第46話 変貌
シャロの戦いぶりを見て、そのあまりの強さにアイリスは驚愕し動けずにいた。
アイリスは以前シャロとルイシャが入学試験で戦っているのを見ており、シャロのだいたいの強さを知ってはいたのだが今のシャロの強さはその時の比ではなかった。
あの時からまだ数ヶ月しか経っていないのになぜ? 同じ時を同じように過ごしたはずなのに。
そしてもう一つ気になったことがあった。
それはシャロの戦い方だ。その戦闘方法はアイリスのよく知る人物にとても似ていたのだ。
「そ、その戦い方は……」
「あらバレちゃった? そ、この戦い方はルイを参考にした戦法よ」
剣術、魔法、気功術など様々な技術を並行して使用し、あらゆる状況に最適な行動を取る全局面的戦闘術。それがルイシャの使う戦法だ。
対してシャロはその恵まれた才能から繰り出される剣術と魔法でゴリ押す戦法を得意としていた。しかしルイシャに敗れてから彼女は自分の戦法を見直したのだ。
ゴリ押すのではなく、キチンと一から技術を洗い直し丁寧な攻撃を心がけた。気功術という今まで触れてこなかった戦法も貪欲に取り入れた。
全ては、愛する人に少しでも近づくために。
「あいつに近づくためなら何だってしてやるって決めたの。あいつの背中を追うんじゃなくて横に立って一緒に戦いたいって思ったから」
シャロのその言葉を聞いたアイリスは頭を思い切り殴られたような衝撃を覚えた。
自分は今までそんな風に考えたことがなかったのだ。ルイシャを支え、その後ろをついていけば全てが上手くいくと思っていた。
しかし目の前の少女はそんな自分の考えの遙か先を行っていた。
「これでは……敵わないはずですね」
甘えていた。
アイリスは自分でも気づかないうちにルイシャに甘え逃げていたのだ。
しかしシャロは逃げずにルイシャと同じ道をいこうとしていたのだ。
「ふふふ、実に見事。まさか私の部下が二人共やられてしまうとはね」
一方ウラカンは自分の部下がやられたというのに余裕の表情を崩していなかった。むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。
「ずいぶん余裕なのね。そんなに自分の力に自信があるの?」
「その通りだよ勇者の末裔くん。いくら君が優れた才能を持っていようと所詮は人間、私の敵ではない。それに……まだ私の部下は戦えるしね」
ウラカンのその言葉に応えるようにウルスとスパイドはゆっくりと立ち上がる。しかし見るからにダメージは残っており無理をして立ち上がっている感じだ。
とても戦闘を続行できる状態には見えない。
「種を飲むことを許可する。存分に暴れたまえ」
ウラカンがそう言うと二人は懐から丸くて茶色い植物の種のような物を取り出す。
そして二人は少し躊躇しながらもその種をゴクリ! と一息に飲み込む。
「いったい何を……!?」
謎の行動に警戒するシャロ。
このタイミングで何かを飲むという行動、普通に考えれば回復アイテムだと考えるのが妥当だ。しかしシャロは二人が飲んだ謎の種から禍々しいナニカを感じた。それがただの回復アイテムだとは思えない。
ゆえに一見隙だらけに見える二人に攻め込めずにいた。もし今考えなしに突っ込んだら取り返しのつかないことが起きる気がしたのだ。
そしてその予想はすぐに当たることになる。
「「うぐ、うぐぐぐぐぐっっっ!!」」
ウラカンとスパイドは同じタイミングで呻きだし、苦悶の表情を浮かべ始める。
そしてまるで体内をナニカが這い回るようにボコボコと皮膚が隆起し、次第に身体が肥大化し始める。
その異変は瞬く間に進行し、数秒後には変化が止まり落ち着きを取り戻す。
「はあ……はあ……いい……気持ちだ……」
汗だくになりながらもウルスは恍惚とした表情を浮かべる。
元から筋骨隆々とした身体は更に大きくなり、異形とも言える歪な形になっていた。腕は倍以上に太くなり皮膚は黒く変貌している。
スパイドも細かった身体が太くなっている。しかも腕が伸びておりリーチが格段に伸びている。
腹にあった傷もすっかり塞がっていて元から怪我などしていなかったようだ。
「ふふ、凄い効果だね。創世教のやつらも面白いものを持っている。さ、頼むよ二人とも。次はしくじらないでくれよ」
ウラカンの声に従い、異形の怪物と成り果てた二人の魔族はシャロの前に立ちはだかる。
その異様な見た目と禍々しいオーラにさすがのシャロもたじろいでしまう。
「だけど逃げるわけにはいかないわね……! ここで逃げたらあいつに合わせる顔がない!」
自らをそう奮い立たせたシャロは剣をしっかりと握りしめ、死闘へ臨む。