環状の世界・23
原因は、いったい何か?
円卓の上に頬杖を突き、膝をゆすりながら、ナインは思考し続けていた。
鍛え抜かれたベテラン兵が、あの土壇場で使い慣れた武装の扱いを誤るなど、普通に考えればありえない。全体、訓練とはそのような事態を引き起こさない為にも行われているものだし、あのゲルム兵たちからは、そうやって身に着けた技能に対する信頼じみたものを感じ取れた。
彼らは、間違いなくプロフェッショナルだ。あんなポカをやらかすようなタマではない。
しかし同時に、どんな時でも不慮の事故というのは起こり得るものである。
ナイン自身が提言した不自然な点ではあるが、偶然あのときに、遺物の熱線銃の内部機構に、重大な故障が発生したと言えなくもないのだ。
偶然あの場に持ち込まれた熱線銃が、偶然動作不良を引き起こし、それによって偶然放たれた熱線が、偶然にもタムの心臓を捉えた。
可能性としては、まったくのゼロではない。
しかし限りなくゼロに近い、可能性と称するにはか細い出来事だ。
果たしてそんな“都合の良い”事故が、あんな場面で起こり得るものなのだろうか。
「もうお止めなさい、ナイン。すきっ腹で考え事をしても、大した成果は得られませんよ」
イライラと貧乏ゆすりをするナインの隣で、ノーリが窘めるように言った。
「まだまだ判断材料が少ないのです。まずは朝食を済ませてからでいいじゃないですか。せっかく“離乳食”を卒業するんですし」
「……いいや。俺の考えがまとまらない理由は、別にある」
「何です?」
「そこの小うるさい義体が邪魔するせいだ」
ナインがしかめっ面で、部屋の入り口を指す。そこには、数週間ぶりに顔を合わせた、ピャーチがいた。この機械仕掛けの少年が、ナインの思考を阻害しているのだ。
「はて、僕は邪魔などしていませんが」
チキチキと異音を響かせながら、ピャーチが作り物の表情に笑みを浮かべる。
彼は10分前にこの会議室に入ってきたが、その言葉の通り、能動的にナインの邪魔をしている訳では無い。だが、迷惑なのには変わりがなかった。
ナインは舌打ちをしながら言う。
「いいや邪魔だね、目障りだ。失せろ」
「心外ですね。僕は君に触れてもいなければ、声もかけていないというのに」
ピャーチのその言葉の通り、彼はこの部屋に入ってからずっと、入口を動いていなかった。
否、“動いていない”というのには、やや語弊がある。
「動きがうるせーんだよ、動きが! ぐるぐるぐるぐる回りやがって、何のつもりだ!?」
我慢しきれなくなったナインが、円卓に拳を振り下ろした。
そう。城の管理人を自称するピャーチは、何を思ったのか、部屋の入り口でずっと回転していたのだ。右足の爪先を軸にしながら、まるで独楽の様に。
全身が機械仕掛けの義体のくせに、よくもこんなに器用な動きができるものだと感心したくなるが、視界の端でそんなことをされては、嫌でも注意を引かれてしまう。
「無駄ですよ、ナイン」
苛立ちを募らせるナインに対し、ノーリが生暖かい眼をしながら言った。
「これはピャーチにとって。必要な行為なんです」
「何で!? どうしてこんな踊りが必要なんだ!?」
「情操教育の一環なんです。初めて見ると不思議でしょうが、我慢してやってください」
「情操ぉ……?」
ナインが、胡散臭い眼つきで問い返す。
すると、今度はピャーチが、回転しながら答えた。
「人工知能である僕には、感情という“機能”が備わっていません。ですから、僕の現状を人間に置き換えた場合のエモーションを、僕なりに推測してシミュレートしているんです。ちなみにこれは、“喜び”です」
「喜びって……」
不思議な踊りを見つめながら、ナインは絶句していた。
感情を表現するのに身体動作を用いるのは、よくある手段だ。しかしこれは、幼稚に過ぎるのではなかろうか。他にもっと適切な、それこそ言葉という便利なメディアがあるではないか。いっそ、笑顔を作るだけでも十分である。
あまりにオーバーな所作は、周囲の共感を得るどころか、返って逆効果である。
「我々がそうであるように、ピャーチも日々学んでいる。あとどれくらいかかるかは分からんが、いずれは人間と遜色のない感情の理解が可能となるだろう」
「こやつにとって、ここまで大袈裟に“喜べる”成果が得られたんじゃろ。大目に見てやれ」
ナインの疑念を読み取ったのか、やはり生暖かい眼つきでピャーチを見つめながら、スィスとドスの年寄り2人が言う。
孫の成長を見守る爺とはこんなものなのだろうか、とナインは思った。
「なら、いったい何に喜んでるんだよ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
ナインが問いかけると、途端にピャーチは、回転のピッチを上げた。ぎゅるぎゅると凄まじい速度を出しながら、それでもバランスを崩さない。見ているナインの方が、眼を回しそうだった。
「帝国が聖域と称するこの森。その本質が、ようやく解明されそうなのです」
「へぇ!」
ナインは思わず声を上げた。他の団員たちも、興味深げな顔つきになる。
帝国との最悪な関係を決定付ける原因となった、この聖域の森。その正体が、遂に明らかになるというのか。
一同が耳を傾ける中、ピャーチはさも“喜ばしい”とばかりの口調で言った。
「以前にもお話した通り、この環状の世界は、非常に繊細なバランスの上になりたっています。そのため当初から僕は、“管理人”の存在を予測していました」
「管理人? それはつまり……」
「イエス、人工知能です。この規模の世界を管理するとなれば、僕よりもかなり優れた性能を有しているでしょう」
そう言ってピャーチは、回転を止めた。そして今度は両手を組み、祈る様に天井を見上げる。
「そしてつい30分前、その人工知能が収められている可能性のある施設を、タムの1人が発見したのです!」
その言葉と共に、円卓上に三次元映像が浮かび上がった。
周囲の地面から盛り上がった、ちょっとした丘の映像だ。中腹あたりが掘り起こされて穴が開いており、その奥に金属製の扉のようなものが見える。土砂や草木に埋もれ、もはや原型すらはっきりとは分からないが、確かに何かの施設のようだ。
「この森が神聖視される理由について、何か過去の文明由来のものが隠されているのではないかとあたりをつけていたのですが、ドンピシャでした! 内部には電子頭脳と思しき装置の一部が格納されていましたので、これから接続を試みるところなのです!」
再び映像が切り替わる。
今度は、薄暗く広い空間の中に、何十本もの黒い筒が屹立している様子だった。それらは暗闇の中でチカチカと明滅しており、未だに機能を保っていることを示している。
―どうやら、とんでもないお宝を掘り当てたようだな
先ほどまでの苛立ちを完全に消し去り、ナインは映像に見入っていた。
仮にこれらが本当に電子頭脳だとするならば、それは間違いなく古代の文明の産物だ。
そこから情報をサルベージすることができれば、この世界の成り立ちや、この世界を創造したであろう超文明が滅んだ理由に、たどり着ける可能性がある。
もしもこれがナインの立場だったならば、小躍りしたくなるのも無理はない。確かに、この団にとっては、喜ばしい成果と言えるだろう。
素直に称賛してやる気にはなれなかったが。
「ああ、それともう1つ。報告しなければならないことがありました」
そんなことを考えていると、ピャーチが、今思い出したと言わんばかりに手を打った。
実にわざとらしい、大袈裟な所作。これもまた、彼なりの感情の表現なのかもしれない。
だがナインはもう、言葉を挟むことはしなかった。義体少年の次の報告を、静かに待つ。
するとピャーチは、表情を一変させた。
チキチキと音を立てながら眉根を寄せ、なんと哀し気な表情を“作った”のだ。
「どうやらゲルム帝国が、戦争準備に入ったようです。首都フィエルにて、大規模な軍事パレードがとり行われているのを確認。それに呼応するように、大陸各地からこの城に向けて、複数の軍団が移動を開始しています」
しばしの沈黙の後、やにわにナインとノーリが席を蹴立てて立ち上がった。
『そっちを先に言え(言ってください)!!』
早朝の大通りに、大勢の人々が集っていた。
男も女も、老いも若きも、住人も旅人も。
動ける者はすべて、建物の外へとくり出している。そうでない者も、窓辺に齧りついていた。
大陸の物流の要たる首都フィエル。その種々の商店が軒を連ねる道なればさもありなんだが、本日のこれは明らかにいつもと様子が違っている。
何せ店開きがされているというのに、まるで商いが行われていない。店番も、買い物客も、そのすべてが本来の目的を放り出し、押し合いへし合いをしながら、通りの中心に目を向けているのだ。
その視線の先を、長い長い行列が進んでいた。
一切の曇りもないかのように磨き上げられた鎧に、寸分も狂わぬ間隔で掲げられた槍の数々。それらを身に纏う逞しい男たちは、前方をきりりと見つめながら、完璧な歩調で進んでいく。
それだけではない。
整然とした隊列に混じって、“馬無し馬車”や“浮遊大筒”まで見えるではないか。かつてこの“巡る世界”を支配していたとされる、偉大なる古の者たち。彼らが存在していた証明たる絡繰り仕掛けの遺産までもが、こうして衆目にさらされているのだ。
恐ろしい規模の、大行進である。
かつての帝位をめぐる闘いの際ですら、これほどの兵が動員されてはいなかった。過去の歴代のそれでも、同じだろう。
ならば此度のこれは、何を目的としているのか。まるでフィエルのすべての兵が並び歩いているかのようなこれは、何を目指しているというのか。
それは、自明なことだった。
「戦だ! 戦だぞ!」
群衆の中で、誰かが叫んだ。
するとそれを聞いた者が、同じように「戦だ!」と叫ぶ。
その歓喜の声は、まるで水面に起こった波紋のように、一気に周囲へと広がっていった。
戦だ!
実に久しい、戦だ!
それを口にした人々は、喜びに身体を震わせた。
並み居る少数の部族を退け、数百年をかけてこの大陸を併呑したゲルムの民は、生粋の戦闘民族だ。今でこそ安寧な生活を享受しているが、心の奥底では確かに闘いを求めている。
だからゲルムの人々は、熱狂するのだ。
随分と長い期間忘れられていたが、命懸けの闘争に身を焦がすということは本来、彼らにとっての生きる意味なのだから。
ふと群衆の1人が、遠くから響いてくる歓声に気が付いた。わずかに耳に届くばかりのそれは、やがてどんどん大きくなっていく。ゆっくりと確実に、近づいてきているのだ。
他の者たちも、徐々に気が付いていった。どうやらこの行列が進むのと同時に、その元が近づいてくるらしい。
「あっ!」
「まさかっ!?」
騒ぎの渦中に入り込むと同時に、その正体が明らかになり、人々は驚愕した。
それは、一際屈強な兵たちが担ぐ神輿の上に、悠然と腰掛けている青年だった。
立派な体躯でありながら、どことなく幼さを残した顔立ち。
群衆に向かって手を振りながら微笑むその表情は、慈悲深い性格をそのまま写しだしている。
その反面、薄衣の隙間から見える二の腕や胸筋などは、鎧などよりも余程固そうだ。
そして何より、天頂の太陽を模った冠。
偉大なる若き大帝、その人であった。
「親征である! 親征である! 大帝様は、聖域を穢せし不埒者を討伐せんと、発たれたのだ!」
青年の隣に立つ痩躯の老人が、騒ぎに負けじと必死に声を張り上げていた。恐らく、大臣か何かの高官なのだろう。
その御布令によって裏付けを得た群衆は、さらに狂ったように叫んだ。
ゲルム!
ゲルム!
ゲルム!
その場のすべての人間が、大帝の出陣に感激し、天頂の太陽が下した好機に感謝した。
今のゲルムの民にとっては、原因も、結果も、さして重要な要素ではない。
聖域を穢されたことも、不埒者の正体も、実に些末なことだった。
彼らが望んでいるのは、ただ闘争だけ。
闘うことだけが、彼らの思考の中心に据えられていた。
まるで何者かに、そう仕向けられているかのように。




