第10話 智王
エクサドル王国第一王子ユーリ・フォン・エクサドリア。
彼は従者であるイブキを連れて王城の中を足早に歩いていた。
「しっかし王様から呼び出されるなんて珍しいっすね王子。なんかやらかしたんすか?」
「俺をやらかす奴キャラにするのはやめろ。確かに最近は頭を下げる機会が多いがそれは全部あの問題児達のせいだ」
「じゃあまた誰かがなんかやらかしたんすかね。それでとうとう王様も怒っちゃったとか」
「……あながちないとも言い切れないのが嫌だな。はあ、父上に失望されるのは嫌だな」
「まー俺っちも一緒にごめんなさいするんでそんなにしょげる事ないっすよ王子。俺っち達は一蓮托生じゃないっすか!」
「……お前の能天気さが羨ましいよ、少し分けて欲しいくらいだ」
「ふっふっふ、そんなに褒めてもなんも出ないっすよ王子」
「はいはい、さっさと行くぞ」
そんな風に軽口を叩きながら進んだ二人はやがて王の私室の前に辿り着く。
ここに呼び出されるのも考えれば変な話だ。公的な話であれば王座がある王の間と呼ばれる大広間で行うのが通例。そこを避けてわざわざ私室で話をするということは他の者に聞かれたくない話という事だ。いったいなんの話なのだろうか?
そんな疑問を抱えながらユーリは扉をノックする。
「ユーリです、父上」
「入れ」
許可を得たユーリは丁寧に扉を開けて父の私室へ足を踏み入れる。
ここに来るのはいつ以来だろうか。小さい頃はよく来ていたが大きくなってからは滅多に来なくなった。
質素な部屋、それが久しぶりに見た父の部屋の第一印象だ。ベッドに机、そしてクローゼットがあるばかりで嗜好品のような物は見当たらない。国民が見たら国王の部屋だとは思わないだろう。
これは父が過剰な贅沢を好まないからだ。もう王が贅の限りを尽くす時代は終わったと父は言っており、外交の時以外は服装も派手なものを着ない。
そんな父の真面目な姿がユーリは好きだった。
「失礼いたします、イブキ・アイアンハートです。部屋に入らせていただきます」
流石のイブキも国王の前ではかしこまった態度だ。
しかし兜は被ったままだ、そんなに素顔が見られるのが嫌なのだろうか。
「かしこまらなくていいぞイブキ。二人ともそこに座ってリラックスするといい」
そう言って国王フロイ・フォン・エクサドリアは二人を椅子に座るように促す。
促されるまま着席した二人は円卓を挟むようにして国王フロイと向かい合う。
今年で四十歳を迎えるフロイだがまだその金髪に白髪は混ざっておらず、顔つきも整っており老けた印象を受けない。ユーリの整った顔は父親譲りだろう。
そしてユーリの知性も父親から受け継いだものだ。フロイは若くして国を率いる立場になったのだが、その頃から優れた政治的手腕を振るい『智王』とまで呼ばれた傑物だ。
そのせいで他国からは『王国に智王あり』と恐れられているのだが、少なくとも家族であるユーリとその幼なじみでもあるイブキには優しい人物だった。
「父上、いったいなんの御用でしょうか。私室に呼び出すとは余程のことなのですか?」
「……ううむ。実は先ほどある国から使者が来たのだ」
「使者ですか? それがいったいどうしたのですか?」
他国から使者が来ることは珍しいことではない。
いったい父は何をそんなに気に病んでいるのだろうか。
「問題はその使者がどこの国から来たか、だ。その使者はこう言った『自分は魔王国アラカスの使者だ』とな」