団の城・5
―異なる世界
―異なる出自
―それでもただ一つの願いがあれば、私たちは繋がることができる
マトイは、厳密に言えば人間ではない。
かつての大戦において、大洋連合の兵たちの心胆を寒からしめたクローン兵。その最初期型だ。
大陸の全土からかき集められた優秀な人材の遺伝子と“記憶”を複製し、改良を加えた上で製造された生物兵器。
常人を凌ぐ数々の身体機能に加え、戦闘知識の植え付けによる促成教育により、コストを抑えながらも良質な人的資源の確保に成功した、模造の生命体。
その第9号こそが、彼の本質である。
創造主ともいえる大陸連盟が崩壊したため、お役御免とばかりに廃棄処分をくらい、それが何の因果か今まで生き長らえてきた訳だが、ついに正体が露見した訳だ。
元より、スラムにおいては能力を生かして無茶な闘いを繰り広げてきたし、この“城”では治療に伴って身体を調べられた筈だ。加えて、この中の数人には、マトイが致命傷を負うところを目撃されてもいる。
これだけの材料が揃っていながら怪しまれない方がどうかしていることだろう。むしろ、いつマトイの出自についてを問いただされるかと待ち構えていたくらいだ。
それなのに……
「不死者、だと? お前もなのか?」
マトイは半ば呻くように、ポーズを取りながらドヤ顔をするノーリを見つめていた。非常にムカつくのだが、ツッコミにまで気が回らない。
まさか自分と同じ境遇の者が他のもいたのか。
そんな喜びとも驚きともつかない感情を抱いていると、ノーリは腰に手を当て、ふふんと得意げに鼻を鳴らす。
「ええ。私だけでなく、団に所属する全員がそうです」
「マジかよ……」
マトイは改めて室内を見回した。
ノーリを含め、ドス、トリー、フィーア、スィス、セーミ。年齢、性別、装い。それらの一切において統一感のない連中が、こちらを見つめ返しながら軽く頷いてくる。奇妙な一団だとは思っていたが、まさかそんな共通点があったとは。
マトイは、極度の緊張で乾いた喉に咳き込みかけながら、どうにか言葉を紡ぎ出した。
「じゃ、じゃあお前らも、大陸連盟の……。どこの部隊に居たんだ?」
「れんめい? ぶたい?」
「いや、俺と同じなんだろ? だが知らない顔ばかりだ。後期の量産型か? どうやって生き延びた!?」
首を傾げるノーリに若干苛立ちながら、口から泡を飛ばして問いかける。
マトイは計画の最初期から終戦までを生き抜いてきたが、所詮は実地試験のための一部隊に所属していたに過ぎない。
大量に実戦投入された完成品のクローン兵の総数は、最終的には5桁に届いたという話だ。遺伝子の選定や改良によって顔や体格は多岐にわたるので、初対面で気が付かないのも無理はない。
「まあまあ。落ち着いてくださいよ、マトイさん」
しかしノーリは椅子から降りると、打って変わって静かな口調で、しかしどことなく上から目線で言う。
「お忘れですか? 私は“異世界から来た”と言ったでしょう」
ちっちっちと右手の人差し指を振るノーリ。
小馬鹿にしたような唇の端を釣り上げているので、心底ムカついてしまう。
「この場の全員は、生まれた世界も、不死となった境遇も、まったく異なるのです!」
「なっ……何を馬鹿言ってんだ!?」
異世界から来た。このお嬢さんと初めて出会ったときに聞いたセリフだ。マトイもそれに同調したが、しかしそれは、上層と下層の生活基準の差に戸惑うノーリを揶揄した、いわゆる文学的な表現だ。
実際にこのお嬢さんが、世界の外側から来訪したなどと言うことはあるまい。
「担ぐにしても、もう少しマシな嘘があるだろ」
「ですから……むっ!」
飽くまでも突っぱねるマトイに対し、なおも言いつのろうとしていたノーリだったが、突然何かを感じ取ったように押し黙った。そして目を閉じ、うっとりとした表情で鼻をひくつかせる。
マトイが訝ると、周囲で静観していた者たちも一斉に、顔に喜色を浮かべだす。一体何が起こったというのか。
「あんだよ?……むっ」
遅れてマトイも、ようやく気が付いた。何処からか、不思議な香りが漂ってくる。嗅いだことがあるような無いような、どことなくすきっ腹が疼く香りだ。
深呼吸をしたノーリが両眼をくわっと見開き、マトイに詰め寄った。
「お話は後にしましょう、マトイさん!」
「え、いやしかし……」
「いいからいいから! 今度は私がご馳走を振舞う番なのです!」
そう言ってノーリは、事態が飲み込めないでいるマトイの背後に回り込んだ。そして椅子の背もたれをバンバンと叩き、円卓に向き直るように促す。
後回しにする程度ならば、やはりマトイの考えた通りに冗談の類なのだろうか。
いまいち納得しかねる思いを抱きつつ、マトイは渋々とそれに応じた。
その折。
「お待たせいたしました!」
朗らかな声と共に、大きな二枚扉が開かれた。その拍子に不思議な香りが一気に強まり、室内に歓声が響き渡る。
マトイが扉の方に眼を向けると、そこには温かい笑みを浮かべるメイドのタムが立っていた。
「議論が白熱しているようですが、一度ご休憩なさってはいかがですか」
そう言いながら、メイドがぱちりと右手の指を打ち鳴らし、扉の脇へと移動する。
すると扉の向こうから、取っ手のついていない台車の様なものが、列をなして部屋の中に次々と入ってきた。自動制御と思しきそれらは、マトイらの背後を危なげなく移動し、円卓の周りをぐるりと取り囲む。数は7台で、タムを除いて円卓につく人数と同じだ。その上には、小さなドーム状の何かがたくさん乗せられている。
「待ってましたわ!」
「ごはんっ、ごはんっ」
歓喜の声を上げるセーミが生気のない顔を少しだけ赤らめ、眠たそうな眼のままのトリーが両足をぱたぱたと揺する。あからさまに嬉しそうだ。見れば、この2人ほど大げさではないにしても、他の面々も似たような雰囲気で椅子に座りなおしている。
―成程、これからようやく食事にありつけるということか。
「さぁ、待ちに待った晩餐です! ご賞味いただきましょうか!」
「……だから、そのドヤ顔を止めろってんだよ」
すぐ隣から肩をバシバシと叩いてくるノーリを、軽く睨みつけてやる。しかし、食わせてもらえるとなると、俄然待ち遠しくなってくるものだ。緩みそうになる頬をきりりと引き締め、マトイは正面を見据えた。
話が立て込んできたが、まずは腹に物を入れねば始まらない。お互いの出自を語らうなどという心の傷に塩を塗り合うような行為は、その後でも結構だろう。全体、お嬢様のホラ話という可能性もあることだし。
そう思いながら口内に溜まった唾液を飲み込んでいると、タムがマトイの眼の前の卓上に布を敷き、さらにその上に“金属の器具”を並べ始めた。武器の様にも見えるが、知識にはないものだ。
「もう少々、お待ちくださいね」
「おう」
にこやかに準備をするメイドに向かって鷹揚に頷きながら、マトイは設置された計10本のそれらをしげしげと観察した。
ノコギリ刃のナイフに似た物に、3つの鋭利な棘がついた物。それに、大きな匙だろうか。こんなものが、何故食事に必要なのだ?
「よいしょっと」
がつんっ!
「どわっ!?」
妙な器具類を眺めて唸っていると、急に隣に座っていたノーリが椅子を大きくずらし、こちらに密着してきた。椅子の背もたれ同士が激しくぶつかり、大きな音が上がる。
「くふふふ。マトイさん、お困りのようですね?」
「いや、別に」
「遠慮しなくてもいいですよぉ。この私が優しく教えてあげますから」
「断固遠慮する。離れろ」
「これはフォークと言うのです。こちらはナイフ。知らなかったでしょう? マトイさんの家には有りませんでしたからねぇ」
「ああああっ! このっ」
マトイがこれらの器具に関する知識をもたないことを看破したのか、ノーリは嬉しそうに世話を焼き始めた。マトイは恥ずかしさを誤魔化そうと、それを煩わし気に振り払う。
するとその様子を眺めていた仲間たちが、面白いものを見つけたとばかりにはやし立てた。
「まるで姉弟みたいねぇ」
「るっせぇな! 逆だろ、逆!」
「いっちょ前に照れとるぞ、あの小僧」
「クソがっ!」
「マトイさん! 悪い言葉は駄目ですよ!」
外野から妙な支援砲撃を喰らい、マトイはそちらへも応戦を強いられた。これから晩餐が始まるというのに、我ながらどうにもムキになってしまう。そしてそれが、どうやらノーリを調子づかせてしまっているようだ。
「タム! もう前菜はすっ飛ばして、一気にメインディッシュに行っちゃいっましょう!」
「あら、宜しいんですか?」
「宜しいです! どどーんと、マトイさんをびっくりさせちゃいましょう!!」
するとタムは、笑みを浮かべつつも困ったように周囲を見渡す。どうやら予定外の注文だったようだ。
「我は構わんぞ。久しぶりのまともな食事でもあるしな」
「賛成……早く、食べたい」
「そうじゃなぁ。スラムでは酷い目にあったからのう」
「あら、そうですか。それでは」
異を唱える者がいないことを確認すると、メイドは笑顔で頷いて、台車の上から一番大きな金属ドームを持ち上げた。そして、銘々の卓上へと置いていく。よく見れば、天頂部分に取っ手のようなものが付いている。
―そうか、これはカバーみたいなもんか。それなら、この下に食い物があるんだな。
タムが円卓をぐるりと一周し、最後にマトイの眼前にドーム状のカバーが置かれたのを見ると、ノーリは大きく頷いて椅子に座りなおした。
ようやく落ち着いてくれたお嬢様を見て、マトイもほっと胸を撫でおろす。
―まあ何にしても、お嬢様がこれ程に鼻にかけるような物言いをするんだ。俺が施してやった完全栄養食品とどれ程の差があるのかを、確かめてやろう。
「では、頂くとしましょうっ」
ノーリの一声と共に、一同がドームの取っ手を掴んで持ち上げた。同時に、一斉に湯気と匂いが溢れ出す。
マトイも慌てて、自分の眼の前のカバーを持ち上げた。
「な……!?」
マトイは絶句した。
カバーの下にあった食物、その正体を知り、驚愕していたのだ。
表面に無数の皺と焼き目が入った、分厚くも平べったい歪な茶色の塊。
真っ黒な楕円の金属板の上でジュウジュウと音を立て、脳天に突き抜ける様な匂いを放つそれは。
「こ、これはまさか……?」
マトイは卓上にカバーを放り出すと、口元を抑えて顔を仰け反らせた。
これは恐らく、“肉”というやつだ。大昔には当たり前のように食されていたという、蛋白質の補給源である。知識だけはもっていたが、これ程にグロテスクな見た目で、強烈な匂いだったとは。
マトイは両手で顔を覆うと、指の間から恐る恐る周囲を見た。
「ああ! これこそが人が食すべきものですねっ! マトイさんも食べて食べて!」
「旨いっ!! 流石はタムじゃなぁ、焼き加減が絶妙じゃ」
「肉汁がたまりませんわっ。お代わりっ、お代わりを」
「……ハムッ、ハフッハフッ……」
路地裏で囲まれたときとは比較にならない程の悪寒が、背筋を走り抜けて行く。
誰もかれもがナイフを使ってギコギコと“肉”を切り分け、それをフォークで突き刺し、口へと運んでいる。
桃色髪の娘が、頬を紅潮させて大きな塊を咀嚼する。その様子を目の当たりにし、マトイは嘔吐感がこみ上げてくるのを感じた。
マトイの様な下層の人間にとっての食事とは、化学的に合成されたか、あるいは抽出された栄養素を摂取する以外にない。その大本である、食材としての形を保った“料理”を口の中に入れた経験は、一切ないのだ。
―成程、お嬢さんが“異世界から来た”と恥ずかしげもなく宣う理由が良く分かった。確かにこの光景は、この世界のものではない……っ!
「うっぷ……」
食事中の異常者たちから眼を反らし、マトイは静かに椅子から立ち上がった。そしてそのまま可能な限り気配を殺し、静かに扉を開けて身体を滑り込ませる。
実に幸いなことに、肉を貪ることに夢中になっている彼らから声をかけられることは無かった。
―ムッハー!
―久しぶりの牛肉、サイコー!
―……あれ、マトイさんは?




