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団の城・3


「違うのかね、見知らぬ青年よ」


 老人は柄の上に両手を置きながら杖をつくと、品のよい笑みを浮かべた。そして、重ねて問いかけてくる。

 先刻の、人を食ったような態度とは正反対の人懐っこいそれに、マトイは一瞬面喰った。しかし、誤魔化されるようなことはない。マトイとは明らかに“住む世界が違う”であろうこの男は、目的のためならば手段を選ばない外道だと、はっきりと分かっているのだから。


 マトイをこの場に招いたお嬢様の手前、抑えられ、しかし捌け口を求めていた思いは、この機とばかりに発露した。


「ああ、そうだよ。かなり酷い目に遭わされたんだが、どうやら爺さんのおかげだったようだな?」


 それでも声音を出来る限りに抑え、これ以上暴走しないように眼を反らしながら答える。上層うえの人間に対して相応しい態度とは思えないが、とにかくそうする他になかった。

 もとよりマトイは、この老人が述べたとおりに市民権をもたない、いわば人間未満の存在だ。今更取り繕ったところで、印象に大した差はあるまい。


 すると老人は、笑みを崩さずに続けて言う。

 

「ふむ、我に怒りを抱くか。その感情は理解できるが、しかし……」

「あんだよ?」

「いや、何。君はその物言いに反して、君自身の被害に対する感心が薄いように思えてな。君の怒りの理由は、他にあるのではないかね」

「っ……ああ、そうさ! スラムの人間が大勢巻き込まれたからな!」


 老人の口車に乗せられてしまってから、マトイはちらりと老人の脇に立つノーリの顔を覗き見た。

 俯いていて良く分からない。しかし間違いなく、いい気分ではいないのだろう。付き合いは短いが、この娘は『自分のせいで』と要らぬことを考えるタイプだ。


―ああっ、クソが!


 訳の分からない自責の念に襲われ、マトイは顔を歪めた。老人に対する怒りとごちゃ混ぜになったそれが、表情筋が引きつらせる。


 実際、この老人がけしかけたという軍警察に、右腕を踏み潰されたということもある。だが、もう自分自身だけの問題ではない。


 贔屓にしていたギャングたち。

 面倒を見てやった浮浪者たち。

 顔なじみの労働者たち。

 その他もろもろ。

 スラムで出会った人々の顔が、次々に脳裏に浮かぶ。


 全体、マトイはメトロポリスの人間ではなく、彼らと別段親交が深かった訳でもない。だがそれでも、知人と言って差し支えない連中が、たった1人の娘を探し出すために軍警察に蹂躙されたとあっては黙っていられない。

 これは探偵気取りとしての振舞ではなく、マトイという1人の男の信念からの怒りだ。


 だが、しかし、それ以上に我慢ならないことが……


「成程な」


 逡巡するマトイを眺めながら、老人がポツリと呟いた。


「ノーリに誘われた理由の1つは“それ”か。団から離れてそれ程間が無いというのに……」


 そして、細めた眼をマトイから隣に移す。すると何を思ったのか、視線を向けられた桃色髪の娘が突然血相を変えた。


「スィス! マトイさんは、私のボディガードをしてくれていたんですよっ。勘違いはしないでくださいね!?」


 顔を真っ赤に染め上げながら、マトイの方をチラチラ。どうやら身分違いの恋仲を老人に疑われ、それを恥じているようだ。

 そこまで必死に否定されるとプライドが傷つくが、マトイの方とてノーリの如きお子様は恋愛対象にはなり得ない。だから一切、問題無しだ。一昨日、ではなくもう数年してから来いというところである。


「ほう、そうなのかね?」


 そんなことを考えて自分を慰めていると、再び老人の眼がマトイを捉えた。今度は柔らかさの中に、冷たく探るような気配が見える。値踏みをしているようだ。

 今まではマトイというスラムの屑に価値を見出していなかったのか、はたまたようやく1人の人間として認めて貰えたのか。


「ああ。あんたらが“お迎え”に来てくださるまではな」

「そうか。では、君の働きに最大限の感謝を。そして、君と君に関わる全てのスラムの者たちの被害に遺憾の意を示そう。これ、この通りだ」

「何をっ?」


 老人はマトイの眼前で両ひざをつくと、杖を脇に置いた。そして、深々と頭を下げる。

 その行為に、マトイどころか沈黙を保っていた巨漢や女たちまで、気勢をそがれたように眼を丸くした。

 信じ難い出来事だった。上層の人間が、マトイの様なスラムのゴロツキに対して、頭を下げている。天変地異に等しい事態だ。


 しかし老人は即座に顔を上げると、続けて言った。


「だが、謝罪も詫びもしない。我は此度の行為に、一点の後悔も無い」

「……んだと、テメェっ!?」

「スィス、貴様っ……」


 潔い態度から一転して居直るようなその言葉に、マトイと巨漢は揃って憤怒の表情になった。

 しかし老人は涼しい顔で立ち上がると、大仰に膝を払う。そしてマトイに向かって、というよりも、その場の全員に向かって諭すように言った。 


「我らにとって最も重要なこととは、団の維持と、主柱たる団長の庇護に他ならん。それはドスよ、貴様も承知しておろう? 他の皆もだ」

「うぬ……」


 視界の端で、巨漢がたじろいだのが見えた。彼だけではなく、ノーリを含めたその場の全員が、沈黙を貫く。老人を否定できないようだ。


「我はその目的のためならば、どのような手段でもとる。我は、我が守るべきと信ずるものの他の一切を犠牲にすることを厭わない。例え外道と誹りを受けようとも、我の信念は変わらん。それに、青年よ」


 三度、老人の眼がマトイを捉えた。

 今度は、見透かすような冷たい視線ではない。自身の思いを伝えようとするような、真っすぐで、少し熱っぽいそれだった。


「君の暮らしていたスラムとは。メトロポリスとは。そして“この世界”とは、そもそもそのようなところではないのかね?」

「うっ……」


 マトイは言葉を失った。

 実に自分本位で醜悪な、利己的主張だ。聞いているだけで虫唾が走る。だが他の連中と同じく、その言わんとすることが理解できてしまう自分がいるのも確かだった。

 

 この老人の言う通りに、スラムという掃き溜めでは、自分が生きるために他人の命すら奪うのはよくある光景だ。今回の襲撃ではメトロポリスの上層が奪う側で、スラムの全住民が奪われる側になったというだけでしかない。

 そして大戦によって国家という枠組みが崩壊したこの世界では、それが自治体レベルで行われている。メトロポリスは強大な都市だが、無敵でも不滅でもない。いつか何処かの同じような規模の都市に攻撃され、すべてを奪われる可能性だってあるのだ。

 

―俺だって、ギャングどもをボコしてトークンを貰ってた身だ。まともじゃぁない。この爺さんに説教垂れる資格なんて……


















「いい加減、悪ぶるのはお止めなさいな」








 かつんっ、という甲高いヒールの音とともに、1人の女性が進み出た。怪物コスプレ女だ。

 最初の誘う様な笑みは消え去り、今は真剣な表情になっている。それでも色気が消えることは無く、むしろ気高さのある美へと昇華されている。

 怪物女は、ぐるりと室内を見回しながら言った。


「この人はねぇ。“すらむ”を攻略するにあたって、もんの凄い根回しをしていたのよ? 住民への暴行や殺害は厳禁とか、捉えた者たちは収容施設できちんと丁重に面倒を見るようにとか。それこそ“めとろぽりす”中の権力者たちに頭を下げて回ってたわ」

「えっ!?」

「むっ……!?」


 その言葉に、一同の視線が怪物女から老人に集中した。

 老人はそれを苦も無く受け流し、何処か他人事のようにして耳を傾けている。


「確かに乱暴な手段だったかも知れないけれど、それでもスィスなりに最善を尽くしていたわ。それでも結局ドス達に先を越されたから、意固地になってたのよ」

「……余計なことまで言うでない」

「そうやって偽悪的に振舞うから、勘違いされるのよねぇ」

 

 怪物コスプレ女が老人の肩に両手を置き、しなだれる。すると老人は渋い顔をした。

 室内に再び沈黙が満ちる。

 

 つまり話を総合すると、マトイが看破した通りに、軍警察実働部隊の連中はノーリの身柄を確保するためにスラムへと攻撃をしかけた。しかし、非殺傷を義務付けられていたのだ。

 おまけに、ことが済んだ後のスラムの住民たちの処遇まで考えていたらしい。行政府の管理となれば、不自由ではあるとしても、空腹にあえいで命の奪い合いをすることはないだろう。本当に信じられない。この老人は、口では手段を選ばないなどと言いつつも、スラムに住まう人間たちを慮っていたのだ。


「ふん。それならばそうと、さっさと言えい」


 老人の心情を知らなかったとはいえ、責め立てる形になってしまった巨漢は、気まずげに眼を反らしながら言った。すると怪物女が、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「ドスたちが大暴れした後始末をしたのは私だから。感謝してよねぇ?」

「儂は暴れてなんぞおらんわい! こいつらじゃ!」

「うっ!」

「いや、その節につきましては……」

「あらあらぁ、他人の所為にするのぉ?」

「おやおやドスよ。お前はいつから、そんな道理に外れることをするようになったのだ?」

「貴様という奴はぁっ!?」

「ドス……ステイ……ステイ……」

 

 険悪だったムードが嘘のように、統一感の無い連中が言葉を交わしだした。時折怒声が混じるが、そこに本質的な怒りの感情が含まれていないのは明白である。

 しんみりしていた空気が徐々に温まっていく中、マトイは大きく溜息をついた。少しだけ溜飲が下がった様な気分だったからだ。

 スラムの住人の安否が担保されたことは勿論である。

 だが最も重要なのは、お嬢様が気兼ねする理由がなくなったということ。


 そう思いながらふと見ると、マトイと同じく安堵の表情を浮かべているノーリと目が合った。

 

 向こうも同じようなことを考えていたのか、ぴったり同じタイミングだ。


 お互いがそれに驚き、照れ、そして笑い合う。

 

 ノーリは微笑み、マトイは苦笑し……

 

「それよりもぉ、気になることがあるんだけどね?」

「うぉっ!?」


 突如、怪物コスプレ女が2人の間に飛び込んでくると、甲高い声を上げた。ノーリに集中していたマトイは、驚いて後ずさるが、女は構わずに詰め寄ってくる。そして開かれた胸元を強調するように両腕を組みながら、ぺろりと舌で唇を舐めた。

 スラムの通りに立つ商売女たちと同じ、男を魅了する仕草だ。だが、あからさまに男に媚びている彼女らと違い、この女のそれは洗練されていてわざとらしくない。とても自然で様になっている。


「貴方、中々いい男だけれど。一体どんな理由でここに居るのかしら?」

「な、なんだよ……」


 突然息がかかりそうな距離にまで近づかれ、マトイは困惑気味に怪物女、フィーアを見た。

 露出の多いドレスを着ているということもあるが、やはりお嬢様よりもはるかに女性的な魅惑に溢れている。コスプレ要素を差し引いてもお釣りがくる程にいい女だ。

 だがマトイ個人としては、彼女の様な強すぎる色気は胃にもたれそうで好きになれない。


 なれないのだが……


 それなのに、どうしてだろうか。

 その怪しく光る眼を見ていると、どんどん惹きつけられていくような気分になる。

 この女のことを考えずにはいられない。


「ふふっ」

「う……む……?」


 マトイは自分の思考力が急激に低下していくのを感じた。

 だが、抗えない。

 この女を、いつまでも見つめていたい……








「喝っ!」








 くらくらし始めたマトイと怪物女の間に、突如ノーリが叫びながら割り込んできた。

 そして大きく右手を持ち上げ、マトイのとろんとした顔面に向かって振り抜く。


 ばっしぃぃーーーん!


「げぶほぉっ!?」


 捻じ切られるような勢いで首が後ろの方へ回り、それでも余った勢いで全身がくるりと独楽の如く半回転。直後、マトイは糸が切れたように床に転がった。

 右の開手かいしゅを突き出し、見事な残心をとるノーリが、怪物女を睨みつける。


「フィーアさん! ナチュラルに“魅了”しようとしないでください! 私の恩人なんですよ!」

「あらぁ、いいじゃないのよ。素敵な殿方を放っておくだなんて、男の面子を潰すようなものよぉ」

「粉をかけるみたいに言わないでくださいよっ。ああもう、マトイさん! 気を確かにもってくださいっ!」

「いや、今の一撃で意識が飛びかけたんスけど……」


 自分の意志とは無関係にビクンビクンと痙攣しながら、マトイはどうにか返答した。

 立ち上がろうとするが、手足が言うことを聞かず、上手くバランスを取れない。酷い脳震盪を起こしているようだ。


「ノーリ様、腕を上げられましたね」

「腰と気の入った、いい一撃だったのぉ。80点じゃな」

「ところであの男の首、180度くらい曲がりませんでした?」

「クリティカル・ヒット……再起不能……」

「まるで死にかけた魚のようだな、あれは」


 いつの間にやら野次馬と化していた面々が、口々に好き勝手なことを喋り出す。

 冷たい床に横たわったまま、マトイは歯がゆい思いでそれを聞いていた。


「それでノーリ。貴女は何故、彼をここへ招いたのぉ? 」


 揺れる視界の中で、怪物女がノーリの顔を覗き込むようにして問うた。するとノーリは、帽子の鍔を掴んで顔を隠す。手と帽子の隙間から、少し頬が紅潮しているのがどうにか見えた。 


「えぇと、それはですねぇ……」


 モジモジと身体をゆすりながら、もにょもにょと口籠るノーリ。言ってしまいたいが言いたくない。そんな相反する思いが如実に見て取れる子どもっぽい仕草だ。

 酷く嫌な予感がするので止めに入りたい。だが身体の自由が利かないし、これ以上無体を働かれては身が持たない。


 マトイが戦々恐々と見守る中、娘は勢いよく宣言した。
























「彼を、団の一員としたいのです!」


『えぇっ!?』



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