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偏狭な世界・32

―シネシネシネ

―違うな。死ぬのはお前だ

―コロスコロスコロス

―違うと言ったろう。殺すのは俺。殺されるのはお前だ



 ここはザインが魔法を使って用意した、即席のアジトだった。

 即席とはいってもそこは魔法によるものなので、広さはちょっとした屋敷くらいはあるし、なんなら十数人が一週間は寝泊りできる程度の備品や備蓄がある。

 いまザインや“仲間”たちがいるこの部屋1つとっても、昔努めていたブラック企業の会議室の、倍以上はある。

 そしてその部屋には、錚々(そうそう)たるメンバーが顔をそろえていた。

 所有スキルが星の数程もある、『ホルダー』のドラグナー。

 潜在魔力が無限大を誇る、『インフィニティ』のヘルス。

 魔王軍を相手に8年間休まず戦い続けた伝説をもつ、『インヴィンシブル』のジャック。

 ただ一度のスキルによる攻撃で1000体以上の魔物を屠る、『エクスターミネーター』のモービアス。

 他にも、同レベルの強者が数名。

 この異世界へと誘われた名だたる主人公ヒーロー・ヒロインたちの中でも、“特に”最強、無双と称される者たちだ。その実力は並みの転生者、転移者、被召喚者たちの追随を許さないチート級。まさに英雄というやつである。

 しかしながら、その外見については、少しもそれっぽくなかった。

 まずもって、過半数が個性に欠ける装いである。どいつもこいつも、場末のアパレル店のセール品のような、簡素すぎる上下を着て。母親に服を買ってもらう引きオタニートでもあるまいし、外面というのを気にしたことはないのか。

 他も他で問題だ。何しろ衣服をまとってすらいない。というのも、身体の形が人から大きく逸脱していて―ぶっちゃければ、モンスターなのだ。それも、ものすごく低級の。中には生物かどうかすら疑わしい者までいる。


―この面子の中では、まっとうに吸血鬼ヴァンパイアをやっている我輩の方が、変わり者と思われそうだな


 一癖も二癖もありそうな英雄たちを睥睨しながら、ザインはそんなことを考えていた。

 まったくこの連中をこの場に引きずりだすのには、相当な苦労を伴った。どいつもこいつもプライドばかりが異常に肥大化していて、そのくせ社会性というものが微塵も身についていない。

 何が何でも自分が一番。そればかり。

 そんな狂犬じみた阿呆どもが同じ空間にいては、五分と立たずに殺し合いが始まってしまいそうだが、それがどうにか収まっているのは共通の敵が存在しているからである。

 ザインが提示してやったのだ。強大な敵を。強大すぎる敵を。


「おい、何をへらへらしていやがる」


 英雄の1人が、神経質そうに声を上げた。

 ザインの眼前に横一列に並べられた椅子の、その1つに腰掛けていた、まだ高校生くらいの少年だ。ここに到着してからずっと落ち着きなく身体をゆすっていたが、それが武者震いの類でないことは明らかだった。

 見れば、他の連中もたいがい似たような有様だ。ぶつぶつと独り言を呟いていたり、まんじりともせず床や天井を睨みつけていたり。これから一働きしてもらわねばならないというときに、使い物にならないのでは困る。

 ザインは軽く鼻を鳴らすと、やれやれとばかりに答えた。


「いや別に。ただ、しけた面をしているなと思ってね」

「なんだとっ!?」

「しけた面だと言ったがね。ああ、君だけではないよ。そろいもそろってしょぼくれて。これから命がけの戦いに赴くってんで、気後れしているらしい」


 その言葉に、たちまち他の英雄たちも色めき立った。

 

「……聞き捨てならないな」

「ああ。俺たちが怖気づいてるってのか?」

「ザインお前、偉そうにすんなよ……!」

「偉そうもなにも、我輩はリーダーとして諸君を率いる立場だろう?」

「それだよ! なんだってお前なんかが!?」

「民主的に決めたろう。後になってから文句を言うのはやめてくれないかな」


 ザインはここに、『主人公連合』の総大将として存在している。

 この異世界へと誘われた数多の主人公たち。その“各ジャンル”ごとに寄り合ったグループを統括している英雄たちの、さらに上位の指揮官。つまりは最高権力者としてだ。

 選出にあたっては、厳正な投票システムが用いられた。連合に加わる意思を示した主人公一人一人が、“連合軍”を率いるのに相応しいと信ずる候補に対して一票を放る。地球の選挙と同じだ。

 そしてザインは、見事にその地位を勝ち取ることとなった。

 居並ぶライバルたち。具体的には、この場に集ったザイン以外の英雄たちに、大差をつける形で。 


「ただの多数決だろ! 本当は俺よりも弱いくせに!」


 結果に対して不満たらたらだった英雄たちは、ここぞとばかりに口々に喚きだした。


「知ってるぞ! お前、あっちこっちで賄賂やら女やらをばら撒いてるらしいじゃないか!?」

「汚ない野郎め!」

「工作した選挙なんて無効だろうが!」

「それもまた、民主主義の真実というやつだよ。不服なら採決をしなおすかね? 今? “この状況”で?」

「ぐっ……」


 言葉に詰まった英雄たちが、悔しげに表情を歪ませる。しかしここまでの舌戦、ともいえない幼稚な罵り合いによって、血の巡りは良くなったようだ。ザインよりも青白かった顔が、ずいぶんとマシになっている。


―とはいえ、そろそろ限界かな


 ここにきて、勢いあまって謀反でも起こされてはたまらない。拳を振り上げるのならば、ザインにではない。敵にだ。

 今にも詰め寄って来そうな勢いの英雄たちに対し、ザインは鋭い犬歯をむき出しにして笑うと、あっさりと態度を翻した。


「失礼した。諸君があんまり緊張しているようだったのでね。我輩なりに、それをほぐしてやろうと思ったのだよ」

『なっ……』

「ああ、無用な心配だったかな? そうだろうねえ、何せ諸君は主人公たちの中でも、さらに上位の英雄だしな。感情のコントロールなど簡単か」

「あ、当たり前だっ。俺はそれなりに場数を踏んでるんだぞ」

「俺だってそうさ。ビビったりなんかするもんかよ」

「だいたいな、この中で一番弱いお前に心配されるいわれはねーよ」

「いやはや、重ね重ね失礼した。ま、総大将なんていっても形だけだからね。諸君の邪魔になることはしないと誓うよ」


 憤慨しながら席に戻る英雄たち。それを横目にザインは、安堵半分、そして呆れ半分でいた。 

 なだめてすかして挑発して、こうまで面倒を見てやらねばならないとは。これで英雄などとは笑わせる。まるっきり社会経験のないガキ同然ではないか。チートスキルだ現代知識だともてはやされてはいても、所詮この異世界で彼らが積んできたのは温い経験だ。

 与し易い敵。

 難なく解ける謎。

 容易く跳び越えられる障害。

 残念ながら、ザインにとってもそうだった。

 しかし、今からぶつかる敵は、そのいずれでもない。これまでの人生で。ひょっとするとこれからも含めて、最高にして最悪となる強敵だ。

 だから、怖がるのも無理はない。恐れるのも無理はない。


―だがそれでも、役に立ってもらわなければ困る


 ザインは他の者に悟られぬよう、そっと奥歯をかみ締めた。


 ワーレン平原。

 誰が最初に言い出したのかは知らないが、そこは『世界の中心』と呼ばれていた。

 何処までも、ただただ草原が広がるばかりの、他には何もない平地。有史以来ただ一つの文明も栄えたためしがないとされているそこに、ザインらのアジトはあった。

 無論、魔法やスキルによって完璧に隠蔽されているので、外から見ただけではまったく分からない。そして同様の施設が、この地におよそ数千箇所、散り散りになるように設置されていた。

 いずれもザインとその部下のNPCたちが、総勢30万人の主人公たちのために用意した仮の宿舎。連合軍の駐屯所である。

 ここまでの準備を整えるのに、ザインはとてつもない骨を折った。もちろん部下たちもだ。

 先ほど英雄たちが指摘したとおり。金やら女やらをばら撒いて、戦力になりそうな主人公たちに片っ端から声をかけ。戦いの果てに手に入るであろうものを皮算用してやって。ときには言葉巧みに報復心を煽り。それでどうにか、軍と呼べるだけの所帯をそろえて。

 他の主人公モブたちからの人気を得られたのは、まったくの想定外だった。ザインとしては別に、選挙で票を得るつもりも、ましてやリーダーになるつもりもなかった。

 なぜならすべてが上手くいけば、こんな有象無象の寄り合い所帯の中での一番ではなく、本物の一番になれる。


 そしてそれこそが、ザインがこの連合軍をでっち上げた目的なのだ。



 すべてはザインが、この異世界にて正真正銘の。




 “たった1人の主人公”となるために……













『報告! アラインの構成員に動きあり!』


 ザインと、そして英雄たちの脳内に、スキルによるメッセージが届いた。

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