第48話 共闘
「雑魚が手を組んだところで変わりゃしねえよッ!」
そう叫びながらスパイドは曲大剣を振り上げ、シャロとアイリスに襲いかかる。
スパイドから放たれる恐ろしい殺気、しかし二人は目を逸らさずに戦う構えをとる。怖くないと言ったら嘘になる、しかしここで逃げるわけにはいかない。
「アイリス! 私が攻撃を止める、その隙に!」
左腕に盾を展開したシャロがスパイドの剣を受け止める。
上段から振り下ろされたその重い一撃はシャロの盾にヒビを入れ、それを受け止めたシャロの身体にも物凄い負荷を与える。
受け止めた左腕と身体を支える足は悲鳴を上げ、メキキ……と骨を軋ませるがシャロは必死に歯を食いしばりその攻撃を受け止め切って見せた。
「小娘ごときがパワーアップした俺様の攻撃を……!」
会心の一撃を真っ向から受け止められたことにショックを受けるスパイド。
その動揺で生まれた隙を見逃さずアイリスは詰め寄る。彼女は自らの左腕を右手の爪で一文字に切り裂くと、その傷に右腕を突っ込む。
「出でよ我が血命武器……『血風鎌』!」
そう口にして傷口に入れた右腕を引き抜くと、なんとその手には彼女の身の丈を超える大きな鎌が握られていた。闇のように黒い柄に鮮血の様に真紅の刀身、悍ましさと美しさを併せ持つ不思議な鎌だった。
「くらい……なさいっ!」
アイリスは渾身の力を込めスパイドの腹部へ鎌を振るう。その鋭い斬撃はスパイドの肉体を易々と引き裂き辺りに血を撒き散らす。
思わぬ傷を負ったスパイドは「ちっ!」と悪態をつき一旦二人から離れる。いくら肉体が強化されたとはいえ、軽くないダメージを負ったようだ。
「アイリス、あんたそんな武器持ってたの? そんなのがあるならさっさと出しなさいよ」
「この血命武器は吸血鬼の秘技なんですよシャロ。使用すると体力をかなり消費してしまいますしそう易々と使っていい技じゃないんです」
「へえそうなの……ってかアイリスって吸血鬼だったのね。どおりで綺麗な顔してるわけね」
「そう言えば貴方にはまだ言ってませんでしたね……すみません」
アイリスはシャロに頭を下げる。しかしシャロはアイリスの肩を掴み体を起こさせる。
「謝る必要はないわアイリス、誰だって秘密の一つや二つはあるものよ。それよりも私は秘密を教えてくれたことが嬉しい。だから胸を張りなさい、こんな立派なおっぱいがあるんだから」
そう言ってシャロは笑いながらアイリスの胸をつんつんと突っつく。突然のセクハラに「きゃ!」と乙女のような声を上げてアイリスは顔を赤くする。
「くく、いい表情するじゃない。その顔の方がルイにも気に入られるわよ」
「貴方って人は……覚えて置いてくださいね」
下らないやり取りをしながら二人はスパイドとウルスの方を向く。
二人は今のシャロ達の動きを見て警戒しているようだ。戦う意志こそ衰えてはいないが、無策で突っ込んではこなそうだ。
そんな二人を見てウラカンは「はあ」とため息を漏らす。
「いい加減にして下さい二人とも。小娘二人相手にいつまでも手こずって……。まだかかるようでしたら『お仕置き』しますよ?」
そう冷たく言い放つウラカンを見て、部下の二人にゾワッ! と鳥肌が立つ。
自分たちのボスが無能な部下にどんな仕打ちをしているのか、二人はよく知っている。あんな仕打ちを自分たちがうけるなんて冗談じゃない! そう思った二人は同時に走り出しシャロ達に襲いかかる。
「来たわよ! 足引っ張んないでよね!」
「それはこっちのセリフです!」
パワーアップした二人の戦闘能力は、シャロとアイリスよりも高い。
なので二対二ではシャロ達が不利なのは明白だが、不思議なことに二人はウルス達の攻撃に対応できていた。
その理由はチームワーク。お互いの足りないところを補い合うように戦うシャロとアイリスとは対照的に、ウルスとスパイドは全然連携が取れていなかった。これでは自分の力を十分に発揮することなどできない。むしろ味方が邪魔になることすらあった。
「よし……このままいけば……!」
戦いが優勢になり始め希望を持ち始めるシャロ。
頭が冴え渡り、敵の攻撃を全て認識出来るようになっていたが……突如右足の太ももに鋭い痛みを感じる。
「痛っ!」
驚き足を確認してみると、なんと魔法で出来た矢が太ももに突き刺さっていた。こんな攻撃、目の前にいる二人は使用してこない。だとすれば考えられるのはただ一人。
「この卑怯者……!」
シャロはそう呟きながら遠くで戦いを傍観しているウラカンを睨みつける。彼は痛みに顔を歪めるシャロを見て満足そうに笑みを見せると、にこやかに手を振ってくる。なんともいい性格の持ち主だ。
「おい、よそ見してる暇があんのか?」
「しまっ……!」
一瞬、ほんの一瞬だがシャロはウラカンに気を取られたせいで隙を見せてしまっていた。
ウルスはそれを見逃さずシャロを右下段突きで思い切り殴りつける。何とか拳と体の間に盾を展開するシャロだが、その衝撃をまともに食らい吹き飛んでしまう。
「シャロ!!」
助けに入ろうとするアイリスだが、スパイドがそれを遮る。アイリスは何とかそれをかいくぐりシャロに近づこうとするが、スパイドはそれを許さない。
「暴れねえで大人しく一緒に見ようぜ? お友達がボロボロになるのをよ」
「この下衆が……っ!」
必死に鎌を振り回すアイリスだがスパイドはそれを難なく受け止める。一度防御に回ってしまってはそれを崩すのは難しい。
そうこうしている間にウルスは拳に魔力を凝縮し必殺の一撃を放とうとする。
その名も「魔雷拳」。限界まで凝縮された魔力に雷を纏わせ殴りつけるシンプルな技だ。
しかしシンプルゆえに防ぐのは容易ではない。
「おや、ウルスめ殺す気満々じゃないですか。……まあいいでしょう生かしとくと厄介になりそうですしね」
ウラカンの予想は当たっていた。既にウルスは完全に頭にきており生け捕りにしろという命令をすっかり忘れていた。
頭にあるのは怒りと殺意のみ。シャロもそれを感じ取り必死に起き上がろうとするが、先程の一撃のダメージが足にきておりうまく立ち上がれない。
「これで、死ねィ!」
渾身の力を込め拳を叩きつけるウルス。
絶体絶命の状況、もはやこれまでかとシャロは下を向く……が、そんな彼女の耳に足音が聞こえる。
「この音は……!」
聞き間違えるはずもない。
何度も聞いたあいつの音だ。
その音を聞いた瞬間、シャロの心に暖かい火が灯る。彼女は勢いよく顔を上げ迫りくる拳を見て笑いながら呟く。
「ばーか、遅すぎんのよ」
次の瞬間、爆音を鳴らしながらウルスの拳は衝突する。
しかし……ぶつかったのはシャロにではなかった。
「ふう、ごめんごめん遅くなっちゃったみたいだね。でも間に合ったでしょ?」
ウルスの拳は突如現れた少年の手にぶつかり、受け止められていた。
少女達と同い年くらいの少年、しかも魔法を使った様子もないのに……いったい何者だ!? 魔族達の間に衝撃が走る。
「貴様ァ、いったい何者だ!?」
そう問われた少年はウルスの拳を放すと、どこからともなく黄金の剣を出現させ構える。
その立ち姿は少年とは思えないほど完成されており、まるで数百年もの間修行した戦士のようだった。
「僕の名前はルイシャ=バーディ。お前達を倒す者だ!!」