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環状の世界・3


―随分と長い1日だったな。


 円卓の自席で、ナインはそっと息をついた。

 世界を渡る“魔法”とやらに巻き込まれ、森で危険な生物に出くわし、泣き喚くお嬢様を医務室へ連行する。客観的に考えてみると、どうにも連続性のなさそうな一連の出来事。しかし短いナインの人生で、今日ほど濃密な経験をしたことはなかっただろう。


 実際には、朝食の後からそれ程時間は経過していない筈だった。なにせ会議室の窓から太陽を見ると、外に出たときと同じく、それはまだ天頂にあるのだ。時間感覚は軍人時代にキッチリと身に着けたが、スラムで燻っているうちに錆び付いてしまったのかもしれない。

 全体、この世界における天体運動が、前の世界のそれと同じなのかは分からないが。


「それでは、第一回目の報告会を始める」


 スィスのその言葉に、ナインは我に返ったように居住まいを正した。この老人の言う報告会は、団の方針を決めるものだと予めノーリから聞いていたのだ。

 いつもは恭しく配膳をしてばかりのタムや、食事時にはまったく顔を出さないピャーチまでもが座っていることからも、その重要性は窺えた。

 

 会議室の照明が落とされ、間を置ず円卓上に無数の光の直線が現れる。無秩序に散乱しているように思えたそれらは、やがて収束し、意味のある形を成していく。

 三次元投影だ。これから始まる会議を円滑に進めるために、資料の提示などを行うのだろう。


 ナインの推測の通り、円卓の席につく団員たちの眼前に投影されたのは、無数の画像だった。そのいずれにも、特徴的な緑色や団員らの顔が写っているので、この世界に来てから撮影されたものに違いない。

 

 スィスが杖で軽く指し示すと、その内の1つが拡大された。四角い縁の中いっぱいに、白く無機質な何かが広がっている画像だ。ナインとノーリが城へと帰還する際に目撃したものと同じだった。


「まず我らは、城の後方約3キロメートルに位置するこの“巨大な壁”への接触を図った」


 スィスが再び杖を振るう。今度は、壁を見上げるような画像だった。遠くから見ていて分かっていたことだが、やはり何処までも高くそびえている。まるで、果てがないかのようだ。

 他にも、その壁に向かって拳を打ち付けたり、巨大な杖をぶん殴ったりしている瞬間を激写した画像まであった。


―この団では、接触っていうのはこういう意味なのか?


 ナインがやや呆れながら、それとなくドスやセーミへ視線を移す。すると2人は、悔し気に言った。


「儂等ではまったく歯が立たんかった」

「実に口惜しいですわ。破片の1つすら持ち帰れないだなんて」


 脳筋連中がそろって肩を落とす。残念ながら、ナインの懸念が正しかったらしい。

 すると横から、フィーアが声を上げた。


「私やスィスも魔法分析アナライズをしてみたんだけどぉ、さっぱり分からなかったわぁ。おまけに、上にも横にも何処まで続いてるか見当がつかないし」

「つまり……何にも分からん……お手上げ……」


 背中の奇妙な翼の装飾をわさわさと蠢かせるフィーアの隣で、トリーが円卓に突っ伏した。

 どうやら彼ら“5人”は、この初日を共に行動し、調査活動をしていたようだ。その結果は芳しくなかったようだが、指針事態は正しいと言えるだろう。

 如何にこの団の構成員らが得体の知れない力をもつとは言え、到着したばかりの未知の世界に闇雲に、しかも少数で突撃しては、碌なことにはならないのは明らかだ。

 タムが「皆様、どうかお気を落とされずに」と一同を慰めているのを眺めながら、ナインはちらりとそう思った。


「はぇー、とんでもないですね」


 ナインのすぐ脇から、間の抜けた声が上がる。

 ノーリだ。医務室でタムから処方された鎮痛剤が効いているのか、噛まれた両手の痛みを忘れているらしい。

 初日から碌な目に遭っていないが、しかしこの娘の献身により、森の原住生物の狂暴性が明らかになったと言えなくもない。

 ノーリ当人からは、此度の失態について、絶対に他の団員に漏らすなと釘を刺されたのだが。


「壁って言うからには、向こうには何か脅威があるってことなのか……?」

「うむ、当然の疑問だな」


 ナインの呟きに、スィスが答える。


「他の団員諸君も抱いているであろうその疑義に答えるため、もう1つ見てもらいたいものがある」


 言いながら、老人がさっと杖を一振りする。投影されていた画像がすべて消え、新たに大きな一枚が浮かび上がった。

 今度は風景写真だ。緑生い茂る森と、その中に佇む城。静謐で心が落ち着く1枚である。

 しかしよく見ると、その背景に何か大きなものが映っていた。中心に捉えられた城から、柱のようなものが天に向かって伸びているのだ。


「塔だ。正確には、“塔のように見えるもの”だがね」


 画像に写っている柱の部分が拡大された。距離が遠いせいではっきりと分からないが、輪郭はおぼろげながら見て取れる。先端部分が雲に隠れるという、信じられない高さだ。メトロポリスよりも大きいだろう。


「高さは不明。当然材質も、その設置目的も不明だ。ちなみに城を挟んで反対側にも、まったく同じものが確認されている」


 スィスが淡々と、要は“壁”と同じく巨大であるということ以外はまったく分からないという事実を述べた。

 気勢をそがれるような話なのだが、しかしこの老人の淀みの無い口調には、奇妙な安心感を覚えてしまう。似合い過ぎているスーツや柔らかな物腰に加え、不思議な力に満ちた言葉からは、愛読書に登場する“教授”という役職を連想させた。

 その印象に違わず、スィスが団のブレーンとしての役割を担っているのだろう。恐らく、ナインが入団するずっと以前から、こうして彼が会議を仕切ってきたに違いない。


「それらの情報に加え、ピャーチが地上より観測を行った結果、恐るべき事実が判明した」


 スィスが言葉を切り、すぐ隣の席に視線を送った。

 それを受け、全身からカチカチと音を響かせながら立ち上がったのは、サイズの合っていないだぼだぼな服装のピャーチだ。こうして顔を合わせるのは二度目である。ピャーチ本人の言葉通りならば、彼の本体である人工知能は別の場所にあり、ここに“ある”のは遠隔操作された義体に過ぎないが。


『決め手は太陽でした。城が転移を完了してから約6時間が経過していますが、その間つぶさに観測を続けたところ……』


 映像が切り替わる。

 今度は城の外にある森を、丁度太陽が入るように撮影した動画だった。早送りされているため、上空の雲やその影、そして木々の枝葉が目まぐるしく動いていく。

 時間の経過がはっきりと分かるような変化だったが、ただ1つ微動だにしないものがあった。


 他の団員らも気が付いたようで、驚愕したように呻いている。


『太陽が動いていないことが分かりました。他の世界より動きが遅いのではなく、“天頂部分からまったく動いていない”のです』

「えぇ!?」

「何と面妖な!」

「それ……どういうこと……?」


 会議室が驚愕に沸き立つ。これ以外にも多数の世界を旅してきたと豪語するノーリですら、むーんと難しそうな顔をしていた。

 当然ナインにとっては、驚きの連続だ。大自然だけでも跳び上がりそうだったというのに、巨大な構造物ストラクチャーに加えて、動かない太陽ときた。最早驚き疲れて真顔のままだったが。


 一同が落ち着きを取り戻すのを待ってから、ピャーチが述べる。


『全ての情報を総合的に判断したところ、導き出される答えは1つ。この世界は、太陽を中心にしてリング状に構築された、人工構造物の中に存在しているのです』


 ピャーチが大仰に両腕を振るった。すると円卓上の画像が消え去り、無数の直線でモデリングされた立体映像が新たに映し出された。

 光り輝く球体と、それを中心にして大きなリングがゆっくりと回っている。


『この光点が太陽。そして、その周囲を回るリングの内側に、この世界が存在しているのです』

「……SFだな」


 ナインは映像を眺めながら、書籍から得た知識を脳味噌の奥底から引っ張り出していた。

 確か、高度に発達した科学技術をもつ文明は、そのレベルを自然エネルギーの活用方法によって段階分けされるという理論があった。その1つに、恒星をすっぽりと覆うような構造体を構築するものがある。恒星が周囲に撒き散らす光と熱エネルギーを効率よく収集する究極の手段だが、このリングはその発展途上の産物なのだろう。


「成程。この巨大な輪っかが回転することで、見かけ上の重さが生まれる訳じゃな」

『ご明察です、ドス様』

「ドス、分かるんですの!?」


 話についてこれなかったのか、今まで首を傾げるばかりだったセーミが驚きの声を上げた。

 するとドスが、事も無げに言う。


「応とも。要は、水の入った桶を振り回すとこぼれないのと同じことよ。遠心力というやつじゃな」

「えーと……つまり?」

「後で教えてやるわい」


 ドスが生暖かい表情になりながら、無精髭だらけの顎を撫でる。粗野な言動が目立つこの巨漢だが、その印象によらずなかなかに理知的なようだった。


 その様子を見ていたピャーチが、“くすり”と笑いながら言う。


『皆様が発見した壁とは、この世界と真空の外界を遮るもの。そして塔とは、アーチ状に見える遠方の大地なのです』


 その言葉とともに、立体映像が動き出した。太陽の周りを回るリングが動きを止め、回転軸が横倒しになる。そして、バイクの車輪のように立て向きになったリングの内側が徐々に拡大されていく。

 そこには雲があり、海があり、大陸がある。メルカトル図法で描かれた世界地図が何枚も連なった様な光景だが、この大きさから推測するに、表面積は元の世界の比ではないだろう。

 拡大はどんどん続き、やがて大陸の1つに視点が降りていく。最終的にそれは、つい今しがたまで表示されていた、塔の画像と瓜二つの構図になった。

 

「さしずめここは、環状の世界といったところだろうな。こんなものが自然に構築される筈もなく、つまりこれは人工的に造られた超構造体メガ・ストラクチャーに他ならない」


 団員らが食い入るように映像を見つめる中、スィスがそう締めくくった。


「信じられない……」

「ああ、まったくだな」


 ノーリの呟きに、ナインは心底同意した。

 ナインは一兵卒として生み出された存在であり、戦後は暴力を糧に生きてきた下層民だが、まったくの無教養という訳では無い。

 種々の公共施設インフラストラクチャーがどれ程の資金で建造、運営されているかは、市街地での作戦行動をする上で頭に叩き込まれたし、かつて所属していた共同体の共有財産である武器弾薬の、どれがいくらなのかも嫌程聞かされたのだ。全体、1人になってからは独学で知識を得てもいたことだし。


 だから、これくらいのことは分かる。

 この世界を作り上げた存在は、途方もない知性と技術力をもち、まさしく天文学的なコストと時間を浪費することも厭わないという、狂った連中だ。


「仕組みだけを見れば単純じゃがなぁ。それをこんな大きさで維持できるものなのか?」

『ドス様のおっしゃる通り、この世界は非常に緊密なバランスを保つことで維持されています』


 ピャーチが再び腕を振るうと、卓上の立体映像が、再び太陽とリングへと引き戻された。ゆっくりと回転しているそれには、何の問題も無いように見える。


『例えば、小惑星の衝突、太陽フレアによる磁気嵐などでわずかにでも機構に異常が発生すれば……』


 ピャーチが卓上に身を乗り出し、空中を指で突いた。するとそこに、砂粒の様な光が現れる。サイズ差を考えれば、小惑星だろう。それは回転するリングに向かって飛んでいき、外殻に衝突してしまった。

 リングが破砕されることは無かったが、わずかに、ほんのわずかに回転軸がずれたようだ。巨大なリングは、太陽の重力に引かれるように回転を乱す。実にゆっくりとした動きだったが、それが逆にナインの恐怖心をあおった。


 しばらくすると、太陽の重力の影響を受けてしまったらしい。リングはバラバラに砕け散ってしまった。


 破滅的な終末だった。


 この巨大で広大な世界が、たかが石ころ1つで壊れてしまう。

 ナインは、急に自分の足元が覚束ない様な感覚にとらわれてしまった。他の団員らも似たような思いを抱いたようで、そろって眉根を寄せている。

 セーミだけは、相変わらず首をひねっていたが。


『……と、実際にはこのようなことにならないように、様々な防衛手段が機能していることでしょう。どうかご安心を!』


 静まり返った団員らの顔を見て、ピャーチが悪戯っぽい表情をつくる。その口元からは、チキチキと奇妙な音が響いていた。

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