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環状の世界・17


「あららら、完っ全に囲まれちゃってるわねぇ」

「ナイン……すっごく怖そう……ビビってる」

「『俺が姐さんを守る!』なんて言ってた癖に、格好悪いですわ」


 照明の落ちた会議室の円卓。その自席につく団員達の数名が、喧しく騒いでいた。手に手にジュースだの菓子だのを持ち、中空に投影された三次元映像を楽し気に観賞している。

 その映像の中では、ゲルムの大帝が住まうという城の正門で、今しも門兵らに取り囲まれる2人の男女の姿があった。お役御免となった捕虜たちと言伝を携えフィエルへと赴いた、ナインとタムである。

 

「彼らが持っているのは近接武器ばっかりぃ。魔法を使ってる気配もないわねぇ」

「タム1人で……十分だった……足手まとい……」

「そんなこと言うもんじゃないわよぉ。男の子の強がりを受け入れてあげる度量ってのも、女の魅力の1つなんだからぁ」

「でも、これじゃあ守られるのはナインの方ですわ。情けないったらありゃしない」


 トリー、フィーア、セーミの女性3人が、ペンダントを介した中継を眺めながらあれこれと分析を行う。しかしそのほとんどは前回の会議で結論が出ていた内容ばかりであり、残りはナインに対する益体の無い野次であった。


 彼女らの言う通り、ゲルム帝国の中でも最も強大な軍事力を備えている筈の帝城にあって、その兵員らの実力も装備もお粗末そのものだった。仮に帝国の兵が強硬な手段に訴えてきても、タムならば余裕をもってその場を制圧、もしくは脱出をして来れるだろう。

 それ以前にタムには、持ち前の気質から敵意を抱かれにくいという長所がある。いつも温かい笑顔を浮かべているし、物腰も柔らかく人当たりが良い。交渉事の得意なスィスとはまた違った意味で、妥当な人選だったと言えよう。


 しかしそれは、『自分が行きたかった』などと密かに考えている団員らにとって面白くないことであった。任務にかこつけてフィエルの街を観光したかったというのに、『不測の事態に備えよ』という団長の厳命により、城を離れられないのだ。

 ゆえに彼女らは、この二度目セカンド接触コンタクトの最中に暇を持て余すよりはと、いっそそれを肴に騒ぐことにしたのである。“特別に”お供を許されたナインへやっかみを抱くのも、仕方の無いことだった。


 そんな事情から半ば劇場シアターと化した会議室であるが、違った理由で燻っている団員もいた。女性陣から少し離れた席で卓上に両足を投げ出し、仏頂面をしているドスである。


「ふん。あの程度の奴らでは、やはり儂が出る幕ではないな」


 忌々し気にそう言うと、ドスは左手の硝子瓶から徳利へ琥珀色の液体を注いだ。そして覚束ない手つきでそれを掴む。すでに大分酔っているらしく、中身がびちゃびちゃと零れた。

 すると、そのすぐ隣の席に座っていたスィスが声をかけてきた。


「いい加減に機嫌を直せ、子どもでもあるまいし」

「そうは言うがな。此度のノーリの決定は温いぞ、温すぎる。帝国には、立場というもんを分からせてやるべきじゃ」

「では戦乱を望むか? 貴様が直々に帝城まで赴き、大帝を討ち取るべきだったか? それとも、あの平和な街を舞台に衛兵らと大立ち回りを演じたかったか?」

「抜かせ。儂はお前と違って、闘争を望まぬ者らを巻き込もうとは思わん」


 そう言ってドスは、一気に徳利の中身を呷った。呑兵衛の彼がこんな飲み方をするのは、決まって機嫌が悪い時である。

 ドスにとって、武人としての矜持を満たせない現状は、確かに不満だった。ただそうであっても、世界に対して喧嘩を吹っ掛ける程に愚かではない。彼にフラストレーションを蓄積させるのは、別の要因である。


 やけ酒をカッ喰らいながら、「それに」とドスが続ける。


「儂が気に入らんのは、“大帝に対して謝意を示す”ということじゃ!」


 怒鳴りながら、カンッ、と叩きつけるようにして徳利を置く。ドスがもっとも腹に据えかねているのは、その一点だった。

 帝国にとっての聖域に踏み込んだこと、そして襲撃者たちを捕えたことを陳謝し、許しを請う。一方的に攻撃を仕掛けて来た相手に対して、へりくだるような行為だ。自他ともに認める武人であるドスにとっては、沽券にかかわる事態だった。


「ガツンと言ってやらねば駄目じゃ。舐められるぞ」

「しかし、必要以上に高圧的な態度をとって前面衝突に発展するのも不味かろう? 我とて愉快ではないが、団長の命だ。それに……」


 スィスが卓上に置いてあったショットグラスを手に取った。ドスのものと同じ、琥珀色の液体が入ったそれを傾け、口に含む。ドスが隣で見つめる中、じっくり時間をかけて味わってから、ようやく口を開いた。


「心ならずとも貴様が従ったのは、それが“正道”だと分かっているからであろう?」


 空のショットグラスを片手に、スィスが皮肉っぽく笑う。

 ドスは鼻を鳴らしながら、沈黙をもって同意した。


 今回のノーリの提案には、ドスを始め複数の団員が反発をしていた。それでも最終的に全員がそれを飲んだのは、ノーリのもつ規範意識、あるいは人間性などと呼ばれるものを信じているからである。

 アラインの中でも若輩な彼女が団長の座に納まっているのは、何も“世界渡り”の力があってのことばかりではない。彼女のそれが、アラインにとっての支柱だからだ。


「まあ、もし仮に帝国が増長して城を明け渡すよう要求してきたら、存分に力を振るえばよい。その時は、団長も止めんだろう」

「あのような弱兵など、何千人集ってきたところで退屈凌ぎにもならんわ。……ま、予想していたことではあるがな」

「うむ。この中継を見るに、今のところイレギュラーな要素は確認できん。唯一気になるのは、帝城、あるいは居城と呼ばれているあの建物だが……」


 そう言ってスィスが、投影されている映像へと視線を移した。タムとナイン、それを囲む大勢の兵たち。その向こうには、天頂部分が切り取られたピラミッドの様な建築物が見える。少し距離があるためにぼやけているが、汚れや傷から見てかなりの年代物だ。


「何じゃ? アレがどうかしたのか」

「映像を介してでははっきりとしたことは言えんが、あれはフィエルの石造りの街並みとは趣が異なるように思える。ひょっとすると、この環状の世界を創造した者どもの置き土産かも知れん」

「成程のう。すると、あるのではないか?」

「ふむ、と言うと?」


 今度はスィスがドスへと問いかけながら、空のショットグラスを突き出してきた。

 それを見たドスは、舌打ちを1つしてから硝子瓶を差し向ける。2つ前の世界で手に入れた秘蔵のウィスキーなのだが、今日は珍しく友人に振る舞っているのだ。他の団員らからの相伴の打診をことごとく切り捨てていたのだが、さる理由から悪友の要求を断れないのである。


 硝子瓶が大分軽くなったのに顔をしかめながら、ドスが答える。

 

「イレギュラー、というやつがじゃ。ナインはまだ、あの中を調べておらんのじゃろ? だとすれば、藪をつついて……」

「よせ」


 突如老人が、グラスを引き寄せながら巨漢を遮った。そして円卓の一画、丁度対面のあたりを指す。

 ドスがそちらに視線を移すと。


「むーん?」


 投影されている三次元映像を挟んで、円卓の向こう側に座る少女。団長のノーリと、ばっちり目が合ってしまった。

 桃色の癖毛を逆立て、こちらを見つめる目は据わっている。渋面をつくり、組んだ手を卓上で小刻みに揺すっているのは、強い苛立ちと不安によるものか。


「ひえっ」


 少女の身体から立ち上る異様な“気”を感じ取ったドスは、今しがたまでの不機嫌さをすっかりかき消され、珍妙なうめき声を上げた。そして行儀の悪い格好のまま身体を強張らせる。


「イレギュラーが、なんですと?」

「い、いや。別に何も……」


 胡乱気なノーリの視線を受け、ドスは冷や汗をかきながら顔を逸らした。両足を床に下ろし、徳利と硝子瓶を卓上において、大きな身体を縮こまらせる。酒精で赤らんだ顔から、血の気が失せていった。

 会議室内の空気が、一気に冷却されていくのが分かった。それを鋭敏に感じ取ったのか、騒いでいた3人の女性らも水を打ったように静まり返る。

 

 ノーリが軽く息をついて言った。


「皆、もう少し緊張感をもってください。いい歳してガチャガチャと騒いで、恥ずかしくないんですか?」

「え、いや、その……」

「ご、ごめんなさい」

「すみませんでしたわ……」

 

 つい先ほどまで嫌になるくらいに元気だった3人が、途端にしおらしくなった。

 その様子を、ノーリが三白眼になってねめつける。


「まったくもう。今回の接触は、帝国の内情を見定める試験でもあるのですよ。冷静になってください」 

 

 イライラとした様子で言うと、再び視線を三次元映像へと戻す。言っていることは至極もっともだが、その表情は未だにしかめっ面。床の方からはパタパタと貧乏ゆすりの音が聞こえてくる。冷静さを欠いているのは、明らかにノーリの方だった。


―どうしたもんかのう、これは……


 しょげ返る3人を一瞥しながら、ドスが胸中で独り言ちる。 

 ノーリが焦れている理由についても明らかだ。ナインのことが心配でならないのである。先日、ナインがフィエルから帰還してから少しはマシになったと思ったのだが、今回で振り出しに戻ってしまったようだ。


 するとその時、ドスの隣でがたりと椅子が動く音がした。スィスが立ち上がったのだ。


「ノーリよ、貴様こそいい加減に落ち着け」

「わ……私は、落ち着いていますよ」


 老人の鋭い眼光に気圧されまいと、睨み返すノーリ。しかし強がっているのは明らかだった。

 スィスはそれに構わず、続けて言う。


「ナインのことなら問題ない。タムが付いているのだから」

「なっ」

「いざとなれば、瞬間移動で戻ってこれる。何より緊急時のために我らが全員待機しているのだ。心配のし過ぎであろう」

「でもっ! それこそ予想外イレギュラーなことが起こったらどうするんですか!?」


 ノーリが大声で叫んだ。桃色の髪を逆立て、勢いよく椅子から立ち上がる。誤魔化すのを止めたようだ。

 

「帝国が何か得体の知れない力を隠し持っていて、その為に捕らわれてしまうかも知れません!」

「その危険も織り込み済みの筈であろう? タムを指名したのだからな」

「だってそれは、タムなら大丈夫だから……」

「左様、タムならば問題はない。故に貴様ははじめ、タム1人を行かせようとした。そしてそれ故にあの青年は、自分も付いていくと決意したのだ」

「む……」


 スィスの明快な解説に、ノーリが押し黙る。


 他の団員、例えばドスやトリー、スィスが行っても良かったのだろうが、あの大帝の城は未踏査の区域なのだ。藪を突いて跳び出してくるのがただの羽虫なのか、それとも毒蛇なのか。それを確かめるには、タムがもつ特異な不死性は都合がいい。慎重を期すという面で、道理に適った判断と言えるだろう。

 しかしそれは言い換えれば、タムを囮にした威力偵察に等しい。タム本人は気にしていないだろうが、彼女と懇意にしている青年がそれを見過ごせないと同道を申し出るのも、また道理である。


「ノーリよ。貴様があのときナインに対して冷たかったのは、そうなることを予見していたからであろう?」

「うぐ……」


 悔し気に顔を歪ませるノーリ。どうやら図星だったようだ。

 スィスがやれやれとばかりに苦笑しながら言う。


「それ程に思い悩むのならば、初めから行かせなければ良いではないか」

「でも、だって……。私とナインは、対等ですから……」


 ノーリが桃色の癖毛をへにょりとしな垂れさせ、絞り出すように言った。視線を逸らしてもにょもにょと口を動かすが、明確な理由が語られることはない。

 その一言と態度から、ドスは少女の胸中を察した。

 どうやらこの娘は、姦しく面倒を見てやるつもりでナインを見下していたことを、自覚したらしい。“対等”というのは、そんな歪な関係を解消しようという意志の表れなのだろう。だとするならば、ナインの無謀極まる出立の申し出を許したのは……


「おいおいノーリよ、それは違うぞ」 


 居ても立っても居られなくなったドスは、思わず割り込んだ。


「対等な関係とは、意見を丸呑みし合うことを言うのではないぞ。お互いに理に適っていれば認め、そうでなければ指摘し、是正をする。それができる関係こそが対等であろうが」

 

 円卓の向こうで、ノーリがハッとした表情になったのが見えた。

 ドスが彼女と出会ってからすでに500年以上は経っている筈だが、それだけ生きてきてこんな簡単なことすら分かっていなかったとは驚きである。


 すると、フィーアとセーミが続けて言った。


「そうよぉ。つまりぃ、私たちと同じように接すれば良いわけぇ」

「大体、あの男だけ特別扱いをするのはずるいですわ! 私たちも、“対等”に扱ってくださいまし!」

「うう……はい……」


 先程自分が叱りつけた3人よりも、さらに酷くしょげ返るノーリ。その姿は、それこそ自身の非を咎められた子どもそのものだった。


―まったくこの娘は。まだまだ教えてやらねばならんことが、山ほどあるのう


 そんなことを考えながらノーリを見つめていたドスは、ふと会議室を見回した。

 ノーリを除いた他の団員達が、似たような面持ちをしていたのだ。それは孫を見るような、あるいは娘を見るような、もしくは妹を見るような。恐らくドスも、同じ目をしているのだろう。


 ノーリが団長の座に納まっているのは、まったくもってその能力のおかげでは断じてない。


 会議室のほぼ全員が、その事実を再確認したように、優しく、そして力強い笑みを浮かべた。






 

 しかし。


 そんな柔らかく心地よい空気に向かって、水を差す人物がいた。


「みんな……ちょっといい……?」


 特徴のある間延びした声が響く。ノーリに怒鳴られて以降、何故か会話に入ってこなかったトリーだ。

 会議室中の『お前、空気読めよ』的な視線が集まったのを確認すると、トリーはゆったりとした動作で円卓の中央、すなわち三次元映像を指さして言った。







「イレギュラー……発生中……」

『えっ!?』


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