第29話 駆け抜ける黒い影
空に弾けた閃光の発射元に向かって走るチシャとカザハ。
小さい体ながら意外と速いスピードですいすい走るカザハとは対照的に、チシャはドタドタと辛そうに走っていた。
「ぜぇ、ぜぇ、ちょ、待っ……て……」
「なんやチシャ、もっと気合入れて走りぃや。着く前に日ぃ暮れてまうで」
「ぼ、僕は体を動かすのが、ひぃ、苦手なんだよ……っ」
そんなに距離を走ってないのに息が絶え絶えになるチシャ。
本来小人族は森に住み狩猟生活をする種族だ。人間の子どもくらいの身長しかない彼らだがその敏捷さは人間を大きく上回る。
その速さと持ち前の手先の器用さを活かし、彼らは木の上を飛び跳ねるように移動し手作りの弓とナイフで獲物を狩りとり生活する。その鮮やかな狩りの風景から「森の殺し屋」という異名まで付けられている。
しかしチシャは見た目こそ普通のハーフリングだが、敏捷さも手先の器用さも受け継ぐことが出来なかった。
その代わりに得たのが魔法の才能、しかし魔法が不得意なハーフリングは魔法が使える同族を嫌う傾向があるのだ。自分の理解できない異物を排除しようとするのは当然といえば当然のことなのだが。
「ふひぃ、ほへぇ、もう無理ぃ……」
疲れ果てその場に膝をつきそうになるチシャ。しかしその瞬間誰かがチシャを受け止め優しく抱きかかえてくれる。
今この場にそんなことをしてくれる人は一人しかしいない。そう思ったチシャはドキドキしながら顔を上げる。そこにいたのは想い人であるカザハ……ではなかった。
『キチ、キチチッ!』
否、人ですらなかった。
黒光りするボディに鋭い牙。何本あるか数えきれない足はカササササッ! と忙しなく動いている。
彼(?)はカザハの使役する虫の一人、千脚百足のムーちゃんだ。チシャの危機を察知したムーちゃんはカザハの体から出てきてチシャを優しく受け止めたのだ。
「は、はは、ありがとう」
『キチチィッ!!』
チシャの少しがっかりした感じの礼に嬉しそうに答えるムーちゃん。恐ろしげな見た目とは裏腹に人懐っこい性格のようだ。
「ようやったムーちゃん、ええ子やなあ」
少し遅れてチシャの元にやって来たカザハは優しくムーちゃんを撫でながらそう言う。そして何やら名案を思いついたのか手を『ポン!』と叩く。
「そうや! このままムーちゃんに連れてって貰ったらええんや!」
「……へ?」
カザハの言葉に固まるチシャ。
何回か触れ合ったことがあるのでだいぶ慣れては来たが、自分の何倍の大きさもあるムカデはやっぱり怖い。それに乗る? いやムリムリ!
しかしそんなチシャの思いも虚しくムーちゃんはするりとチシャの足元に潜り込むと簡単に持ち上げてしまう。
「ちょ! やめてぇ!」
「あんま暴れたら危ないでぇ、観念してしっかり捕まるんやな!」
「そ、そんなぁ!?」
必死の抵抗虚しくムーちゃんの背中に乗せられたチシャは、必死にその背中にしがみつき猛スピードで街中を駆け抜けるのだった。