閑話・団員ナンバー1
―新しい世界に到着すると同時に、俺は新しい団員に出会った。
―…とは言っても、向こうの方が古参だった訳だがな
『術式の発動を確認。転移を完了しました』
頭上から響いてくるピャーチの声に眼を開くと、すでに光は跡形もなく消え去っていた。
後には破壊された会議室に立ち尽くすナインと、壁に寄り掛かって健やかな寝息を立てるメイド様。そして、団を窮地から救った団長のノーリが残るのみである。
周囲に意識を集中しながら、ナインはすぐ隣で膝をついているノーリに問いかけた。
「……もう、終わったのか?」
「ええ。どうやら、滞りなく」
ノーリがため息をつきながら、額の汗を拭った。その拍子に癖のある桃色の髪が揺れ、上気した肌がちらりと見える。
大仕事に打ち込んだことからの興奮か、はたまた別の理由によるものか。少々気になるところではあったが、目下のところ優先的に確認すべき事項は他にある。
「ならここは、また新しい世界なのか」
ナインは、先ごろの触手の襲撃によって破壊された窓へと近づいた。そして、外の景色を観察する。
城を取り囲んでいた触手も、闇の巨人の姿も、もうそこには影も形もない。代りに見えるのは、荒涼とした岩肌だ。大小さまざまな岩石が散らばる空間に、団の城が着地している。真正面には大きな下り坂があり、その遥か下方には、光の瞬きが見えた。
―こりゃぁ、丘やら山やらの高地に来たみたいだな
耳の奥に生じているこの違和感は、気圧の低下によるものだ。してみると麓の光は、街並みかなにかだろうか。
ナインが身を乗り出すようにして辺りを見回していると、後ろからノーリの声がかかった。
「貴方にとっては新しい世界と言えますが、私にとっては訪れたことのある世界です」
「どういうことだよ?」
「この世界は、私が“世界渡り”を覚えて間もない頃に来た世界なんです。今回の様な緊急時に逃げ込めるようにと、記憶してあったんです」
「なんだって、来たことのある世界にまた“渡った”んだ? 別の世界じゃダメなのか?」
「同位体1号との戦闘で、団員も城も酷く消耗しましたから。態勢を整えるには、確実に安全だと分かっている場所の方がいいでしょう?」
「……成程、その通りだな」
ナインは得心がいったように頷くと、窓から離れた。
撤退戦で疲労困憊しているなか、まったく土地勘のない場所で休息をとるというのは、面白くない話だ。もし可能ならば、追撃や不測の事態に怯える必要のない場所、基地や安全区域に逃げ込むのが正解であろう。
ましてノーリの“世界渡り”は、土地勘どころか完全に未知の世界に移動してしまうのだ。風習はもとより物理法則すら異なることだってあるだろうし、そうなれば更なる危険に巻き込まれる可能性は高くなる。
“渡った”直後にまた現地の住人に襲撃されたり、擬態した化け物に喰われかけたりしたら、笑うに笑えない。
「お疲れ様ぁ~!」
そんなことを考えていると、会議室の大扉が開け放たれた。黒い羽を広げたフィーアを先頭に、トリーとセーミ、ドスとスィスが、どやどやと入ってくる。いずれも外で同位体と死闘を繰り広げていたためか、全身が傷や火傷に塗れ、衣服も所々が焼け落ちている。酷い有様だったが、無事ではあるようだった。
「おう、ナイン! なかなか良い闘いぶりじゃったのぉ!」
恐らく今日一番の働きをしたと思われるドスが、ナインを見るなり豪快に笑いながら言った。ナインが触手どもと繰り広げた死闘についてを評価してくれているのだろう。
それは嬉しいのだが、しかし不思議なことにこの巨漢、素っ裸ではない。いつもと同じような、襤褸切れをまとっているではないか。
恐らくここに来る前に新しいものを引っ張り出してきたのだろうが、見るに堪えないという点は同じなので、全裸よりは辛うじてマシという程度でしかなかった。
―ひょっとしてこのオッサン、この服しかもってねぇのかな?
そんなことをちらりと考えながら、ナインもドスの健闘を称える。
「オッサンの方も、かなり大変だったみたいだな。ゲルムの軍勢をひとひねりしちまったのには驚いたが、あの化け物が相手じゃぁな」
「オッサン言うな! ……まぁな、あそこで“チィ”の奴が来てくれんかったら、今頃全員が“貪食”の腹の中に納まっておったじゃろうの」
「その、“チィ”ってのは?」
そうナインが訊ねると、今度は巨漢に続いて最後に入室してきた老人がくたびれたように言った。
「貴様も見ただろう。あの悍ましい化け物を、真正面から叩き伏せた娘を」
「ああ、アイツか。そう言えばアイツは、一体何者なんだ? 凄い闘いっぷりだったが、何でああも……」
言いかけてナインは、ちらりとノーリを見た。するとその意図を察したように、ノーリが大きく頷く。
「彼女こそ、この団における最高戦力。そして一人目(ナンバー1)の団員である、私の守護女神様なんです」
そう言ってノーリは鼻息も荒く腕を組むと、偉そうにふんぞり返った。
「だから、なんでお前がドヤ顔なんだよ。って、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくてだな……」
思わず歩み寄り、その頬をつねってやろうと考えた、その時だった。
ぼごんっ!
会議室のほぼ中心。丁度ノーリが立っている場所のすぐ背後の床が砕け、何かが飛び出してきたのだ。
「ノーーーーーリィーーーーー!!」
何の前触れなく現れたそれは、叫び声を上げながらノーリへと覆いかぶさった。当然ノーリは抵抗もできず、即座に床へ組み伏せられてしまう。
「なっ!?」
ナインが仰天し、反射的に懐にしまっておいた熱線拳銃に手をかけようとした。しかしそこで横から腕を押さえつけられ、止められてしまう。
「……大丈夫」
そう言ってナインを見上げるのは、トリーだった。またぞろいつかのように、気付かぬうちに接近されていたらしい。
泥に汚れた鎖帷子をまとう少女が、そっとノーリの方を指さした。そちらを見ると……
「チィの大事な大事なノーリ! 今まで寂しい思いをさせてごめんなさいね!」
「い、いいんですよ、チィ。無事に復活できたようで、何よりです」
「でもでも! チィが居なかったせいで“ぶよぶよ”に食べられかけたんでしょ? ああ、なんて可哀相なノーリ!」
「大丈夫ですよ。ここぞというところで、貴女が間に合ってくれましたから」
「ああ、なんて優しい娘なのかしら! チィはノーリが大好きよ!」
闖入者が、尻もちをついたノーリへと絡みつくようにして抱き着いていた。両腕を背中に回し、周囲の視線を憚ることなく、恥ずかしい台詞を口走っている。まるで恋人たちが愛を囁き合っているかのようだ。
「…ね?」
「へぇへぇ、そのようで」
一気に緊張がほぐれ、それどころか気が滅入る勢いで消沈していくのを自覚しながら、ナインは懐から手を離した。
―しかし、コイツぁ…?
ナインは改めて、闖入者を観察した。
円錐形の帽子にマント、シャツにズボン。それに、癖のある髪形。間違いなく、あの同位体を押し返した少女だ。こうして近くで見るとただの人間のようだが、しかしその容姿には大いに問題がある。
装い。
体格。
顔つき。
すべてが同じだ。
今しもノーリと抱き合っているこの少女は、まるでノーリと鏡写しであるかのように瓜二つ。唯一の違いは、色だ。少女には一切の色が無く、真っ白なのだ。
「コイツがその、“チィ”ってやつなのか?」
「左様。団長が初めて“世界渡り”を成功させた際に訪れた先で出会った……創造主だ」
「創造主……そりゃ、つまり何か? あの小娘は」
「如何にも。神と呼称される存在だ。まあ今は女神だがな」
穴だらけになったスーツを忌々し気に眺めながら、スィスが答えた。さも当然といった語り口だが、しかし言っていることはとんでもない事実である。
創造主。
女神。
つまりノーリが口にしていた守護女神というのは、比喩では無くそのままの意味だった訳だ。
であれば、あの悍ましい化け物を昏倒せしめる程の闘いぶりにも納得できる。世界を丸ごと飲み込めるような存在に対抗できるとすれば、世界を創造するだけの力を有する者しかありえない。
あの時のノーリの確信めいた笑顔も、当然であろう。
しかし、違和感がぬぐえない。
すでに魔法だ何だと常識をことごとく打ち破るものを眼にしてきたこの期に及び、神の存在を否定するような気は微塵も無い。だが、どうにも今一つ腹に落ちないのだ。
かつてスラムで暮らしているときに手に入れた書籍には、神に関する記載が幾つもあった。そこから得た知識と、現在ノーリお嬢様とじゃれ合っておられる女神様を比較するに、さて問題はないのだろうか?
―神様ってのは、なんつーかもっと、こう……
そうやって、ナインがモヤモヤとした感情を抱いていると。
「ん……?」
ふと、チィと呼ばれた少女。もとい女神様が、訝し気な表情になった。何かに気が付いたようにノーリをじっと見つめる。
「どうしました、チィ?」
「……なんか、変な匂いがついてる」
「ああ、それは“貪食”に襲われたから」
「違う。なんかこう、すっごくカンに障るような……」
少女はゆっくりとノーリから離れると、ふんふんと鼻をヒクつかせながら会議室内をぐるりと見回した。団員たちの顔を順に眺め、最後にその視線がナインのところでピタリと止まる。
「……」
「な、何だよ」
急に険しい眼つきで睨みつけられ、ナインは思わず後ずさった。少女はそれに追い打ちをかけるように、一歩を踏み出してくる。
「……お前、何?」
「何っ……て、言われてもな。俺は、新参の……」
「お前が誰かなんて聞いてない。チィのノーリに勝手に近づいて、どういうつもりかって聞いてるの」
「なっ」
瞬間、会議室の温度が低下したのが分かった。団員らが一斉に、『ああやっぱりこうなるか……』とでも言いたげな表情をつくり、目配せをし合う。
「い、いきなりなんだってんだよ」
初見の相手、しかも見た目は少女な女神というややこしい存在からいちゃもんをつけられる形となったナインは、困惑しながら少女の背後に立つノーリを盗み見た。しかしこの意味不明な諍いを止めるべき立場にある団長様は、処置なしとばかりにこめかみを抑えるばかりである。
さてどう対応するべきかと思案するナインに対し、ノーリの色違い娘がとどめとばかりに言い放つ。
「ノーリを護るのはチィの役目。お前なんかいらないから、とっとと失せろ」
「……あぁん!?」
流石にこの物言いにカチンときたナインは、不満たっぷりに声を荒げた。そして、違和感の正体に気づく。
これだ。このチィとかいう小娘は、神という超常的な存在でありながら、まったくもって“それらしく”ない。口調や態度に見た目も相まり、ナインがイメージするところの神という偉大さとは程遠い存在だ。言い換えれば、酷く俗っぽいのだ。
どれだけ強い力をもっているのかは知らないが、これでは悪餓鬼も良いところではないか。
「お言葉ですがねぇ。これでも俺は、きっちりとノーリを護ってやってたんだぜ? それこそ身を挺してな」
「お前が? ハッ! 笑わせるな、このひ弱人間め。お前なんか、肉の壁にだってなるもんか」
ビキッ
ナインの額に青筋が走った。頭に血が上り、冷静な部分が散り散りになって吹き飛んでいく。
ナインは眼を細めると、スラムのチンピラがよくやるように顎をしゃくり上げ、ゆらゆらと身体をゆすりながら少女へと詰め寄って行った。
ノーリを含めた他の団員たちが戦々恐々と見つめる中、ナインとチィは会議室のど真ん中で対峙した。お互いがお互いを睨みつけ、今にも掴みかからん勢いで唸り声を上げる。
先の戦闘を見れば、結果は明らかだ。まったく神様らしくはないにしても、ほぼ一般人と変わらないナインが、女神に比肩しうるはずもない。食って掛かるなど、愚かの極みだろう。
だが、しかし。
―女神様だろうがなんだろうが、知るかよ!
ここで引き下がっては、恐らく今後もこの小娘は、何かとナインを否定しにかかってくるだろう。折角手に入れた新しい人生だというのに、そんなのは真っ平御免だ。
例え相手が団員ナンバー1だとしても、新参の自分がヘイコラしなければならない道理などない。組織内におけるヒエラルキーが戦闘能力のみで決定されるなど、前時代的どころか獣の集団と変わらないのだ。
重要なのは、団に対する貢献度だ。巨人を叩きのめすというのは実に派手なパフォーマンスだったが、その点で見ればナインとてこの小娘には負けてはいない。
むしろ、このチィがいない間ずっとノーリを命懸けで護り通したという実績を評価するべきではないのか。
「チョーシこくんじゃねぇぞ、このガキャぁ!?」
「なんだぁ、このザコ助ッ!」
ナインとチィが、鼻先がぶつかりそうなくらいに顔を近づけ、噛み付かんばかりに歯をむき出す。
「あーあーあー……」
「どうすんじゃ、これ」
「知るか。好きにさせておけ」
「あわわわ…どうしましょう、どうすればいいんですの?」
「子どもが2人……」
止めることもできず、団員は遠巻きに成り行きを見つめるばかり。
いよいよ一触即発。
という正にその時だった。
「えっ!?」
またも少女が何かに気が付いたように、はっとした表情になった。ナインを見下し、侮蔑していたその眼つきが、穢れない済んだそれへと移り変わる。
そのあまりにも無垢な変わり様に、ナインは思わず鼻白んだ。
「おい、何だよ……?」
「なに? 何か近づいてくる!」
少女の顔から段々と余裕が失せていくのを見て取り、声をかけようとすると。
頭上から、ずっと沈黙を守っていたピャーチのアナウンスが響いた。
『警告! 警告! 高エネルギー体が接近中! 同位体が、一気に3体です!!』
その言葉に、団員たちの顔が凍り付いた。
―ま、とにかく最悪のファースト・コンタクトだったんだが……
―“もう1つ”の方に比べりゃ、なんぼかマシだったかもな




