第45話 圧倒
ウルスとスパイド。
ウラカンの腹心である二人は将紋こそ持っていないが、その戦闘力は魔族の中でもかなり高い。
恵まれた肉体を持つウルスは、肉体強化魔法を使うことで更にその強さを底上げし鋼の如き肉体を得ることが出来る。
恵まれた剣の才能を持ったスパイドは、速度強化魔法により常人の目では到底追いきれない剣速を発揮し敵を一方的に切り刻む。
そんな優れた戦士である二人が、たった一人の少女に苦戦を強いられていた。
「ちょこまかと……いい加減くたばりなァ!」
怒りに顔を歪ませながら二本の曲大剣を振るうスパイド。
シャロは冷静にその剣閃を見極め、左手に装着した薄桃色をした半透明の盾で受け流し、捌く。
その盾は左手首に装着した腕輪型の魔道具の力で生み出されている。その腕輪に魔力を流すと自動で高硬度の円形の盾が左腕に現れるのだ。
その腕輪はルイシャが盗賊団の盗品から以前見つけたものだ。つまり元々は勇者オーガの使っていた魔道具ということになる。
オーガが使っていたのだからその性能は当然高い。しかしその反面扱うには高度な魔力操作を必要とし、更に勇者の一族じゃないと発動させることは出来ない。
ルイシャからこの腕輪を託されたシャロは最初まともに盾を展開させることも出来なかったのだが……特訓の末、遂に使いこなすことができるようになったのだ。
「くそがァ! なんでこんな小娘に俺の剣が当たらねェ!?」
「……あんたの剣には邪心が多すぎるわ、そんな力任せの斬撃目をつぶっていたって避けれるわ!」
シャロは迫りくるスパイドの斬撃を全て捌くと、隙ができた腹部へ桜色の飛ぶ刃『桜花飛刃』を繰り出す。
「うぐっ……!」
腹部を深々と切りつけられたスパイドは苦悶に顔を歪めながらその場に膝をつき、倒れる。
魔族とはいえスパイドは細身だ、ダメージに対する耐性は低い。
「てめえよくも!」
仲間をやられ激高したウルスが音速の拳を振るうも、シャロはそれを難なく躱す。ルイシャと日々組手に励んだ彼女にとって、その程度の攻撃は障害になり得なかった。
攻撃を避けたシャロはウルスの体を何度か剣で斬りつける。しかしウルスの体は想定よりも固く、表面を切り裂く事しか出来なかった。血こそ流れるがその傷はすぐに塞がってしまう、これではいつまで経っても倒せない。
「がはは! その程度の攻撃では俺を倒す前に日が暮れるぞ!」
「……硬いのは表面だけでしょ? だったら中はどうかしら?」
シャロはニヤリと笑いながらそう言うと、右腕をだらんと垂らしながらウルスの懐へ潜り込む。
当然ウルスはそれを阻止しようとガムシャラに攻撃をするのだが、完全に動きを見きったシャロにそれが当たることはなかった。
「気功術、攻式二ノ型……水震頸っ!!」
シャロはだらんと垂れた腕をまるでムチのように振るい、ウルスの胸部へ叩きつける。
その攻撃が当たった瞬間、『スパァンッ!!』と爆発音のような音が辺りに響き渡る。それが当たったウルスの胸部には、まるで水滴が落ちた水面のように円形に波紋が広がる。
その攻撃を食らっても気合で立っていたウルスだが、命中した数瞬後突然『ガフッ!』と口から大量の血を吹き出し白目を剥いて地面に倒れ込む。手足は細かく痙攣しておりとても戦闘が続けられる状態ではない。
「さて……最後はアンタの番ね」
瞬く間に二人の強者を倒したシャロは剣先をウラカンに向ける。
力強い眼光、強い意思のこもった言葉。
もうそこに己の正義のあり方に苦しんだ少女の姿はなかった。