第25話 転移
この魔道具『穴抜けロープ』は消耗品の魔道具だ。
なので比較的安価で買えるというのに高度な魔法である転移を可能にしているのだ。
しかしもちろん欠点もある。
このロープで腰の辺りをぐるりと一周巻いた人間しか転移することは出来ないのだ。
しかしロープは三十センチほどの長さしかなく、これでは人一人転移することすら出来ない。
しかしこのロープは魔力を流し込むほど一時的に長くなる性質を持っている。魔力量が多い者が頑張れば三人くらいを転移させられるくらいの長さには伸ばせるだろう……が、とてもじゃないが八人は無理だ。
「俺たちはいい。兄貴達で三人決めてくれ」
マクスはそう言ってルイシャにロープを渡す。ジャッカルの残る二人も真剣な面持ちでそれに頷く。どうやら心は同じようだ。
それを貰ったルイシャは仲間たちの顔を見渡す。
みんなルイシャを信頼した目で見つめている。もしどんな決断をしてもついていくという強い意志を感じる。
……だったらそれに応えたい。
信頼してくれる仲間たち、そして命を託してくれたジャッカルの三人全員を救う道を選ぶ!
そう決意したルイシャはアイリスに目配せする。
そのアイコンタクトでルイシャの伝えたいことを察したアイリスは小さい声で「かしこまりました」と呟くと、右手の人差指を小さく切り血を流す。
そして次の瞬間その指を振り回し、流れる血を魔法でロープ状にする。そしてそのロープでルイシャ以外の七人全員を縛ってひとまとめにしたのだ。
「な、なにを!?」
戸惑うジャッカルの三人。しかしすぐにその意図に気づく。
ルイシャは全員を転移させる気なのだ。そのためになるべく全員を密着させたのだ。
「む、無茶だ……」
弱音をこぼすマクス。
しかしそんな彼をよそにルイシャは穴抜けロープを両手に構え集中する。
魔力を製造する臓器は人体の中心に位置する。そこに意識を集中させ、ルイシャは己の体が耐えられる限界まで魔力を溜める。
そのあまりの魔力量にジャッカルは戦慄する。
「なんだこの魔力量は……!! 金等級、いやそれ以上……!?」
金等級以上の冒険者となると白金等級の冒険者しかいない。白金等級の冒険者は皆人外級の戦闘能力を持った化け物たちだ。それに匹敵する魔力量を目の前の少年は持っているというのか……!?
その事実にジャッカルは高揚し喉を鳴らす。
やはり自分たちは出会ってしまったのだ。語り継がれるような存在に。
「はあああああっっっ!!!!」
今まで出したことのないほどの魔力をロープに注ぎ込むルイシャ。チャンスは一回きり。ミスは許されない。
必死の形相で魔力を注ぎ込む様子を見ていたアイリスはあることに気づく。
(ルイシャ様の目の色が変わっている……?)
常人では違いがわからない程度ではあるが、うっすらとルイシャの左の瞳の色がやや黄色がかっていたのだ。
更にうっすらと瞳に紋様のようなものが浮かび上がるが……それはすぐに消えてしまう。
気づけば瞳の色も元に戻っている。気になるアイリスだが今はそれどころではないので一旦忘れることにした。
そんなこと知る由もないルイシャは全身の魔力をロープに注ぎ込み終わり、一気にロープを横に引っ張る。
「ふん……ぬぁ!!」
その瞬間、ロープはまるで爆発するかのように伸びる。
その長さ、約五メートル。余裕で全員を巻ける長さだ。
それを見たジャッカルはもう驚くことも出来ず「はは……」と乾いた笑いをこぼす。
「それじゃいきますよ……転移!!」
ルイシャはその伸びたロープを自分含め全員に巻きつけ叫ぶ。
するとその瞬間ルイシャたち八人は一瞬のうちに消え去り、誰もいなくなる。
そしてその数秒後、ダンジョンは完全に崩壊する。
役目を終えたダンジョンに、三百年ぶりの静寂が訪れる。まるで眠りにつくように、ここを守り抜いた彼女を労うように……。