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偏狭な世界・27


 覚醒と同時にベッドから跳ね起きる。

 肩や二の腕のあたりを軽く揉んで、身体の具合を確認。

 問題なし。再生能力は絶好調だ。昨日の格闘訓練によって断裂した筋組織も、内出血の痕も、大小十数か所の骨折も綺麗に消えている。

 疲労もほとんど残っていない。麗しのメイド様による栄養バランスの取れた食事と、それとシャワーとベッドのついたすばらしい個室のおかげだ。

 しかしながら……


「気が滅入るぜ、クソが……」


 体内から湧き上がってくる活力をかえってわずらわしく思いながら、ナインはうなった。

 時刻は6時ちょっと前。完璧な体内時計が我ながらいらだたしい。このままグズグズしていたいのが本音だが、軍人時代に叩き込まれた習慣がそんな怠惰な振る舞いを許してくれない。


―健全な精神は健全な肉体に宿る、だったか


 故郷の世界において、戦時スローガンとして用いられていた言葉だ。現在の自分を鑑みるに、どうも当てはまらないようだが。

 渋々と壁面の収納箪笥を引き出し、着替えを始める。糊付けされ、アイロンがけされたワイシャツ。毎度のことながら、タム姐さんには頭が下がる。

 いつものスーツに身を包み、懐に熱戦拳銃レーザー・ガンをしのばせ、誠に遺憾ながらも準備完了。自室を出る。

 と、廊下に足を踏み出したところで、折悪くノーリとチィに出くわしてしまった。今日も今日とて、2人そろってとんがり帽子にマントという奇態な姿である。 


「よ、よぉ」


 一瞬硬直しかけてから、慌てて作り笑いを浮かべるナイン。今一番会いたくない相手だ。だが、それをあからさまに表情に出すのはマズイ。


「お、おはよう2人とも。今日もいい天気だな」

「おう、おはようナイン。でもここからじゃぁ外は見えないだろ?」

「そうだったな。まぁなんでもいいけど……」


 にこやかに挨拶を返してくれるチィにテキトーに応じつつ、ちらりと視線を隣に移す。しかし肝心の団長様の方は、まともに反応してくれなかった。軽く一瞥をくれただけで、さっさと先に行ってしまう。


「おい、ノーリ」

「ふんだ」


 思わずノーリの背中に向かって声をかけるが、取り付く島もない。そのまま大股に足を踏み鳴らしながら行ってしまう。


「こりゃ駄目だな」

「なんだってんだよ、クソが……」


 呆然としているナインの肩を、チィがポンポンと叩く。気安い笑みを浮かべながら。


「ああなると、ノーリは頑固だからなぁ」






 戦時体制へと移行したアラインであるが、団員達の1日の行動にはさしたる変化はなかった。

 朝、昼、晩はいつも通りに全員で食事をするし、各々が好き勝手に暇を潰す。アラインの指針である“生きる”という行為を、相変わらず実践し続けている。

 ……否。一点だけ、大きく違う点があった。


「ドス、貴様の方はどうなっている?」


 大会議室での、全団員が顔を合わせる朝食の席。

 そろそろ頃合いと判断したのか、司会進行役のスィスがおもむろに訊ねた。メインディッシュを早々に片付けてしまい、煙管片手にすでに食後の一服モードだ。

 

「応。昨日は5人ばかし潰しておいたぞ」


 ドスがつまらなそうに答える。こちらはまだ食事中で、5皿目のお代わりに突入しているところだった。


「本当に潰してもらっては困るぞ。抵抗の意思まで挫いてしまっては元も子もない」

「案ずるな。軽く撫でてやっただけじゃ。軽~くな」

「貴様に撫でられて、ただで済む者などいるものか」

「そんな程度のやつらが、二度も突っかかってくるものかよ。いま潰したところで問題あるまい」


 行儀悪くガツガツとスクランブルエッグを貪るドスの両目には、明らかに怒りの炎がチラついていた。此度のアラインの方針転換の原因への感情が、未だに処理し切れていないのだ。5人というのは、憐れにもその捌け口の対象とされてしまった異常者達のことである。


「ふん。ではフィーアは?」


 隣の席で、朝からワインなんかを飲んでいる魔人女に声がかかる。


「私は1人だけよぉ。最強の魔法使いっていうからぁ話してみたんだけどぉ。結局レベルとかジョブとかいうゲームっぽい知識かなくてぇ。魔法の本質なんてちぃとも分かってなかったわぁ」

「きちんと後腐れを“残しておいた”だろうな」

「もちろんよぉ。大勢の前で小馬鹿にしてやったらぁ、顔真っ赤にしてたわぁ。可愛らしいぃ」


 上品に笑うフィーアを横目に見ながら、ナインは苦々しい思いを抱いていた。

 情勢の変化に伴い、“異常者”たちへの対応が大幅に改定されることとなった。厳禁とされていた能動的アクティヴな接触が解除され、こちらから奴等にちょっかいを出せるようになってしまった。

 そして恐ろしいことに、団員達はそれを毎日のように実行している。

 最強だの無双だのを自称する者に喧嘩をふっかけてはボコボコにし、中途半端な知識で現地人をこき下ろす者にはさらに専門的なそれでマウントをとり。そしてこれが一番キツイのだが、劣情を催して近寄ってくる者に対して、こっ酷い罵詈雑言をぶつけるのだ。


 何のためか? それは決まっている。

 戦争をしようというのだ。あの異常者たち全員と。


 今は煽動の段階だ。もともと分析の過程で、連中の幼稚かつ制御に欠ける精神性については判明していた。こうして挑発を続けていれば、そう遠くないうちに爆発するのは目に見えている。 

 トリーとスィスなどは2人がかりになって、異常者達が結託するようにとあちらこちらで糸を引いているという話だ。 


「全体的な進捗はどうだ?」

『はいはい、ただいま!』


 全身擬体のピャーチが、卓上に立体投影を開始した。

 例によって、グラフ化されたデータなどが空中に映し出される。


『トリー様やタムの調査により、異常者たちの大小210のグループにて、いずれもアラインに対する嫌悪度が9割を超えているという結果が出ました! よい兆候ですね!』

「……結構……大変だった……」

「人数だけは多かったですからねぇ」


 トリーとタムたちが肩をすくめた。この世界で主人公ヒーロー・ヒロインと呼称される“力”もつ存在たちの、そのほとんどから疎まれている。その事実に対しても、実にあっけらかんとしていた。他の仲間たちも同様だった。

 会議室全体の生ぬるい空気感に、ナインは堪らず唸り声を上げた。

 データによれば、異常者達のほぼすべてがアラインを敵視しているということになる。もとより友好関係など築ける相手ではなかったが、わざわざより悪い方へと運ぶこともなかろうに。


「ナイン。気に入らないのは分かりますが、これは団長様の決定ですので」

「……分かってますよ、姐さん」


 背後からメイドの分身体の1人にそっと耳打ちされ、渋々朝食に戻る。

 故郷の世界で、全てを巻き込んだ世界大戦が引き起こされたときも、お偉い方々が密室でこんなゲームじみたことをしていたに違いない。

 ナインには、そのように思えてならなかった。 

 さらに度し難いことに、火付けのために団長様まで出張っているというのだから始末に終えない。


「ふふん。どうやら私たちが一等のようですね」


 ナインの横で、ノーリが颯爽と立ち上がる。すると、ナインを挟んで反対側に座っていたチィも席を立った。


「私たちは8人も釣りましたよ」

「うん。チィたちの魅力でイチコロだったな!」

「ねー!」


 ナインの頭上で、桃色と白色の少女が2人、にっこりと顔を見合わせた。

 “異常者”たちの大半―男の異常者ということだ―は性欲が旺盛なようで、こぞって容姿の整った女性を囲いたがる傾向がある。同時にそのハーレムと呼ばれる取り巻きの女どもを連れ回すことで、自身を装飾し、ことあるごとに承認させもするのだ。

 戦闘力とはまた違った、異常者が自身の優秀性を示すための“ステータス”の一種であるというのが、大方の見解だったが……ともかくノーリたちはその異常者たちの習性を利用し、声をかけてくる者どもを片っ端から切って捨てているというわけである。

 アラインの最重要人物であるのに正気とは思えない行動だが、最高戦力であるチィがセットでくっついているから問題ないということらしい。

 トップがそんな調子なので、ナインはもう苦言を呈することも諦めていた。どのみち、今の彼女はナインの言葉に耳を貸そうとしないのだし。


「……」

「な、なんだよ」


 ふと視線を感じて見上げると、ノーリがじっとこちらをねめつけていた。しかしすぐに口を尖らせ、そっぽを向いてしまう。


「おい。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」

「ふんだ」


 そのままドスンと椅子に腰を下ろし、腕組みをしてむっつりと沈黙してしまう。周囲から響いてくる押し殺した笑い声が、非常に腹立たしかった。

 ノーリの虫の居所が悪いのは、図書館での一件以来だった。

 原因はどうもナインが口にしてしまった、『異常者どもとお似合いだ』という言葉にあるらしい。彼女は、あれで相当腹を立ててしまったようなのだ。

 しかしそのくせ、こうして今日もばっちりナインの隣の席に座っている。まったくワケが分からない。


「あのう、あのう。私は何もしないでいいんですの?」


 空気が読めていないのか、おずおずと手が挙がった。ドスの隣で微妙に居心地悪そうにしていたセーミだ。


「みなさん頑張っておられますのに。私はずっと、図書館で絵本を読んだりピコピコをしたりで、何の役にも立っておりませんわ」

「貴様はすでに、充分に働いてくれたのだ。ゆっくり休むがいい」


 スィスがやんわりと応じる。普段は人を食ったような態度の男だが、このときばかりは穏やかな口調だった。

 言い方が悪くなるが、この一件の発端となってしまったのはセーミの無防備さだ。彼女の精神年齢や知性はナインのそれよりも幼いらしく、物事の適切な判断ができないのだ。また外に出したら、どんなトラブルに発展するか予測がつかない。

 それ以前に、保護者であるドスが許さない。今後一切彼の目のないところでの異常者との接触を封じる目的で、図書館に半ば軟禁しているのだ。

 そしてセーミは、それら一連の流れをまったく理解できていないときている。


「そうじゃぞ。今のお前さんには、いろいろと学ぶべきことがあるのよ」

「でもでも。お外に出たほうがいろんなことが分かるのでは? “じっちくんれん”というやつで」

「大丈夫よぉ。これからねぇ、すっごく楽しい実地訓練が始まるのぉ」

「……そのときのために……体力を、温存しとくのがいい……」

「うーんうーん。分かりましたわ、皆さんがそうおっしゃるのなら」


 仲間たちに優しく諭され、セーミは軽く小首を傾げつつも了承した。

 




 朝食兼会議が終了すると、ナインはさっさと退散することにした。ただでさえノーリと折り合いがつかないのに、戦争準備など喜んで出来よう筈がない。

 全体、ナインは戦闘力の面ではアラインでも最底辺をぶっちぎっているため、異常者達の不満や嫌悪をかきたてるどころか、逆にそれらを発散させるために利用されるのがオチなのだが。

 ともかく、通常業務である床磨きに鍛錬と、やることはたくさんあるのだ。

 しかし会議室を出ようとしたところで、チィに引き止められた。


「おい、どうすんだよナイン」

「どうって、何をだよ」

「決まってるだろ。ノーリのことだよ」


 チィが背後を指差す。その先には、まだ円卓の席にむっつりと腰掛けているノーリの姿があった。ナインが視線を向けると、またそっぽを向いてしまう。

 まったくガキめ。これで1000年以上も生きているというのだから笑わせる。


「どうもこうもねぇよ。謝ってるのに聞いてくれねぇんだから……」

「謝るだけじゃぁ足りないんだよ」

「どういうことだよ」

「ノーリはさ、すっごく傷ついたの。だからお前を許すには、それなりの誠意ってモンが必要になるのさ」

「なんだそりゃ。どこのギャングだよ」


 ナインは胡散臭そうに顔をしかめた。

 スラムで暮らしてきた身としては、そういった要求には応じるべきではないと即答するほかにない。ぶつかったせいで服が汚れただの、大事な商品を落として壊しただのいちゃもんをつけられた際にも、ナインはいつもドぎついパンチでもって慰謝料としてきた。

 一度でも譲歩すると、どんどんエスカレートしていくのがギャングとかチンピラとかいう連中だ。ノーリがそうだとは言わないが、行動が同じならば対応もそうせざるを得ないのだ。

 しかしチィは、呆れ顔で大げさに溜息をついた。


「違うよぉ、ナイン。ノーリだって本当は、お前のことを許してやりたいんだ」

「はぁ? ならなんで」

「だからさぁ、許すにはそれ相応の条件を満たさなきゃぁ駄目なんだよ。お前はそれくらいに酷いことを言ったの。“他ならぬ”お前が!」

「ワケが分からねぇ。めんどくせぇ女だな」


 許す気があるのならとっとと許してくれればいいものを。

 まったくもって、相手にするのに気が滅入る。


「いいかー? ノーリはさ、自分を軽く見られたくないんだよ。『ごめん』の一言で済むような女だと思われたくないの。分かる?」

「う~ん、まあ……だが、だったらどうすりゃいいんだ?」

「そんなの簡単だよ」


 そこでチィが、にやりと笑った。


「女の子のご機嫌を取るには、贈り物って相場が決まってるんだ」

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