまったのだ。
「ぐ、ぐぐぐ……許さんぞ……テスタロッサ……!」
普通のものであれば魔王の座など諦める状況なのだがウラカンはそれでも諦めていなかった。今受けた屈辱を返すためにならどんなに汚い手だろうと惜しまず使ってやると決心した。
それから彼は古今東西様々な文献を読み漁り「魔王」というものについて調べて回った。するとその過程である事件が起こる。そう、魔王テスタロッサが勇者オーガに倒されるという事件だ。
その事件を聞いたウラカンは自分に追い風が吹いているのを感じる。
「あいつがいない今の内に何としてでも魔王にならなくては……!」
魔王という称号に狂気じみた執着を見せたウラカンは、寝る間も惜しみ研究に没頭し遂に魔王紋を移す手段について記された本『魔王の書』を発見するに至る。
その本を発見したその日からウラカンはずっとその日を夢見て準備を続けた。
戦闘狂の魔族の兵士を集め、魔将紋を覚醒させ、一つ一つ丁寧に準備を行った。全ては自分をコケにした憎き魔王を見返すために。