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決戦・5

―うぃぃ……いかん……テレポート先を間違えたぁ……

―うわっ! な、何だお前は!?

―この無能人、突然現れたぞ!?


『計画第一段階は完了した。これより第二段階、遅滞戦闘に移行する』


 3柱の女神らが戦闘状態に入るや否や、スィス老人より全人員に向けて指令が下された。

 今や“貪食”は、完全に釘付けの状態となった。後は切札の準備が整うまでの間、時間を稼がなくてはならない。




 ぎあああああああぁぁぁぁっ!!


 


 闇の巨人が、悲鳴とも怒号ともつかない叫び声を上げた。すると、戦女神ルインによって切り落とされ地面に転がっていた巨大な翼擬きが、徐々に形を失っていく。それはやがて完全に元の汚泥へ戻ると、ぶるぶると気色の悪い痙攣をしながら、巨人の足にくっついていった。

 “貪食”の肉体へと、還元されたのだ。


「うへぇ、気色悪ぃ奴じゃなぁ」


 “貪食”の恐るべき再生能力を目の当たりにしたジーグは、軽い口調で呟いた。スィスの精霊エレメンタルが作り出した“避雷針”の1本、その先端部分につま先立ちになりながら、遥か上空に向けて眼を細める。

 その視線の先、巨人の頭上では、3つの光の塊が激しく舞い踊っていた。アリシアとルイン、そしてチィとかいう異世界の女神だ。巨人から一定の距離を保ちつつ、視界を遮るように飛行している。

 すると巨人が、また反応を示した。まるで耳元に飛来する蠅や蚊に対してそうするように、実に鬱陶しそうに手を振り払ったのだ。

 その瞬間に女神たちは、待ってましたとばかりに急激に動きを変えた。チィが空中で、真っ黒な手を受け止めると、その隙にアリシアとルインが巨人の背後に回り込み、首や背中を切り付ける。巨人は叫び声をあげて振り向きざま腕を振り回すが、隙を見て取ったチィが、今度は頭部に向かって拳骨を振り下ろした。


 ばっこぉぉぉん!!


 人間で言うところの、こめかみにあたる部分をしたたかに打ち付けられ、巨人が姿勢を崩した。止めを刺す絶好の好機であったが……しかし、女神たちはそれ以上の追撃をかけようとはしない。そのまま“貪食”を挑発するように、宙を飛び続ける。


「急ごしらえじゃったが、どうにかなるもんじゃのぉ」

「ええ。きちんと連携コンビネーションをとれています。これならば、天使たちの抜けた穴を埋めることができそうですわ」

「あー……姐さんよ。一応奴らは、俺の同輩ってことになっとるから。そういう棘のある言い方は、止めて貰えんかなぁ」


 言いながらジーグは、ぐるりと視線を下方に向けた。足元では、戦闘服を着込んだタム達が、せっせと爆薬の設置作業をしているところだった。“貪食”をこの屠殺場キリング・フィールドに留めておくための、結界の一種だ。

 ジーグの部隊は、“貪食”とアラインの城を結ぶ対角線上に配置されている。つまり、あの桃色髪の娘を狙って、“貪食”が進行すると予測されているルートだ。そこにしこたま地雷をばらまき、足止めをしようという算段である。


「ジーグ様、そろそろお降りになってください。30秒後に次のポイントへ向けて、移動を開始します」

「ん、おお。スマンな」


 メイド……否、戦闘員であるタムたちの1人から声をかけられ、ジーグはふわりと避雷針から跳び下りた。するとその拍子に、スカートが大きく捲れ上がる。


「ジーグ様! 少しは気を使ってください!」

「あぁ? 別に見とる奴はおらんじゃろ」

「私が見ているんです! 自分の身体が無体に扱われるのは、凄く嫌なんです!」

「無体とは心外じゃなぁ。毎日腹いっぱい食って、たっぷり睡眠をとっとるぞ。健康そのものじゃ」

「体脂肪が急上昇中なんです! それに、色々と処理してないから大変なことになってるんです! いいから早く返してくださいよ、もう!」

「そんな細かいこと、いちいち気にすんなや。面倒臭ぇ」


 ガスマスク越しにくぐもった声で非難してくるメイド様に対し、ジーグはテキトーに手を振って応じた。この局面において、未だにジーグは乗っ取ったタムの分身体を使い続けている。しかも他のタム達とは違い、服装はメイド服のままだ。武器だけは、愛用の大剣を実体化させているが。

 無論、神の1柱であるジーグもまた、先輩方のように自力で現界することは可能だ。だがそれだと、いくらか奇跡を行使するので、戦闘を前に消耗は避けられない。アリシアやルインに比して、神としての経験が浅いジーグには、それは無視できない負担だ。

 一方このメイドの身体は、全盛期の頃のジーグよりも遥かに逞しく、そしてしなやかだ。ただ戦闘をするだけならば、こちらを使わせてもらった方がいい。計画立案者であるスィスも、ジーグのその申し出に対して、了承してくれていた。

 タムと、そして悪友のナインは、最後まで反対していたが。


「まっこと、女ちう生き物は分からんなぁ。毛ぇなんぞ剃っても、また生えてくるもんじゃろうが」

「何てデリカシーのないことを! 肌や髪のお手入れだって必須なんですよ? それを貴方は……」

「おうおう、スマンかったスマンかった。これで最後じゃから、それまで堪忍してくれや」


 しつこく言いつのるタムをあしらうと、ジーグは再び頭上を見上げ、観戦を続行する。

 邪神に対する女神たちの攻撃は、熾烈そのものだった。あの途方もない質量と体格を相手にしながら、逆に圧倒している。身体の大きさがあまりに違い過ぎるのでそうは見えないが、ほとんど袋叩きの有様だった。

 ペンダントを介した通信どころか、念話テレパシーすら使用していないだろうに、女神たちはお互いの動きを完璧に理解し、代わる代わる“貪食”に対する誘引と奇襲を行っている。アラインがこの世界に来訪した際に、不幸な経緯から一戦を交えたことが、逆に幸いした形だろうか。


 その一方的とも言える光景に、タムの1人が感嘆したように言った。

 

「凄い。あの“貪食”が、子ども扱いです」

「ああ。しかし、そろそろ不味そうじゃのぉ」

「どういうことですか?」

「相性が良くねぇのよ、ほれ」


 ジーグが顎で指すと同時に、手酷い打擲を受けていた“貪食”が、やにわにゆらりと姿勢を正した。女神たちが“貪食”に与えた傷が、みるみるうちにくっついていく。

 首から胸にまで達する裂傷が。

 頭部のへこみが。

 千切れた右腕が。

 抉れた肩が。

 まるで動画ムービーを逆再生しているかのように、綺麗に治っていく。女神たちは諦めず、何度も攻撃をしかけるが、結果は同じだ。どれだけ切っても殴っても意味がない。瞬間的な傷を負わせることはできても、すぐに元通りになってしまう。

 しかも、それだけではなかった。



 がっちゅいぃぃぃん!!



 金属同士が衝突したような硬質な音が、戦場キリング・フィールド一帯に響き渡った。同時に、闇の巨人から突撃をかけていた光の1つ、ルインが、凄まじい勢いで弾き飛ばされていく。巨人の後頭部を狙った戦女神の剣劇が、“切り払われた”のだ。


『んなっ!?』

『……あれは……剣?』


 アラインのお嬢さんたち―名前は覚えていない―の驚愕の声が、ペンダント越しに聞こえてきた。

 その指摘の通り、巨人の右手には、長大な刀剣が握られていた。特徴的な“反り”をもった片刃のそれは、間違いなくルインの刀剣と同じ形である。

 同時に、左手の方にも変化が起きた。にょろにょろと棒状のものが生え、その先端部分に平たい半月上の刃が形成されていく。今度は、巨大な戦斧だ。誰のものを真似たかは、もはや考えるまでも無い。


「そんな!?」

「武器という概念を理解したというのですか!?」

「そもそも、模倣できるのは生物だけだったのにっ!?」


 ジーグの周囲のタム達が、一斉に喚き出す。意識を共有している彼女らが、こうしてバラバラになって話し出すということは、余程混乱しているということなのだろう。いつものメイド服とは違う、ヘルメットだのマスクだののごてごてした格好も相まり、滑稽に感じられてしまう。

 堪え切れずに笑いをこぼすと、それを目ざとく見つけたタム達が、一斉に口を尖らせた。今度は一糸乱れぬ動きだ。その落差が、また面白い。


「ジーグ様、いつまでそうして……」

「いやいや、申し訳ない。それよりも、ほれ。これからどうするんじゃね?」

「どうする、とは?」

「さらに不味いことになっとるのよ」

 

 言いながら、背後を指さす。事実、戦況は一変しつつあった。大雑把でしかなかった“貪食”の動きが、急激に洗練されてきているのだ。

 今しも背後から切りつけようとしていたアリシアに対し、巨人が逆袈裟に刀剣を振るってそれを防ぐ。と同時に、正面を飛行するルインとチィを、戦斧でまとめて薙ぎ払おうとする。女神たちは思わぬ逆襲に面喰い、一時的に態勢を崩してしまった。

 

 今度は、“貪食”が攻め手となる番だ。周囲を五月蠅く飛び交うものたち目掛けて、両手の長物を振るう。

 突き。

 唐竹割り。

 叩きつけ。

 その太刀筋は荒く、達人としての域には程遠い。だが、間違いなく“貪食”は、自身が手にした得物の間合いを理解し、威力を発揮できるように使いこなしつつある。


「こ、こんなに早く、学習したと言うのですか?」

「そのようじゃのぉ。天使たちの“雷槍”を真似たのもそうじゃが、まったく信じられん柔軟さじゃよ。今も先輩方の太刀筋を真似ようとしとるようじゃしなぁ」


 その折、またペンダントを介して通信が入った。今度はスィスからだ。


『何を無駄口を叩いている。貴様ら地上班も、戦闘に加わるのだ』

「おや、ええんかい?」


 老人からの指令に、ジーグはは思わず聞き返した。

 この世界の守護者であるジーグは勿論のこと、この場の全員は、それなり以上の実力者ばかりだ。それが寄って集って“貪食”を刺激すれば、またぞろ余計な知恵を与えることになってしまうのではなかろうか。

 しかしスィスは、相も変わらず平坦な声で返してくる。


『構わん。このままでは、チィたちの方がもたんからな』

「じゃがのぉ。このまま戦力の逐次投入なんてしてたら、奴はどんどん強く賢くなってくぞ」

『それこそ“予定通り”であろう。それとも自信がないのか? ならばタムたちだけにやらせるがな』

「安い挑発じゃな、爺さん。この程度の逆境じゃあ、俺はビビらんよ」

『では一等の働きを期待させてもらおう。貴様とて、“むざむざ死なせたくない”であろう』


 そこで、通信が切れた。

 なんとなく、先輩方があの老人に対して抱く感情が理解できたような気がして、ジーグは舌打ちをした。


「ったく、クソ爺め」

「ジーグ様?」

「……聞いての通りじゃ。俺らも戦闘に加わるぞ」


 言いながらジーグは、背負っていた大剣を手に取った。するとそれに倣って、タム達も武装の確認を行う。肩から掛けていた突撃銃を左手で構え、弾倉と薬室を確認。その後、腰の鞘から右手でショートソードを引き抜く。銃弾には、対“貪食”用の特殊な毒薬が。剣には強力な呪術が込められているというが、あの化け物に効果があるかは甚だ疑問だ。


「無理はすんなよ、お嬢さん方。あくまでも、俺の援護をしてくれればええ」

「心配は無用です。私の強みは、たくさんいることですから」


 戦闘服のタム達が、そう言って気丈に笑う。ゴーグルの向こう側の目には強い力が籠っているが、その奥にははっきりとした恐怖が浮かんでいる。

 

―爺に言われたからじゃぁねぇけど、これは一等働かねぇとな 


 ジーグが、そう意識を固めたときだった。タムの1人が、おずおずと声をかけてくる。


「あのぅ、ジーグ様」

「なんじゃね? ああ、愛の告白なら断っとくぞ、縁起でもないからな。それに俺は、これでも妻帯者じゃ。残念ながら、お前さんの気持ちには……」

「いえ、それはあり得ません。例え天地がひっくり返っても、“貪食”に愛の心が芽生えるなどという事態になっても、絶対に」

「あ、そうですか」


 緊張をほぐしてやろうと冗談を放ったというのに、かなり辛辣な返答を喰らってしまい、ジーグは少しだけへこんでしまった。するとタムは、咳ばらいをしてから、改めて言った。


「“お気遣い”、ありがとうございます」

「んむ……」


 ジーグは照れ隠しをするように、視線を逸らした。


―やはり、意識が繋がっとるから隠し事はできんのぉ


 タムの身体が扱いやすいというのは事実だが、ジーグがアリシアやルインを差し置いて現世に受肉し続けるのには、別の理由があった。

 それは単に、このメイドを死なせないためである。


 この身体を乗っ取り、彼女の記憶を読み取ることで分かったことだが、タムの不死性とは、常に無数の分身体が存在しているという点にある。つまり分身体のストックが尽きれば、彼女は文字通りに死ぬのだ。

 この闘いにおいては、スィスの指示により、アラインの全戦力が投入されている。それは計画の立案者であるスィス自身と、そして団長であるノーリも含まれていた。当然、忠実なるメイドであるタムもだ。

 現在この戦場に出張ってきているタムたちは、総勢130名。その全員が“貪食”に喰われれば、それで彼女の存在は消える。死だ。そしてタムたちは、アラインに仕えるというその立場と責任感から、その危険性を受け入れている。

 

 ならばジーグが。つまり彼女の分身体の1体でも生き残ることができれば、彼女が死ぬことはない。

 

「神である貴方が、人である私を護ろうだなんて。それは、少しおかしいのではないですか?」

「構うもんかよ。俺ぁ、もともと人間だったんじゃ。ちぃとばかし贔屓をしたって、ばちは当たらんよ」

「それは……だって、ばちを当てるのは貴方の仕事でしょう」


 修羅場にありながら、タム達はころころと笑った。 

―なんと! するとお前も、邪神と闘おうというのか!?

―応よぉ! 儂ぁ、これでも腕っぷしに自信があってなぁ!

―うわっ、酒臭い! コンフュシャス様、こやつはただの酔っぱらいでは……

―ううむ。しかしこの男からは、確かに何か不可思議な生命力を感じ取れる

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