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団の城・11

――魔法なんてのは、小説の中にしか登場しない

――そんなものを本気で研究するなんざ、正気とは思えなかった



 “魔法のような”、という比喩表現がある。あまりに熟達した技術や、理解の範疇を逸脱しかけている、あるいは逸脱した現象を目の当たりにした際に口にする言葉だ。

 例えば、片手でパワードスーツを持ち上げる巨漢や、すぐ隣に居ながら存在を完璧に隠蔽する少女を知れば、それらを魔法のようなと評するだろう。

 あるいは、ナインの不死性を目の当たりにした者たちからすれば、彼は正に魔法のような存在かもしれない。


 然るに、このノーリ嬢がのたまう魔法とは、いったいいかなる能力を比喩したものなのだろうか。


「手品の間違いじゃないのかね?」


 すえた臭いが漂ってきそうな程に散らかった部屋の中、ナインはノーリに聞き返した。


「そんな子供騙しとはワケが違います。魔法とはつまり、世の理を捻じ曲げ、不可能を可能にする偉大なる技術わざなのです」

「偉大なる、ねぇ……」

「そうですとも」


 ナインが胡散臭いものを見るような眼を向けると、ノーリは薄い胸を張りながら、きっぱりと否定した。自信に満ちたその表情は、誇大妄想を患っているとしか思えない。年頃の娘でありながら私室をこんな有様にしておくところも、そのような鑑定結果に行き着く一助となってしまっている。

 詰まるところ、この娘は正気なのか。


「あ、その眼! 信じてませんね!? それどころか、失礼なことを考えていませんか?」

「いや、俺は別に何も」

「いいですかナイン、魔法は実在する力なのです! そして私は、超魔法メタマジックの使い手であると同時に、その道を探求する研究者!」


 ノーリはおもむろに立ち上がると、高らかに宣言した。腰に手を当ててこちらを見下ろすその表情は、実に腹立たしいドヤ顔だった。


 しかしナインは、少しばかりの違和感を覚えた。今まで散々にこの得意満面な笑みを見てきたが、今回のこれには陰が見える様な気がする。例えるならば、後ろめたさを隠すためにわざと大袈裟な態度をとっているかのような。

 全体、探偵を自称しているところで人間観察の技能が未熟なので、今一つはっきりとは分からなかったが。


―まぁ何にしても、かなり熱心に入れ込んでいることは間違いないな


 覚束ない心理分析を中断し、ナインは改めて雑然とした室内を見回した。すぐ脇に無造作に広げられた、見たこともない材質の紙に視線を落としてみる。

 そこにはまったく知識にない文字が躍っており、その内容は1つとして読み取ることができなかった。しかし、これだけ広い部屋の中身が、すべてその魔法とやらに関するものだとするのならば、この娘の執着は凄まじいものと言えるだろう。


 そうやってナインが首を傾げて唸っていると、何を思ったのかノーリがふふんと鼻を鳴らして腕組みをした。


「まぁ、ナインには到底分からないでしょう。これは、私の様に長い年月をかけて研鑽を重ねた者にしか理解できないのです」

「んだよ、その上から目線な物言いは」

「事実だから仕方がありません。少なくともこの道においては、私と貴方には埋めようのない差がある訳ですから」


 そう言いながら、やれやれとばかりに肩をすくめるノーリに、ナインは舌打ちをした。 

 確かにナインは、魔法などという胡散臭いものに対して造詣を深めたことなどない。常識人であるがゆえ、それを恥じることもない。だが、こうまであからさまに小馬鹿にされると、カチンときてしまう。

 子ども相手に子どもの様に腹を立てるのは、男として相応しい行為ではない。そう思いつつも、マトイは拭いきれない妙な悔しさから、つい口にしてしまった。


「それならお前、その魔法とやらを何か使って見せろよ」

「むっ……」

「なんだ、できねぇのか」


 実に軽薄な挑発。僅かばかりにでも留飲を下げようという、幼い精神性の発露。

 しかしその発言は、思わぬ劇薬となってしまった。

 途端にノーリが押し黙り、何かに耐えるようにぎゅっと口の端を結んで、こちらを見つめたのだ。


―ああ、しまった。しくじっちまったな、クソが


 ナインは二度目の失態を悟り、胸中で自らを強く罵った。 

 

 この世界に魔法などという訳の分からない力が実在する筈もなく、従ってノーリがそれを行使できることなどあり得ない。だとしても、彼女がその得体の知れない虚構フィクションに血道を上げているのは、分かり切ったことだ。

 

 自身が信じ、打ち込んできたものを貶され、否定される。それはどんな人間であれ、到底許容できないことの筈だ。そんな簡単な道理にすら思い至らず、ついカッとなって軽口をたたいてしまうとは……


 ナインは全身から冷や汗をたれ流し、傷心のお嬢様に対してどのように取り繕うべきかを思考した。しかし冷静に頭脳を高速回転させようとするが、酷く動揺してしまって上手くいかない。自分が招いた事態だというのに、何たることか。


 口の端を軽く釣り上げた鉄面皮を辛うじて維持するナインが、もういっそのこと土下座でもしてやろうかと考え始めたとき。

 きっとこちらを見据えたノーリが、口を開いた。


「いいですとも、お見せしましょう」

「へっ?」


 予想外に過ぎる返答に眼を白黒とさせていると、ノーリがナインの手を掴み上げた。その冷たい感触と、前回とは違って弱々しい力に驚くが、腕を引かれるまま、無抵抗に立ち上がってしまう。


「おい、ノーリ!?」


 慌てて声をかけるが、返答はなかった。

 ノーリは黙って、ずんずかと部屋の入口へと進んでいく。その際、高度な計算と機能性を考えて配置されてるらしいガラクタのいくらかが、乱暴に踏みつけられてしまった。

 その勢いにもはや言葉を投げかけることができず、ナインはただ懸命に、爪先で床の隙間を突きながら彼女に続いた。


「ピャーチ、今から“渡り”ます! 皆を集めてください!」


 廊下に出た途端、ノーリが虚空に向かって叫んだ。ナインが『何のつもりなのか』と訝るよりも早く、聞き覚えのある声の返事が返ってくる。


『ノーリ様、急にどうされました?』

「どうもこうもありません! 次の世界へ渡ります!」

『しかし、前回の渡りから17日間と10時間32分12秒しか経過しておりません。魔力の貯蓄が不十分と愚考しますが』

「問題ありません。やるったらやるのです!」

『承知しました』


 ピャーチ。

 この城に訪れた晩に一度だけ顔を合わせたロボット、その遠隔操縦者の名だった筈だ。人工知能を自称する、得体の知れない存在である。この城の管理運営に携わっているらしいので、おおかた隠しカメラでこちらを見ていたのだろう。


 あまりいい気分はしないが、しかし今はそれどころではない。


「おい、ノーリ。俺が悪かったから、少し落ち着けよ。な?」


 ナインは引っ張られながらも、謝罪しつつたしなめようとした。彼女が何をするつもりなのかは知らないが、ナインの軽口が原因であることは疑いようがないからだ。

 しかしノーリは、聞く耳をもたない。足を止めずにこちらを振り向き、今度は不敵な笑みを浮かべて言った。


「いい機会です。私の偉大なる力の一端を、新参者である貴方にお見せしましょう」







 エレベーターで階下へと移動し、延々と長い廊下を歩いた果てに到着したのは、何もない部屋だった。1辺が20メートル以上もあるそこは、完全な立方体の空間。その部屋の中心部の床には、巨大な円を基調とした様々な多角形や幾何学的な模様が描かれ、それらの隙間を意味不明な文字が埋め尽くしている。


『観測機器の準備が整うまで、今しばらくお待ちください』

「……分かりました」


 異様な図形の真上で、ノーリが何処からか響いてくるピャーチの声に返答した。こちらに背を向けたまま、何をするでもなく、部屋のど真ん中に胡坐をかいて座っている。

 ナインの方はと言えば、彼女に近寄ることもできず、入り口の分厚い気密扉のそばでただやきもきとしているばかりだ。この、見ているだけで視界が歪みそうな程に精緻な書き込みがされたアートに足を踏み入れるのは躊躇われたし、何よりノーリの全身から近寄りがたい空気を感じ取っていたからだ。


 瞑目しながら天井を仰ぎ、深い深呼吸を何度も繰り返す。それはまるで、これから始まるとてつもない何かに備え、精神を研ぎ澄ませているようだった。


「なあ、おい。お嬢様はどうしちまったんだ?」


 不安に駆られたナインは、隣に向かって小声で尋ねた。そこに居たのは、ぼやっとした表情でお嬢様を眺めているトリーだ。ナインがこの大部屋に連れ込まれてから5分と経ってはいないが、気が付くとすでに脇に立っていたのである。

 元からこの部屋で待っていたのか、それとも無音で入室してきたのか。ナインの五感に一切引っかからないその隠密能力の前では、どちらなのか見当もつかない。唐突に「おはようさん」と声をかけられた際には少々驚いたものの、もう狼狽えはしなかったが。

 

「……そっか。……ナインは、初めてだもんね」


 トリーは眠たげな眼をこちらに向けると、少し考える素振りをしてから言った。


「まあ……黙って見てるといい……すぐ、分かるから」

「何やら俺のせいで大事になっちまったみたいだがよ。お嬢さんは魔法を見せるとかなんとか」

「……そうだよ。……これからノーリが、魔法を使うの……」

「あぁ!? いや、あの娘が魔法とやらに入れ込んでいるのは分かるがな……」


 事も無げに返答され、ナインは鼻白んだ。どうやら、お嬢様の異常な趣味はすでに周知されていたらしい。だがそうだとすると、トリーは何のためにここに来たのか。

 などと考えていると、開きっぱなしの扉の影から、また新たに入室してくる対照的な2つの影があった。巨漢のドスと、老人のスィスだ。


「おう、ノーリよ。今からやると、ピャーチから聞いたぞ」

「なんとも急な話だが、可能なのか?」


 ナインやトリーの近くに立ちながら、ノーリに声をかける2人の男。どうやらピャーチを介して連絡がいっていたらしいが、急な招集に驚いてはいるものの、その目的に対して懐疑的な様子は見受けられなかった。納得しているのだ。

 

―お嬢様の“魔法のお披露目”にか? 馬鹿馬鹿しい……


 まさか彼らは、ナインが来る前からノーリの与太話に付き合っていたのではなかろうか。いくら子どもっぽい言動が目立つ彼女とは言え、常識的な物の考え方ができないことは無い筈だ。例え冗談でもこんなに大袈裟に相手をしてしまったら、最終的にはノーリの心を傷つけることになってしまうのではないのか。


 そうナインが危惧していると、間を置かずにまた新たな人影が入室して来た。やはり対照的な身体つきのその2人は、セーミとフィーアだ。


「まだこの世界に来てから日が浅いというのに、忙しないことですわねぇ」

「まぁまぁ、格好いいところを誰かさんに見せたいのよぉ」

 

 2人は入ってくるなり、やれ「楽しみだ」だの「次はどんな世界へ」だのと談笑をし始めた。やはり不審がるような素振りは微塵もない。それどころか、もう慣れたと言わんばかりの落ち着きようだ。

 つまり、まさかこの団の全員は、このノーリの痛々しい趣味を当然のこととして受け入れているのか。


『準備が整いました。いつでもどうぞ、ノーリ様』


 ピャーチの声が響き、言葉を交わし合っていた団員達が押し黙る。同時に、重苦しい音と共に入口の気密扉が閉じられた。この御大層な大部屋が、完全に密閉されたのだ。


―おいおい、いくら何でもやり過ぎだろ……!


 お嬢様の奇態と、それを過剰に演出する周囲の一切。それらの相乗効果によって、魔法というものがいかにも現実ファクト的な存在であるかのように錯覚しかけてしまう。いったい団員らは、これをどのような思いで眺めているのだろうか。

 ナインが異様な感覚にむず痒い思いを抱いていると、部屋の中心でノーリがゆっくりと立ち上がった。桃色の髪とマントが、ほんの少しだけ揺らめく。

 

 止めるなら、今しかない。

 マトイはそう思った。


 子どものゴッコ遊びに付き合うのは、家族愛としては微笑ましいものだろう。だが、すでにノーリは“そういったもの”から卒業していても不思議ではない年頃だ。いやむしろ、そんなものに入れ込んでいていい訳がない。早いところ眼を覚まさせて、現実というものを教えるべきだ。


 決意を固めたナインは、ノーリへと駆け寄ろうとした。しかしその直前に、何者かに強く肩を抑えられてしまう。振り向くとそこには、いつの間にかメイドのタムが立っていた。


「これからノーリ様が、とても大切な儀式をなさります。邪魔立てはお止めください」

「姐さんまで、そんな……」

「駄目です」

「いや、しかしですね」

「駄目と言ったら、駄目です」


 有無を言わさぬ強い口調に加え、温かい笑みを何処かに置き忘れたような真顔。いつもの優しさを微塵も見せないメイドに、ナインは思わず押し黙る。


 ぼうっと、床に青白い灯りが点ったのはその瞬間だった。図形が。文字が。床に描かれた奇妙なアートが、おぼろげに輝いているのだ。電気とも火ともつかないその揺らめく光は、間を置かずに天井の照明を超える程に光量を増していく。


「こいつぁ、何の手品だ?」

「手品? 否、これは魔法です!」

 

 ノーリが両手の拳を腰に当て、背中越しにナインの呟きを強く否定する。その瞬間、癖のある桃色の髪とマントが、またもやふわりふわりと浮かびあがった。そして彼女の周囲に、激しい燐光が生じる。


―立体投影機による、パフォーマンスか何かだろうか。


 幻想的な光のダンスに翻弄されながら、ナインはどうにかして現状を常識の枠に納めようと努力した。しかし、いつもは実直な判断を下すはずの脳内の冷静な部分は、眼の前のこれに対して陳腐な評価を下すことを拒絶する。

 違う。これは、“そういうもの”とは対極に位置する何かだ、と。


 驚愕に震えるナインの眼前で、くるりとノーリが振り返った。あの自信満々のドヤ顔を浮かべながら、こちらを見つめてくる。 


「私の力。私の本質たる、超魔法メタマジック……」


 朗々と語るその表情には、不安も、恐怖も、怒りもない。自身の実力や能力の一切に、ただ一つの疑いも抱いていない、恐るべき笑顔。

 その表情に潜む意志を見て取ったナインは、唐突に確信した。

 

 まともな根拠など一切ない。こんな結論をひり出した自分の正気が、疑わしくもある。だがそれでも、はっきりと断言できるのだ。


 今、ノーリが行使しようとしているのは、まぎれもなく現実の理を逸脱した現象。


 つまり、“魔法”と表現する他にない超常的な力なのだ、と。


「見よ! これこそが、“世界渡り”!!」


 呆然とするナインを満足げに見つめながら、ノーリが言い放。つ

 

 その瞬間。

 

 世界の全てを包み込まんばかりの強い強い光の爆発が、少女を中心にして膨れ上がった。

――事実は小説より奇なり、ってな

――ノーリは、本当に魔法ってのを使えたんだよ

――その力ってのが、また凄くてな……

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