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団の城・4

―生と死は、表裏であるという

―では、“生きている”ということと“死なない”ということは、果たして同義なのだろうか


 いったい何故、どうしてこんなことになってしまったのか。

 マトイは椅子の上で身体をできるだけ小さくしながら、そんなことを考えていた。


 周囲から無遠慮に注がれる、好奇の視線が突き刺さる。

 とうに限界を突破したはずの空腹感とストレスレスによって、胃袋が捻じられるような思いだ。


「各々、宜しいかな? ……では改めて、彼の入団についての議論を執り行う」


 円卓の向こう側で1人立ち上がった老人、スィスが、議長よろしく周囲を見回しながら言った。

 すると、適度な間隔を置いて席についていた、他の5名がそれぞれ頷く。


「まあ、儂の方は拒否するつもりはないがのぅ。わざわざ団長が直々に連れて来たんじゃ、無下にする訳にもいくまい」

「同じく……」


 早々に意見を述べたのは、笑みを浮かべて無精髭を撫でる巨漢のドスと、眼つきの悪い少女のトリーだ。議題の中心であるマトイと、その隣の席についているノーリを見比べるように、交互に視線を移す。

 それを受けてマトイはますます、そして何故かノーリまでもが、身体を縮こまらせた。


「私は保留しておきますわ。まだ全員集まっていないですし」

「私もぉ。まぁ、ノーリちゃん次第かなぁ?」


 湯気が立ち上るカップを傾けながら、セーミが気だるげに言う。すると、それに追随する怪物コスプレ女のフィーアが、あの奇妙な視線を送ってきた。惹きつけられるような、怪しい光を放つ眼だ。


 どうもノーリが言うには、彼女には人を惑わす眼力の様なものが備わっているらしい。信じ難い話だったが、ノーリからの打擲を受けるまでフィーアに釘付けになっていたのは事実なのだ。

 またそんな事態になっては堪らないので、マトイは慌てて眼を反らした。漂ってくる「つれないわねぇ」という寂し気な言葉を受け流し、ついでに円卓をぐるりと見回す。


―よし、完璧に覚えたっ!


 『準備がある』と言って退室したメイドのタムを含めて7人。全員の顔と名前を一致させたことに、そっと安堵する。聞きに徹することで彼らの情報を集め、分析し、最低限のことをやり遂げたのだ。


 どうやらこれで、先方に無礼を働かずに済みそうである。


 自分を紹介してくれた、ノーリ嬢の顔に泥を塗ることも……











―って、違うだろっ!?




 いつの間にか覚えをよくしようなどと考えていた自分に気づき、マトイは頭を振った。


 別にマトイは、婿養子になりに来たわけではない。ノーリの温情によってか何かで連れてこられたが、それ自体マトイが望んだことではないのだ。

 治療をし、衣類を洗濯してくれたことに対しての感謝を惜しむべきではないが、かように窮屈な思いをさせられる言われもないではないか。

 

「……つうかよぉ。なんでまず、当人である俺の話を聞かねぇんだ? 俺はまだ、団とやらに入ることを承諾しちゃいないぜ」


 なけなしの反骨心を振り絞り、マトイは議長であるスィスに訴えた。

 全体、マトイの“入団”の是非を巡っての議論だというのに、ただじっと座って沙汰を待つなどできる訳がない。


 すると、ノーリを除いた面々が眼を丸くした。

 どうやらマトイの反応が意外だったらしい。ドスが髭を撫でるのを止め、問いかけてくる。


「何じゃ小僧、とっくにノーリとは話がついておったのではないのか?」

「ついさっき聞いたばかりだよ。団とやらが何なのかも知らねぇ」

「あらあらぁ、ノーリ? ちょっと勇み足が過ぎるんじゃないのぉ?」

「そ、それは……」


 隣に座るノーリが、両手で帽子の鍔をぎゅっと握りしめて、真っ赤にした顔を隠した。それきり口籠り、一言も話そうとしない。

 

「黙んなよ!? お前が言い出したことだろうが!」

「あううう……」


 人を渦中に放り込んでおきながらのこの態度に、マトイは思わず声を荒げた。いい迷惑にも程がある。


 いったいマトイのもつどんな要素が、このお嬢様の琴線に触れたのかは分からない。

 ヘッドハントされたなどと解釈すれば悪い気はしないが、しかしスラムで暴力を糧に生きてきた男が、上流階級の娘の役に立てることなどほぼ皆無だ。さらに情けないことに、その暴力という一点においてさえ、円卓につく人間の半数には比肩し得ないというのだからお話にならない。

 だとすれば、どんな理由でノーリはあんな宣言をしたのか。このお嬢様の考えが読めない以上、マトイとしては気を抜く訳にはいかないのだ。

 

「……なんとなく、分かる……」

「儂も察しがついておるな」

「えっ? えっ? どういうことですの?」


 トリー、ドス、セーミの、常識の埒外にある力をもつ3人が口々に言い合う。すると、薄ら笑いで成り行きを見守っていたフィーアが、卓上に身を乗り出してきた。


「ねえノーリ。何故彼なのぉ? はっきりとお言いなさいな」


 形のいい胸が、卓上でぐにゃりと押しつぶされる。マトイが思わずそれに眼を奪われると、突如隣からガタリ、と大きな音がした。

 そちらに視線を移すと、おどろおどろしいオーラを全身から滲ませながら、ゆらりと立ち上がるノーリの姿が。


「……分かりました、ご説明しましょう」


 言いながら開いた右手を大きく振りかぶり、ごきりと指を鳴らす。そこからは、殺気とでも言うべき不穏な気配が放たれていた。


「あ、うん、頼む」


 マトイは冷や汗をかきながら頷いた。またあの一撃を喰らったら、今度こそ脳機能が破壊されてしまいそうだ。椅子ごと体の向きをノーリへと変えて、背筋を正す。

 するとノーリも、咳ばらいを1つしてから椅子に腰を下ろし、居住まいを正した。そして周囲が見守る中、改めてマトイに言う。

 

「マトイさん。我々の団に、加わっていただけませんか?」 


 マトイは、彼女の眼を見つめた。

 すると鳶色の瞳に、揺れが生じる。初めて依頼をもち込んできたときと同じ。不安、焦り、恐怖。それら負の感情が混ざりあったような、断られたら困る、というサインが見て取れる。

 今度はこちらがノーリをいじめているようで、遣る瀬無い気分になってくるではないか。


「団ってのは……何なんだ? どんな目的の組織なんだ?」


 取り合えずは結論を先延ばしにして、会話を続けること選択する。

 これで実は怪しげな宗教団体だとか、世界征服を策謀する秘密結社だのというオチでは笑い話にもならないが。

 そんなことをちらりと考えるが、娘の答えは単純だった。


「大したことをしている訳ではありません。私たちは、ただ“生きている”だけです」

「……なんだよ、そりゃぁ」


 ノーリの言葉に、マトイはしばし絶句した。


 生きている。


 そんなことは、人間ならば当たり前のことではないか。

 ノーリを始めとする上層うえの人間も、マトイを始めとする下層したの人間も、間違いなく“生きている”。マトイを誘う理由にも、全体、人を集める理由にもならないではないか。


 訝るマトイに、ノーリは続けて問いかけてくる。


「マトイさん。生きる、とは何ですか?」

「そりゃ、死なないことだろう」


 急に哲学的な話になったが、マトイは自らの人生経験を基に即答した。『自分以外の何者かから奪うこと』については付け加えない。

 あの地獄の様な戦場もそうだったが、マトイが暮らしているスラムは、気を抜けば即座に命を奪われる恐れのある危険な地だ。それこそスィスが述べた通りに、この世界のすべてがその仕組みの基に動いているといっても過言ではないだろう。

 だが、それをノーリに告げたところで詮のないことだ。この娘に面と向かって、『お前は奪う側の人間だ』などと告げるなど、趣味ではない。


 しかしマトイの懸念を余所に、抑揚のない言葉が横からかけられる。


「成程。この荒んだ世界の住人であれば、そのような結論に行き着くのも仕方がないですわね」

「……あぁ?」


 一瞬、貶められたのかと思い、マトイはその声の主であるセーミに眼を向けた。

 しかし少女はそれ以上語ることはなく、ただカップを傾けるのみである。スラムの裏路地で出会った時とは違い、その表情にマトイを侮蔑するような色は一切なかった。 

 しかし。


―何だ、今の言葉は…?


 セーミの発言に違和感を覚え、マトイは混乱する。

 何故、『下層したの住人』ではなく『世界の住人』と表現したのか。上層うえの人間がマトイの様なスラムの住人を評するには、不自然な言葉だ。まるで彼女がこの世界の住人ではないかのような、そんな他人事の様な印象を覚えてしまうではないか。

 

「では、“死”とは?」


 思考する隙を与えないとばかりに、ノーリが再び問うてきた。

 もうその瞳に、曇りはない。先刻まで浮かんでいた負の感情が嘘の様な、まるで何かを悟った老人の様な面持ちである。

 ノーリの静かな視線に怯みかけ、マトイはぶっきらぼうに返す。


「……人生の終わり、生命活動の永久停止、自我の消失だ」


 問答の意義を理解できず、さりとて単純な回答で侮られたくもない。空腹にあえぐ中、とにかく頭の中にある知識を総動員し、それらしい言葉を並べ立てる。


「では、“生きる”ということと“死なない”ということは、果たして同義でしょうか?」

「その通りだろ」

「いいえ、違います。絶対に」

「勘弁してくれよ、もう」


 意味不明な二元論を吹っ掛けられ、マトイはうんざりし始めていた。

 詰まるところ生きるとは、どれだけ長く“死”という結末に追い付かれないでいられるかということだ。

 それ以外に、何の意味があるというのか。少なくともマトイの生きてきた環境では。あるいは、“この世界のすべて”においてそうかもしれないというのに。


「悪いが俺は、お嬢さんと違って学がないんだ。はっきり言っちゃぁくれないか」


 ただでさえ今日という日は、今後忘れたくても忘れられない様な最高に最低な1日だったのだ。持って回った表現で混ぜっ返されるのは御免被りたい。

 

 すると。


「分かりました」


 がたっと椅子を引き、ノーリが立ち上がった。

 そしておもむろにその椅子に片足をかけると、大仰な仕草で腰に手を当て、右手を高々と掲げて天井を指す。


―ああ、書記長閣下と同じだな、これ。


 何故かマトイはこのタイミングで、かつて所属していた勢力の最高権力者の姿を幻視した。

 世界の半分を牛耳り、人民の平等を謳いながらただ1人で最高の悦楽を貪っていた豚野郎。第三次大戦の終局、数十発の熱核兵器を撃ち込まれてシェルターごと消し飛ばされた無能。

 嫌になる程眼にしたあの銅像と、瓜二つのポーズだった。

 

「私たちの団とは、無限の倦怠を捨て、永久とこしえを謳歌することを目的とした集い! 貴方にも、そこに加わって欲しいんです!」


 呆気にとられるマトイを見下ろすようにして、ノーリが声高に告げる。


 無限の倦怠、永久の謳歌。

 

 何を言っているのかが分からない。


「分からねぇな、お嬢さん。永久ってな、どういう意味だ?」


 引きつる口の端をどうにか動かし、マトイはどうにか聞き返した。後ずさろうと背もたれに体重をかけ、ひっくり返りかける。

理解不能な剣幕に圧され、激しく動揺するマトイに、ノーリはそっと微笑む。


「マトイさん。貴方も、そうなのでしょう?」

「な、何がだよ」


 駄目押しとばかりにノーリが言った。

 









「貴方も、私たちと同じく“不死者”なのでは?」


―それこそが、私たち“アライン”

―不死者の団

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