閑話・元勇者ハリマの苦難
ハリマの工房が創業して以来、初めての大盛況であった。
開店から二十分。店内はかつてない規模の人々が詰め掛けており、どころか入りきれない大多数が店の外にまで長蛇の列をつくっている。今日も今日とて閑古鳥の鳴く中、せっせと切子製作に精を出そうとしていたハリマだったが、すでにその来客への対応で一日分のエネルギーを使い果たしつつあった。
これが純粋に、自身の拙い作品を買い求めて訪れてくれた者たちばかりであったのならば、ハリマは狂喜乱舞したことだろう。
だがそんな都合のいい話は、世界のどこにも―創造主がまだあった頃ならいざ知らず―存在し得ない。
「勇者様! なにとぞ我らの願いをお聞き入れくだされ!」
たっぷりとした白髭を蓄えた初老の男が、商品である切子のコップを差し出しながら喚いた。
痩せ気味の身体を包む上等な紺色のジャケット。襟や肩に施された精緻な刺繍と飾りボタンが、眩い金色の輝きを放っている。染み一つない真っ白なパンツの腰元には、やはり美麗な細工がされたレイピアがあった。
先ほどの自己紹介によれば、どこぞの王侯貴族なのだとか。ハリマの店には似つかわしくない手合いだ。
「お買い上げありがとうございます。金貨一枚になります」
ハリマが疲れきった営業スマイルで応じると、その貴族様はおもむろにぱちりと指を鳴らした。すると背後の列から数人の燕尾服の男たちが進み出る。どうやら従者たちのようだ。
男たちはいったいどこに隠し持っていたのか、巨大な宝箱を取り出した。蓋を開くとそこには、ぎっしり詰め込まれた金貨が目もくらむような輝きを放っている。
貴族様が言った。
「どうぞお納めください。ほんの手付金でございます」
「いえ、結構です。多すぎます」
ハリマが遠慮がちに宝箱の一つに手をいれ、磨きぬかれた硬貨を一枚だけそっと引き抜く。すると貴族様は悲痛な声を上げた。
「今こそ貴方様の御力が必要なのです! 勇者ハリマ様!」
「“元”勇者です。今はしがないガラス職人です」
「この混沌とした状況を打破できるのは、貴方を置いて他には」
「お断りします。それと後ろがつかえてますんで、退いていただけませんかね」
「しかし勇者さ……」
「またのお越しをお待ちしております」
ほとんど無視するような形で、包装した商品を押し付ける。貴族様はがっくりと肩を落とすと、従者を連れてすごすごと退散した。それでもハリマが丹精込めてこさえた切子を大事そうに抱えて行ってくれたので、お辞儀だけはしてやる。
「ご機嫌麗しゅう、ハリマ様」
入れ替わるようにカウンターに立ったのは、なんとも気の強そうな美少女だった。
かなり高価そうな真っ赤なドレス。形のいいバストを強調するためか、胸元が大きく開いたデザインになっている。さらに恐ろしいことに、左右に下ろした長い金色のツインテールが、ぎゅるぎゅるとドリルのようにねじれていた。
地球にいたころにアニメやマンガで良く見た、ヒロインポジションのお姫様とかお嬢様とかのイメージとぴったりだ。現実で目にすると、少々引いてしまう
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか」
ハリマが頭痛に耐えつつ応対すると、その女性はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「買い物に来たわけではありません。貴方の妻となるために参りました」
「……左様で」
だったら帰りやがれ! という言葉をどうにか飲み込んで応対を続ける。
この少女に限った話ではないが、今朝からハリマの店に詰め掛けている連中は、誰もかれもがハリマに対し『勇者であること』を望むのだ。これで店の品を買ってくれるのならどうにか客として扱ってやれるが、そうでないならとっとと追い出してやりたいくらいである。
「ご存知でしょうが、私の名はユーレンデッド。オチケット皇国の第二皇女です」
「申し訳ありません。どちらも存じません」
「このたび遠路はるばる参りましたのは、貴方に再び勇者として起っていただくためです。私はその贄。人身御供ということ」
「あー。それはそれは災難でございますね」
「まったくですわ。皇族に生まれたからには、政略結婚にこの身を捧げることも覚悟していましたが……こんな冴えない、父上と同じくらいの年齢の男との婚姻だなんて」
少女が、さも小馬鹿にしたようにねめつけてくる。これではハリマを懐柔しに来たのか怒らせに来たのか分からない。というか本当にお姫様だったのか。逆に驚きだ。
「僭越ながら、それでは婚姻などお止めになられては? ……それにこっちだって願い下げだし……」
と、後半の方は小声でそっと呟く。しかしお姫様は大仰な仕草で首を振った。
「そうはいきません! 愛すべきオチケットと、そしてこの世界を思えばこそ! 私が犠牲になるしかないのです!」
「遠まわしだけど酷い言いようなのでは?」
「とにかく! 私にとっては甚だ! は・な・は・だ・不本意ではありますが!」
なんか雰囲気に酔っ払ってでもいるのか、お姫様が自分の身を抱きながらその場でくるりと一回転した。そして肩越しにハリマを見つめる。その両の頬は決して見間違いなどではなく、真っ赤に染まっていた。
「あ、貴方さえよければ……その。妃になってもよろしくてよ?」
それきり黙りこくる。ハリマの応答を待っているのだ。他の客たちも一切の動きを止め、固唾を飲んで二人を見つめていた。
まったく勘弁して欲しい。ハリマはこめかみを押さえて逡巡すると、意を決して述べた。
「大変無礼かと存じますが……お断りします」
「……え?」
お姫様が素っ頓狂な声を上げた。予想外のことだったらしい。色々と可哀相なことだが続ける。
「貴女様は大変にお美しいと思いますが、私の好みではありません。オタクに媚び媚びで鼻につくんです。というか盛りすぎです。お姫様に金髪ツインテールに巨乳にツンデレって、もう設定だけで胃もたれしちゃうじゃぁないですか」
「え? え?」
「ちなみに私、80年代あたりのアニメヒロインのが好きなんです。ぶっちゃけ貴女は、ストライクゾーンから外れすぎているんですよね。いや申し訳ない」
「……ぐすん」
多分恐らく、ハリマの言っていることの半分も理解できていなかっただろう。しかし自身が酷い侮辱を受けたことだけは察したらしい。お姫様はがっくりと肩を落とすと、涙をこぼしながらすごすごと退散していった。
うーむ、言い過ぎたか。他の客たちからの微妙に非難めいた視線が痛い。だが、あんな心無い求婚をされる方だってたまったものではないのだ。
「いやはや、相変わらず手厳しいお方ですな」
若干の後ろめたさに苛まれるハリマの前に、新たに男が現れた。
今度は騎士風の美丈夫だった。というのも、わざわざ豪奢な鎧なんて身に着けているのだ。年齢はハリマと同じくらい。一見すると整った顔立ちで、しかも昔ハリマを苛めていたグループの主犯格の男と似ているのだが……じっと観察するとわずかに。ほんとうにわずかにだが、鼻筋が歪んでいるのが分かる。何か過去の怪我によるものだろうか。
騎士がカウンターの上にいくつもの切子を置いた。陳列してあったものをすべてかき集めたのだろう。それから、キザったらしく長い茶髪をかき上げて言う。
「お久しぶりですね。お元気そうでなによりです、ハリマ殿」
「はい? どこかでお会いしましたか?」
「覚えておられませんか。まあ十年以上も前のことですからね」
騎士が笑みを浮かべた。その拍子に真っ白な歯がキラリと輝いて……否、前歯が五、六本ほど、ごっそりと抜け落ちている。
「あ! あんたはまさか!?」
ぎょっとすると同時に思い出す。ハリマが勇者としての役割を捨て、逃げるきっかけとなった出来事。創造主に選ばれし主人公という立場を利用した、邪悪な行いの犠牲者。
「ええ。かつて貴方に喧嘩を売って、そしてあっけなく返り討ちにあった男です。記憶していただけていたとは、光栄の極みですな」
「えぇ、いや、その、はい。……その節はどうも、本当に申し訳ないことをしてしまって……」
「お気になさらず。元はといえば、私が挑発をしたのが原因でしたから」
「いや、まぁその。それでも手を出してしまったのは事実ですから。はは……」
ハリマは滝のような汗をかきながら、手早く商品を梱包していった。もはやこの騎士との過去は、学生時代に苛められていたこと以上のトラウマである。会いたくはなかった。
すると騎士の目がきらりと光った。
「いま、ちょっとでも『すまないな』って思いました? 思いましたよね?」
「え。まぁ、はい」
「でしたら! ぜひとも私の願いをお聞き入れください! 貴方様には勇者として……」
「あ、それについてはお断りします」
ハリマは真顔に戻ると、商品を詰めた木箱を差し出した。騎士が勢いよくずっこける。
「ここは頷くところではありませんか!? 流れ的に!」
「まったく別の話ですので。それと、全部合わせて金貨二十枚になります」
「うーん、結構高いですな。いやそうではなくて! ここは私に対する無体への罪滅ぼしとして、なにとぞ!」
「だから、私はもう勇者は引退したんです。さっさと代金払って帰ってください。でないと営業妨害でまた殴ります」
「あううううう……」
取り付く島もないハリマの態度に、騎士は美しい顔をくしゃくしゃに歪めた。懐から取り出した財布をひっくり返して、中身をカウンターにぶちまける。そしてがっくりと肩を落としながら箱を抱え、すごすごと退散していった。
金にも女にも転ばないとくれば、情に訴えかけるか。よくもまぁいろいろと手を考えてくるものだが、残念ながらハリマの腹は最初から決まっている。
「え~、お待ちのお客様がたに申し上げます。たった今、商品が売り切れとなりました。よって本日は店を閉めさせていただきます」
『ええーーーっ!?』
詰め掛けていた客たちが一斉に悲痛な声を上げた。
「勇者様、そんなご無体な!」
「“元”です。今はご覧の通りのガラス職人です」
「まだ我々の用件が済んでおりません!」
「商品がなくなったのに店を開けといても仕方ないでしょうが」
何年も売れなかった在庫まですっからかんだ。今日の売り上げだけで数年は食っていける。
以上、お終い! 解散! お疲れさん! しばらくの間は店を締め切って、ゆっくりと作品製作に打ち込むこととしよう。
そうと決まれば善は急げだ。ハリマは喚く人々を追い出しにかかった。するとまた、新たな人影が前に進み出る。
「ハリマ様。どうか話を聞いていただきたい」
「しつっこいなぁ。いい加減に……って、うわ!」
その人物を見るなり、ハリマは思わず身構えた。
盛り上がった二つの目。ぬめった、ところどころに黒いまだら模様のある緑色の肌。大きく裂けた口。
カエルだ。直立するカエルだった。しかも何のつもりか、忍者装束なんぞを着込んでいる。
「モンスターか!?」
「お待ちください! モンスターではありますが、害意など微塵も持ち合わせておりませぬ!」
カエル忍者が、慌てて水かきのついた両手を突き出してくる。なんだか時代劇のような口調で話すやつだ。
「拙者、カジカと申します。此度は“被造物”の名代の一人として参りました」
「被造物?」
「貴方様もご存知でしょう。主人公連合による聖戦を。そしてその最中に起こったことを」
「……ああ。俺もその場にいたから」
思い起こすだけで、また全身が震えそうになる。
暴虐を尽くすトカゲ頭の化け物。
ひしめく黒い影。
悲鳴と死。
恐怖。
恐怖。
恐怖……
多くの主人公たちと、そして創造主が滅びた。この場に押しかけた連中の言うとおり、今やこの世界は混沌の真っ只中にある。
「あの大災厄により、拙者たちは従うべき主を失いました。この場のほとんど全員がそうです」
カジカが背後に視線を送ると、客たちが哀しげな表情で頷いた。
被造物というのはつまり、ハリマら主人公にあてがわれたこの世界の住人たち。つまりはヒロインや引き立て役、賑やかしといった者たちのことだろう。
ハリマは顔をしかめた。
「それで? 今度は俺にご主人様の代わりになってくれってことか? 願い下げだね、冗談じゃぁない」
真実を知った今、もうそんな生ぬるい環境に甘んじる気にはなれない。惨めな負け犬なら大喜びで跳びつくのだろうが、ハリマはそうではない。そうでありたくはないのだ。
しかしカジカは、懸命に訴えてくる。
「拙者たち被造物には抗しえない相手がいるのです! ハリマ様には、その者たちと戦っていただきたい!」
「なんだそりゃ? この期に及んでまた魔王でも出たってのか? それこそ……」
「違います! 貴方様と同じ、主人公の生き残りです!」
「そりゃ、いったいどういう」
あの極限状態を生き延びた、あるいは最初から参加すらしていなかった主人公たちがいることも知っているが、そいつらと戦えとはどういうことなのか。
と思っていると、不意に何者かの声が響いた。
「それは彼らが、主人公として振舞っているからよ。未だに自身こそが世界の中心であるとはき違えて」
「っ!?」
外から列を割って、一人の女性が店内へ足を踏み入れる。その姿を目にするよりも早く。声を聞いた段階で、ハリマは全身を硬直させていた。
妙齢の女性だった。青一色の毛皮のコートにスカート。それに帽子。腰まで届く長いストレートの金髪。ああ、なんて懐かしい。年甲斐もなく、初対面のときのように胸が高鳴る……!
「久しぶりね、ハリマ」
「め、メーテル。まさかこんなところに」
まったく攻撃的ではないのに、強い意志の込められた声音。萎縮しそうになってしまうが、それ以上に再び顔を合わせられたことが嬉しくてならない。二度と会うまいと心に決めて飛び出してきたというのに。
「しばらく見ないうちに……その。ますます綺麗になったね」
「下手なお世辞ね。十五年も経ったのよ? もうおばさんだわ」
「そんなことないよ。なんていうかな、昔よりずっと大人びて。俺は今の君の方が好きだな」
「え? そ、そうかしら……?」
メーテルと呼ばれた女性が恥ずかしげにうつむく。
今のはハリマの、偽らざる本音だった。彼女のその名も、容姿も。いずれもハリマが愛して止まない名作アニメのヒロインそのものだ。まさに願望が具現化したような存在。
そう、つまり。彼女も被造物の一人ということか。
「ハリマ?」
「いや。ミンメイやセイラは? それにラムも。無事なのか」
「皆、エプォーランに。戦いに備えているわ」
「……俺以外の主人公は皆、まだ好き勝手しているのか?」
「ええ。創造主の力を残しているらしくて、私たちが束になっても対抗できない。すでにいくつかの派閥に分かれて、戦争の真似事まで始めていて。それに巻き込まれる形で、私たち被造物にも少なくない被害が出ているわ」
なるほど。あのザインとかいう連合の頭目が倒れ、誰もが新たな覇者となることを画策しているというわけか。箱庭でしかない偏狭なこの世界で、ご苦労なことだ。
「それは災難だったな。せいぜい無事でいられることを祈ってるよ」
「……起ってはくれないの? 私の。私たちのために」
「そもそも俺は喧嘩なんかできない人間なんだ。だから勇者なんて無理だよ」
「そんなことはないわ! 貴方は件の聖戦の最中、邪悪な魔物の群れにたった一人で立ち向かったそうじゃない。まさに勇気ある者としての振る舞いだわ」
「どこがだ。小便漏らしてみっともなく震えてたんだ。俺が勝てるのは、君たちみたいな被造物だけさ。創造主が用立ててくれた相手だけ。それ以外には勝負にもならない」
「でも……」
「いい加減にしてくれってば!」
我慢しきれなくなり、ハリマは喚いた。
「そうやって俺を頼るのは止めてくれ! 俺は情けない男だ、勇者なんかじゃない!」
オタクで。だから苛められてばかりで。受験に失敗して。引きこもりになって。ずっとニートをしていて。この世界に召喚されて、自分こそが主人公であると勘違いして。それがハリマの本性だ。誰かのために何かをしてやれるほど、まだ人間ができていない。
しかしメーテルは静かに首を振り、きっぱりと言った。
「でも、貴方は確かにもっているわ。勇気を。意志の力を」
「なんだと?」
「邪神の眷属たちが跳梁するあの場で、貴方は逃げることもできた。でもそうはせず、どころか同じ主人公を助けようとした。それは貴方に、紛れもない意志の力があるからでしょう」
「……」
「私たちは、貴方たち主人公の慰み物として創造された。しかし創造主が滅んだ今、私たちは人形ではなく、人として生きねばならない。皆が生きたいという意志をもっている」
「だから俺の力が必要だと?」
嘱託されて、戦って、ちやほやされて。結局それでは前と同じではないか。戦う相手が魔王やモンスターではなく同族になっただけのこと。
「戦うだけではない。人としての生き方を学ばせて欲しいの」
「それこそ無理な話だな。半端者の俺なんかには」
「お願いよ、ハリマ。私たちを導いて欲しい。それに私、まだ貴方のことを……」
「それは、君の本当の感情なんかじゃない」
すがり付いてくるメーテルをやんわりと引き離し、ハリマは言った。
彼女を含め、この世界の一切は主人公を喜ばせるためだけの存在だ。思考や言動の根底にも必ずそんなプログラムのようなものが潜んでいる。だから彼女は、本当の意味でハリマを愛してなどいなかったはず。そうなるようにコントロールされていただけだ。
拒絶されたメーテルは、少しだけ瞑目した。そして軽く息をついてから、まっすぐにハリマを見つめる。
「確かに、貴方へのこの想いは、創造主から植え付けられたものなのでしょう」
「……ああ」
分かっていたことではあるが、こうはっきりと言われてしまうとさすがにつらい。十五年前までの幸福だった日々。その思い出のすべてが無価値だったとなれば、いよいよ救われない。
ほとんど絶望的な思いで、ハリマは顔を背けようとする。しかしメーテルに両手で顔をつかまれ、引き戻された。強い眼差しに射抜かれ、ハリマは抵抗することすらできずに彼女を見つめ返した。
「たとえ、紛い物の感情だったとしても……」
不意にメーテルがはにかんだ。初めてお互いに愛を告げ、結ばれたときとまったく同じ表情だった。
「私、とても幸せだった。今でもそうよ? また貴方に会えてとても嬉しい。たしかにそう感じている。それでもう、充分じゃない」
顔から火が出そうな思いだった。同時に、ああ何と言えば良いのか。
すごく、心が満たされていく。幸福だった。
たとえお仕着せの愛だったとしても、それと理解した上で受け入れてくれるだなんて。なんていい女なのか。
「ハリマ。貴方はどうなの? まだ私のことを……」
「そ、それは」
「愛していない? 所詮は作り物の、人形に過ぎないから?」
「いや、そんなことはない。俺だって君のことを愛して……いる」
ハリマがメーテルの両手に自分のそれを重ねた。そしてしばしの見つめあう。十五年という長い月日を埋め合わせるように。やがて両者はゆっくりと顔を近づけていった。そして二つの唇が重なり……
「あの、お二方」
残念ながら、逢瀬は長く続かなかった。カエル忍者が居心地も悪そうに身をよじりながら声をかけてくる。見れば、他の客たちも似たように身体を揺すったり咳払いをしたりしていた。
「なんだよ、ここは空気読んで二人きりにしてくれよ」
「そうはいきませぬ。それで、どうなのです? 拙者たちの願い、聞き届けていただけますかな?」
「あ~もう……」
ハリマはメーテルから離れ、大きく溜息をついた。
自我のない人形どもによる、ゲームやなんかの『クエスト』や『ミッション』のような頼みだったら、絶対に聞くつもりはなかった。そいつらに祭り上げられ、空しい思いをするのも御免だった。
しかし惚れた女から。そして生きようとする人々から意志をもって請われたならば、人として応じるのは当たり前のことだ。
「分かった、やるよ」
ハリマが短く宣言すると、わっと歓声が上がった。
カジカが元気よく跳びはね、客たちが涙を流して抱き合い。そしてメーテルが、静かに優しい笑みを浮かべる。
「でも俺は、勇者にはならない。あくまで、ただのハリマとして協力する。それでもいいか?」
「ええ充分です」
ハリマの言葉に、メーテルが頷く。
「ありがとう、ハリマ。そしてお帰りなさい」
―大変なことになっちまったなぁ
―ナイン、お前は無事か? まさか死んでなんかいないよな?




