第1話 最悪の幼馴染
「ルイシャ、あんたって本当にグズね!」
ある日いつものように僕が魔法の練習をしていると、僕の幼馴染エレナ=バーンウッドが罵倒してくる。
「そんな魔力の練り方で魔法が使えるわけないじゃない! もっとこうグワーって感じでやるのよ!」
「そ、そんな言い方じゃわからないよ……」
「なに!? ルイシャのくせに私に口答えしようってわけ!? 生意気なのよ!!」
エレナは僕の言葉に腹を立て、僕をガシガシ蹴ってくる。
痛い痛い! 彼女にとってはじゃれてるに過ぎないのかもしれないけど体が強くない僕にその蹴りは痛すぎる。
日常的にエレナからパワハラを受けているせいで僕の服の下は青タンだらけだ。
酷い。なんで僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。
「全く、世話がかかるわね。しょうがないわ! ここはこの超天才幼馴染のエレナ様がルイシャに稽古をつけてあげるわ!」
エレナはそう言って「フフン」と得意げになる。
悔しいけどエレナが天才というのは事実だ。
3歳の時に初めて魔法を使ったのを皮切りに、彼女は様々な才能を開花させていきいつしか『神童』と呼ばれるほどになった。
おまけに顔も整っている。大きくてクリンとした瞳に長いまつげ。黒くて艶のある長い髪に張りのある肌。そして大人の男も思わず目を奪われる大きな胸。
エレナは僕の住む田舎村には不釣り合いな美少女だった。
しかしその性格は最悪。
外面はいいのに、幼馴染の僕に対しては日常的に暴力を振るったり悪口を言ったりしてくる。
おまけに僕のことを勝手に恋人だと周りに言いふらしているらしい。
冗談じゃない! 僕はもっと優しい人がタイプなんだ!
それを本人に言いたいけど彼女への恐怖心が植え付けられてる僕は言えなかった。
これからもそんな日々が続いていく。
そう諦めていた僕だったけど15歳のある日。転機が訪れる。
「さて、今日も親切な恋人である私がルイシャに稽古をつけてあげる!」
エレナに隠れてこそこそと家の裏で特訓していたのに運悪くエレナに見つかってしまった。
彼女は僕を見つけて意地の悪い笑みを浮かべながら恩着せがましく言ってくる。
冗談じゃない。エレナの特訓は僕を痛めつけるだけでちっとも強くならない。
神童のエレナには才能のない僕の気持ちなんてこれっぽっちも分からないんだ。
くそっ、もうこりごりだ。今日くらいは一人でじっくり修行したい。
「……ごめん、今日は一人でやりたいんだ。また今度にしてくれないかな」
「はあ? あんたまだ本気で自分が強くなれると思ってるの!? 才能のないルイシャが強くなれるわけないじゃない!! そんな無駄なことしてないであんたは私の相手をしてればいいのよ!」
無駄なこと。
エレナのその言葉に僕は生まれて初めて腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えた。
僕が今までどれほどの思いで特訓したと思ってるんだ。それを知らずに僕の努力を全否定するなんて……!
「そうだ良いことを思いついたわ! ルイシャ、あんた村を出なさい! そうすれば村の人に迷惑をかけることもなくなるわ! 寂しいだろうけどまあ私が会いに行ってあげるからいいわよね! ああなんて幸せものなのかしら!」
挙句の果てに僕を村から追放するなんて言い出してきた。
……エレナは僕から全てを奪う気なんだ。居場所も、努力も、生きがいも、プライドも。
そんなの、耐えきれるわけがない。
もう限界だ!
「……もう限界だ。エレナとはもう付き合えない」
「え? ど、どういうこと!?」
僕が冷たく言い放つとエレナは目に見えて動揺する。
自分より格下の僕が反発するなんて思いもしなかったんだろう。
「まさか私の恋人をやめるってこと……!? こんな可愛い私と付き合えてるだけで奇跡だっていうのになんで!?」
そもそも僕は恋人になったつもりもないんだけど……。
まあそれは今はいい。
「違うよ」
僕がそう言うとエレナの顔がパッと明るくなる。僕と恋人なのがなんでそんなに嬉しいんだ?
どうせ僕のことなんて好きじゃないくせに。サンドバッグくらいにしか思ってないんだろ?
ああ苛々する。
もうこの関係を終わらせよう。
「恋人だけじゃない。エレナとはもう友人にすらなりたくない! もう僕に関わらないで!!」
生まれて初めて僕はエレナに強い拒絶を示した。
するとエレナの顔はサーっと青ざめる。
「え、う、嘘よね? だってルイシャは私のことが大好きだもんね? ねえ嘘って言ってよ」
「……昔の優しい君は好きだったけど、今の力に溺れたエレナは大っ嫌いだ! いいよ、追放されてやる、エレナのいるこんな村自分から出てってやる!」
「嫌い、です、って? そんな、あんなに親切にしてたのに……」
理解できないことを言いながら呆然とするエレナ。
僕は今がチャンスとエレナから逃げ出して近くの森の中に駆け込む。
後ろから「待ちなさーいっ!!」と聞こえるが無視だ。
僕は一人で強くなってやる。
そしていつかエレナを見返してやるんだ!
僕は彼女への復讐を心のなかで誓い、修行を始めるのだった。
◇
「ふう、相変わらずこの森は歩きづらいなあ」
僕、ルイシャ=バーディはエレナから逃げて村近くの森を進んでいた。
うっそうとしたこの森は迷いやすく、村人は滅多に近寄らず魔獣もそれほどいないため秘密の特訓をするにはうってつけだ。
村にしばらく戻るつもりはないからここに小さな家でも後々建てよう。
木の実や山菜を食いつなげは生きていけるだろう。
「ここらへんでいいかな」
僕は木があまり生えてない開けた場所を見つけ、そこを今日の特訓場所にした。
今からする特訓は風魔法だ。
普通の人は別に特訓しなくても初期の簡単な魔法なら使える。風魔法で言えばそよかぜを起こすくらいだったら誰でも少し教われば出来るようになるのだ。
だけど僕は違う。
そよかぜを起こすことだって僕にとっては上級魔法を使う事並みに大変な作業なのだ。
こんな簡単な事すら出来ない僕はいつもエレナに馬鹿にされる。
でもそんなのはもううんざりだ。
こんな情けないことでイジメられ続けたら天国の両親に合わせる顔がないよ。
「よし。はじめよう」
僕は地面に座り目を閉じ意識を集中させる。
そして体の内側にある魔力を指先に集中させ、丁寧に練りこんでいく。
「よし、ここまではいいぞ」
問題はこの後。
この練りこんだ魔力を魔法に変換することが苦手なんだ。
「はあっ! 風巻!」
練りこんだ魔力を開放して魔法を発動するけど『ぽしゅう』と情けない音をたてて魔力は霧散してしまう。
うう、やっぱり駄目か。
でもこんなことはいつもの事だ。
何としても落ち葉の一つでもう動かせるようにならなくちゃ。
その後も僕は何回もチャレンジしたけど、中々上達しなかった。
それはもちろん僕が不器用なせいでもあるんだけど、もう一つ気になることがあるからだった。
「うーん。やっぱり変な感じがするなあ」
なにやら森に流れる空気が変だ。小動物の姿すら一回も見ていない。
「もしかして魔獣でもいるのかな……だとしたら早めに切り上げないと」
本当ならもっと特訓していきたいけど命の方が大事だ。
いそいそと荷物をまとめ帰る準備をしていると、ふとある事に気づく。
「……? あっちの方から魔力を感じる」
それは魔力探知能力が低い僕でも感じ取れるほどの大きさの魔力だった。
普通であればそんな得体のしれないモノに近づいたりはしないけど、気づけばまるで光に吸い寄せられる虫のように僕はその魔力の発信元へ向かっていた。
「これは……穴?」
その先で見つけたのは地面に出来た3mほどの亀裂だった。
亀裂からは眩いほどの光があふれ出していて、覗いてみてもその底はとても見えない。
「ここから魔力があふれ出てたんだ。ひとまず村の人に報告しないと」
魔獣じゃないのは一安心だけど、こんな意味不明な物を放っておけない。
僕は覗くのを中断し、村に戻ろうとして……足を滑らせた。
「え?」
誰のせいでもない完全な自滅だ。
足元にたまった落ち葉に足をとられて体勢を崩したという何ともみっともない理由で僕は正体不明の亀裂に身を投げ出す羽目になる。
普通の人だったらバランスを崩してもすぐ立て直せるのだろうが、なにせ運動神経皆無なことに定評のある僕だ。そんなこと練習もせずにできっこない。
「ああ、神様。どうか生まれ変わるならせめて次は優しい幼馴染を下さい……」
僕はそんな情けない言葉を遺言に亀裂の中に落ちていくのだった。