第31話 暴れだす悪意
「牢獄? 何言ってんだ、わかりやすいように話せ?」
バーンは必死に頭を働かすが全然理解できないのでチシャにそう尋ねる。
「彼らが王国を襲う時に最も厄介な相手は誰だと思う?」
チシャの問いにバーンは腕を組み考え始める。
「うーん、冒険者の連中も厄介そうだが……やっぱり王国騎士団じゃねえか? 腕が立つのは勿論チームワークもすげえらしいからな」
その回答にチシャは満足そうに頷く。
「そう。魔族も同じことを思ったはずだ。だからこの結界を作った。騎士団をこの結界に閉じ込めて無力化するためにね」
「ちょっと待てよチシャ。なにも騎士団は全員城内にいるわけじゃないだろ?」
「普通はね、でも今は違うはずだよ。なんてったって国王と魔族の大臣が顔を合わせて対談するんだ。その警備に騎士団のほとんどが集められてるはずだ」
それを聞いたバーンはサッと血の気が引くのを感じる。
「……っつーことは今騎士団は誰も魔族と戦えないってことかよ!? 嘘だろ!?」
「もちろん異常事態があったらすぐに外に行けるよう準備をしてはいるはず。でもこの結界のせいで魔族が街を襲い始めても騎士団にその情報がいくことはない……これはマズいね」
絶望的な状況に沈黙するチシャとバーン。
そんな中カザハが声を上げる。
「なんか中に入る方法はないんやろうかなあ。これだけ大きい城なんやから隠し通路とかあるんちゃうか?」
「そ、それだ!」
突然大きな声を出したのはチシャ。ビックリして『ビクッ!!』とするバーンとカザハを他所にチシャは再びブツブツと呟きながら考え事を始める。
「隠し通路、そうだ必ずあるはず。もしあるとしたら王族の避難通路……だとしたらその先は王族の避難施設に繋がっているはず。だとしたらそこには……!!」
何か思いついた様子のチシャは顔を上げカザハの方を向く。
「僕に考えがある。力を貸してくれるかな……?」
それを聞いたカザハは「くすっ」と軽く笑うと、チシャの目をまっすぐ見返しこたえる。
「当たり前やないか、大船に乗ったつもりでウチを頼りぃや!」
「……ありがとう、よし! やろう!」
「おっしゃよく分かんねえが俺も手伝うぜ!」
こうして三人は結界により閉じ込められた王城を解放するため動き出したのだった。
◇
一方ここは王城近くのとある建物。
三階建ての綺麗なこの建物は一見するとそこそこ高そうな宿屋の見た目をしている。
ここは王国来賓者用の宿泊施設だ。王国関係者であれば王城内にも泊まれる場所はあるのだが、防犯的観点から流石に他国の者を城の中に止めるわけにもいかない。なのでこうして城の近くに宿泊施設を建て、会う際は城に出向いてもらっているのだ。
ウラカンが連れてきた魔族は総勢百五十名にも及ぶ。もちろんそれら全員を城に入れるわけにはいかないので数名の部下を連れ残りの魔族はこの宿泊施設に残っていた。
今までは大人しく待機していた魔族達だったが……遂にウラカンから命令が下る。
「ボスから命令が出た。存分に暴れろとのことだ」
ウラカンの命を受け宿泊施設に入ってきた魔族の男がそう言うと、待機していた魔族たちは目を輝かせながら武器を手に取り立ち上がる。
「くくく、ようやく暴れられるぜ」
「少しは楽しませてくれる奴がいりゃいいがな」
「確かに! 道中の村には雑魚しかいなかったからな」
そんなことを喋りながら外に出る魔族たち。
王国関係者しか宿泊施設には入れないので、そこには民間人はいない。いるのは警備の兵士が二名のみだ。
当然魔族たちは勝手な行動を禁止されている。だというのにぞろぞろと建物の外に出てくるので警備の兵士二人は槍を構え警戒する。
「お、お前たち! 外出行為は禁止されてると知っての行動か!」
「うるせーな、雑魚はすっこんでろ」
魔族の一人が気怠そうに兵士の腹を蹴飛ばす。すると兵士は思い切り吹っ飛び壁に激突しその場に崩れ込んでしまう。死んではないようだがダメージは深刻そうだ。
「な、ななな……」
それを見た兵士の同僚の槍を持つ手が震える。まさかこんなことになるなんて……。逃げ出したい気持ちに駆られるが、足が震えてそれすら出来ない。
「なんだ逃げねえとはお前もやられてえのか」
「ヒッ……!」
震える兵士の元へ指をパキパキ鳴らしながら近づいていく魔族。
あと数歩でその手が届く……というところで彼ら二人の間に何者かが割り込む。
「ふう……かろうじて間に合った、かな?」
現れた人物はまだ小さい少年に見えた。着ている服は魔法学園の制服なのでそこの生徒なのだろう。
なんでこんな所に現れたのかは分からないが生徒は兵士にとって守る対象だ。助けなければと思い兵士は少年の前に出ようとするが、少年は手でそれを制する。
「ここは任せてください」
「へ……?」
そのあまりにも堂々とした振る舞いに兵士の動きは止まる。
そんな二人の様子を見ていた魔族は業を煮やし、少年目掛けて拳を振るう。
「ガキだからって手加減してもらえると思ってんじゃねえぞ」
大人ですら昏倒する猛スピードの拳。しかし少年は身を翻し舞うようにその攻撃を躱すと、カウンター気味に空中回し蹴りを魔族の男の顔面に放つ。
その一撃を喰らった男は地面に顔面をめり込ませ「かぺ……」と潰れたカエルのような声を出し意識を失う。
それを見た兵士と魔族は驚き口をあんぐり開く。いくら油断してたとはいえ大人の魔族が人間の子供に遅れをとるはずがない。しかし目の前の少年はそれをやってのけたのだ。
少年は地面に綺麗に着地すると魔族の軍団に対し拳を構える。明らかに不利な状況だというのにその瞳に迷いはなかった。
「どこからでもかかって来い! 僕が相手だ!」
その少年、ルイシャ=バーディはそう啖呵を切るのだった。