第55話 過去の魔族領
今から三百年前、魔族領にて。
「すごい賑わいですね。あの魔王のどこがそんなにいいのでしょうか」
目の前に広がる数え切らないほどの民衆を見てウラカンはそうぼやく。
この時の彼の年は二十三。まだまだ若さがみなぎりイケイケの年だ。
事実彼は様々な分野で好成績を記録し、将来は大物になると方々で噂されていた。ウラカン自身も自分は選ばれた存在だと信じて疑わず、将来自分は魔王になり魔族の未来を背負って立つのだと確信していた。
そう、この日までは。
「テスタロッサ様、まだかなー」
「もうそろそろじゃないか? それにしても楽しみだねえ」
「いやあこの街に来てくれるなんて我々は運がいい」
「本当ですよ、あの方こそ魔王になるべくしてなったお方ですからねえ」
集まった民衆は口々にそのようなことを話している。若き魔王を称えるその言葉が耳に入るたびにウラカンは顔をしかめ舌打ちを鳴らす。
この時、魔王テスタロッサの年は十六。魔王になって二年が経過した頃だった。
まだ若いながらも彼女は持ち前の頭脳と魔法の腕前と優しい性格、そして非常に優れたルックスから歴代最高の支持率を誇っていた。
彼女が来ると言うだけで民衆は一目見ようと殺到し、今日みたいにお祭り並みの人だかりを作ってしまう。
ギュウギュウになりながらも彼女に会える嬉しさから民衆の顔は喜びに満ちている。
それがウラカンは腹立たしかった
本来であればその感情は自分に向けられるはずなのに。そう思っているウラカンは目の前で馬鹿騒ぎしている民衆を殺してしまいたいほど憎らしく思った。
しかしここで一時の感情に身を任せてしまったら出世コースがおじゃんになってしまう。ウラカンは怒りに震える拳を必死に抑え、お目当てであるテスタロッサが来るのを待つ。
「もし話に聞くような凄い魔族でなかったのならここで決闘を申し込むのもいいかもしれませんね。こんな民衆の前で負けたら魔王を辞めざるを得ないでしょうし」
二年前に行われた魔王を決める武闘大会に優勝しテスタロッサは魔王になった。
しかしその大会にウラカンは出場しなかった。まだ成長期である自分には早いと思った彼は出場を見送り次回の開催に備えることにしたのだ。
しかしその大会で自分より年下であるテスタロッサが優勝してしまった。もちろんプライドの高い彼はそのことに強い怒りを覚え、会ったこともない彼女のことを強く憎むようになってしまった。
しかしいくら怒っても今更魔王の立場を奪うことなどできない、なので彼はテスタロッサの事を忘れるようにして生きていたのだがたまたま自分が住んでいた街に彼女が訪れることになりその姿を一目見て見定めてやろうとしているのだ。
「さて、そろそろ来る時間のはずだが……」
ウラカンがそう呟くと、街の入り口の方から歓声が上がる。どうやら時間ぴったりに到着したようだ。
「キャーー!! テスタロッサさまーー!!」
「こっち見てくださいーーー!!」
「お美しいーー!!」
テスタロッサが訪れたことに気づいた民衆たちは絶叫にも似た歓声を送る。
それを鬱陶しく思いながらも彼女を見るためウラカンは人混みをかき分け彼女のそばに行く。その先で彼が見たのは驚きの光景だった。
「馬鹿な……!」
彼がまず目にしたのは巨大な四足獣だった。その巨体には剣のように鋭い爪と牙が備わっている。黒い体毛は一本一本が針のように鋭く、硬そうな印象を受ける。
そして一番の特徴なのが……体から生える三つの頭だ。
その獣の名前はケルベロス、決して人に懐かないと言われるほど凶暴で戦闘力が高い種族だ。
テスタロッサはその獣の背中に腰をかけ、民衆に手を振っていた。