第49話 魂の色
「俺たちを倒す……だと? あまり舐めたこと言ってんじゃねえぞ小僧!」
突然現れたルイシャに怒りを露わにするウルス。
しかし彼は凄むばかりでルイシャに攻撃はせず一定の距離を取っていた。
それは自分の攻撃をいとも容易く受け止められたから……だけではない。
彼の長年の戦士としての勘がルイシャへの攻撃を止めていた。ただ目の前に立っているだけだというのに頭の中でアラートが鳴り響き言うことを聞いてくれないのだ。
(なぜだ!? こんなガキにビビっているとでも言うのか……!?)
困惑するウルス。しかしいつまでも突っ立っていたら主人に後ろから撃たれかねない。意を決してウルスは右の拳に再び魔力を集め始める。
シャロに打った時よりも強く、濃く集められた魔力は黒い稲妻を放ち始める。この技こそウルスの最大にして最強の技だ。
「消え散りな小僧ッ、魔雷拳・辺獄!!」
バチバチバチッ! と激しく鳴り響く黒雷を拳に纏わせ、ウルスはルイシャの腹部に渾身の右ストレートを放つ。
その一撃は辺りに物凄い衝撃波を放ち、地面にヒビを入れる。
遠目から見てもその威力はケタ違い。だというのにルイシャは避ける素振りすら見せず真っ向から受けた。
「ルイっ!」
「ルイシャ様!」
それを見たシャロとアイリスは心配してルイシャの名前を呼ぶ。
二人ともルイシャのことを信頼してはいるがさすがにあんな一撃をくらえば心配にもなってしまう。
「……くく、馬鹿な小僧だ。大人しく逃げていれば早死にしなくて済んだものを」
勝ちを確信しながらルイシャを見るウルス。
その渾身の一撃を食らったルイシャはウルスの狙い通り粉々に砕け散って……いなかった。
それどころか傷一つ見られない上に、殴られた場所から一歩も動いていなかった。
そんなルイシャを見たウルスは背中に冷たいものを感じ咄嗟に飛び退き距離を取る。彼が感じたものは間違いなく「恐怖」だった。
「魔雷拳・辺獄……ね。大層な名前ですけど結局は魔法を纏わせただけのパンチ。技としての完成度はバーンの爆拳よりも数段下。腕力頼りの技ですね」
ケロッとした表情で自分が食らった技の評価を下すルイシャ。
人間の少年が、エリート魔族である自分の攻撃を正面から受け止めただけでなく、レビューまでしている。そんなあまりにも理解の及ばぬ光景にウルスの頭は混乱してしまう。
「う、う、うご、うごあぁぁっっ!!」
脳がパンクし発狂したウルスは再び拳に魔力を纏わせルイシャに突っ込む。作戦もクソもない捨て身の攻撃、しかしウルスに残された手はそれしか無かった。
ルイシャはそんな彼を見て「はあ」と短く溜息をつくと、力強く大地を蹴飛ばし一瞬で距離を詰める。
「せいっ!」
ウルスの拳が打ち出されるよりも早くルイシャの拳がウルスの腹筋に突き刺さる。
ビシィィィッ! と乾いた音が辺りに鳴り響き、次の瞬間ウルスはその場に膝をつく。
「が……っ!」
意識こそ失わなかったが、彼はあまりの衝撃に目を見開き口からヨダレをだらだら流していた。
まるで体内で爆弾が爆発したような衝撃。この痛みから開放されるなら何を差し出してもいいと思えるほどだ。
「貴様……いったい何をした……?」
「……拳に纏わせた魔力の塊を、着弾の瞬間にあなたの体内に打ち込みました。体内に入った魔力の塊は時間差で爆発するように設計してます」
「そんなに細かい魔力操作、魔族でも出来るものは少ないぞ……! 貴様何者だ!?」
驚愕しルイシャの素性を聞き出そうとするウルス。それほどまでにルイシャの使った技は人間離れしていたのだ。
「僕のことはどうでもいいです。それよりあなたは……いったい何人の人を殺しましたか?」
ルイシャはそう冷たく言い放つと竜王剣を取り出し、膝をつくウルスの首元にその黄金に輝く刀身を押し付ける。
後は腕を横に振るだけでウルスの頭部は宙を舞うだろう。
その緊張感にウルスは息を呑み、ルイシャの問いに慎重に答える。
「な、何人殺したか……だって? ひ、一人や二人じゃないか? ほら、こう見えて意外と俺は平和主義者なんだ」
必死に取り繕うウルス。
そんな彼を見るルイシャの眼は冷ややかだった。
なぜなら……ルイシャの眼はウルスの罪の深さを見ることが出来ていたからだ。
竜族が持つ『竜眼』。
この眼は気功の流れを見ることが出来る能力を持っているが、その他にも能力がある。
それは『魂』を見る能力。竜眼は対象の魂の色や形を浮き彫りにさせ、その者が悪人か善人かを見極める能力があるのだ。
ルイシャの竜眼を通して映るウルスの魂の色はどす黒い色だった。その色は何人も罪なき人を手にかけなければならない色だ。
それが他の魔族二人も同じだった。いったいどれだけ悪いことをすれば魂をここまで汚せるのか。ルイシャはそれを考えると胸が痛くなった。
「もういいです……あなたの言葉からは何も感じられない」
「ちょ、待っ……!」
焦るウルスを一顧だにせず、ルイシャは剣を持つ手に力を込め横に薙ぎ払った。