第50話 ひとりよりふたりで
「よいかルイ、これからいう話はテスタロッサの奴にも内緒じゃぞ」
「え、う、うん」
ルイシャがまだ無限牢獄の中にいた頃、いつものように竜王であるリオと修行していると彼女は突然そう切り出した。
「我ら竜族には『竜眼』と呼ばれる力が備わっていることは説明したな?」
「うん、気功とか筋肉の動きが分かるようになるんでしょ? いいなあ僕も使えるようにならないかなあ」
ルイシャは羨望の眼差しでリオの瞳を見つめる。
至近距離で自分の瞳をじろじろ見られたリオは顔を赤くし、「ええい近いんじゃ!」とルイシャを押し返す。どうやら照れているようだ。
「えーと、何を話そうとしたんじゃったっけ? ……ああそうそう、実は『竜眼』にはまだ隠された能力があるのじゃ。これはあのテスタロッサすら知らない竜族の秘技なのじゃ」
「テス姉も知らない能力……!? すごい! そんなモノがあるだなんて!」
「はっはっは! そうじゃ、竜族は凄いのじゃ! ルイもようやく分かってきたの!」
興奮するルイシャの反応を見てリオは上機嫌に笑う。
普段は博識なテスタロッサの上を取ることができないのでかなりいい気持ちになっているのだ。
「でもそんな大事な能力を僕に教えちゃっていいの? 竜族の秘技なんでしょ?」
「む? う〜〜〜ん、まあ構わんじゃろ、多分。だってわし竜族で一番偉いし、少しくらいのわがまま許されるじゃろ」
「ほ、本当にいいのかな……」
ルイシャは不安になるが、竜族の秘技には興味があるのでリオの独断を止めはしなかった。
「竜眼の隠された力、それは相手の魂を見ることのできる力じゃ」
「た、魂?」
いきなりスピリチュアルな言葉が出てきてルイシャは戸惑う。
その言葉自体は知っているが、それを見ることが出来るなんてとても信じられない。
「魂というのはその者の『本質』じゃ。つまりその姿、色はその者の嘘偽りない本質を表すのじゃ」
「じゃあ竜眼が使えると、その人がどんな人か分かるってこと?」
「うむ、竜族はこの力のおかげで邪な感情で近づいてくる他種族を見極め打ち倒してきたのじゃ」
竜族の爪や牙は最上質の素材であり、超超高値で取引される。それを狙い欲にくらんだ他種族に襲われることも少なくない。
「いいかルイ、お主は将来竜眼に目覚める可能性がある。なんたって竜族の長であるわしが直々に力を与えておるのじゃからな」
ルイシャはリオから継続的に魔力、気功。そして血を与えられていた。
その力は百年以上かけてゆっくりとルイシャの体に定着しつつあった。
「もし竜眼に目覚めたなら、相手の魂の色に注意するのじゃ。もしその者の魂が完全に黒く染まっているのなら……その者はもう正しい道には戻らぬ。残念ながら一度黒く染まった者はどう頑張っても更生出来ぬのじゃ」
「そうなんだ……」
「しかし灰色の者ならまだ引き返せる。救うも見捨てるもルイの自由にするがいい。しかし黒く染まった者は別じゃ、大切な人を失う前に息の根を止めた方がよい」
「息の根を……それって、殺すってことだよね」
リオはその問いに真剣な顔つきで答える。ルイシャは彼女のこんなにも真剣な表情を見るのは初めてだった。
「うむ、強者の道を選んだ以上遅かれ早かれその時は来るじゃろう。この世界は綺麗事で乗り越えられるほど甘くはないからの」
それを聞いたルイシャは落ち込み暗くなる。
自分が誰かを手にかけるなんて想像したくない。出来ることならそんな事せず平和に暮らしたい。
しかし……魔王と竜王を助ける為にはきっと避けては通れぬ道なのだろう。それを考えるとどんどん体が重くなってきてしまう。
するとそんなルイシャを見たリオが、彼の震える手をそっと握る。
「くく、そんなに震えんでも大丈夫じゃ。弟子のしたことは師匠であるわしの責任でもある。もしお主が罪悪感に潰されそうになったらわしのことを思い出すのじゃ。例えどんなに離れていようとお主とわし……とテスタロッサの心は繋がっておる」
「リオ……」
「じゃから一人で抱え込むんじゃないぞ、一人じゃ重い荷物も三人で持てばなんてことないわい」
そう言ってリオはニカっとルイシャに笑いかけたのだった。
ルイシャはその言いつけをずっと覚えていた。
少し前に剣王を騙ったコジロウと戦った時も竜眼で彼の魂の色が黒くないことを確認し更生させる道を選んだ。
他に戦った悪人たちも少し濁ってはいたが完全に真っ黒というわけではなかった。
しかし今回出会った魔族は完全に真っ黒だった。ゆえにルイシャは覚悟決めた。
怖くないと言ったら嘘になる。しかしリオの言ってくれた言葉があるから、自分は一人で背負いこむ必要はないと知っているから。
ルイシャは横一文字に剣を振るった。
その剣閃は寸分違わずウルスの首を切り裂き、彼の頭部は回転しながら宙を舞い……べしゃりと汚い音を立てながら地面にぶつかる。
「ぐっ……!」
生をその手で断ち切った感触にルイシャは胃が酸っぱくなる感触を覚える。
しかし二人の師匠の顔を思い浮かべることでその感覚を押し戻す。
そして再び剣を構える。大切な人を、守る為に。