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偏狭な世界・24


 もともとその酒場は、潰れかけていた。

 人のいない片田舎で、もう何十年も惰性だけでやっていた店だ。そこそこの熱意があってもまったく才能のない人間が店主を継いだものだから、古くからの馴染みの客でさえ足を運ばなくなってしまっていた。

 しかしあるとき、何処からともなくやってきた1人の男によって、その状況は一変した。

 チキュウの、ニホンなる地から召喚されてきたという料理人。彼が繰り出す、未知なる調理法や発酵食品などを用いた新メニューにより、その酒場は田舎で一等の。否、周辺国にすらその名を轟かせるまでの復活を遂げた。

 ミソスープ。サシミ。テンプラ。ヤキトリ。ニクジャガ。ヨセナベ……

 料理といえば、塩を振って加熱するくらいしかなかった未開のこの地において、それらの品々はもはや暴力であった。

 おまけに、酒の種類も増えた。コメなる穀物の一種を発酵させたニホンシュに、果実酒と炭酸水を組み合わせたサワー、他にもショウチュウとか。エールやワインしか知らなかった飲兵衛達も、こぞって足しげく通いだす始末だ。

 たとえ一見であっても、常連であっても。その酒場の客となった者達は、必ず次のような感嘆の台詞を述べる。


『ニホンの料理とは、なんと美味いことだろうか!』

『こんな素晴らしい料理に比べれば、この世界のそれはゴミに等しい!』


 と。

 

 しかしながら、今夜の賑わいは少々様子が違うようだった。というのも、客達の表情がどうにも曇っているのだ。


「はいよ! 焼き鳥盛り合わせ、お待ちぃ!」


 件の名料理人が、ドでかい円卓の上に大皿を置く。じゅうじゅうと脂を滴らせる串にささった鶏肉たち。見た目も香りも、まあ悪くない。しかし肝心なところについては……


「さあじゃんじゃん食ってくれ! 今日はあんた達の貸切なんだからな!」

「ああ……」

 

 円卓を囲む男の1人が、そっけなく応じた。すぐに料理に手を伸ばすことはしない。上機嫌な様子の料理人を見送ってから、コソコソと周りの仲間達に訴える。


「ほら、俺のおごりだから。じゃんじゃん食えよ」

「いや俺はもういいわ」

「俺も、もう充分だ」

「どーしたんだよお前ら。懐かしき“故郷”の味だよ? 食べたくねーのかよ?」

「そー言うお前だって、お通しの酢蛸を食ってねぇだろうが」

「だってなぁ……」

「うん……」


 男達が暗い目つきでお互いを見やる。

 こちらの世界にやってきてから、ずいぶんと久しぶりに味わう故郷の料理、のはずだった。耳に届いてくる評判からも、かなり期待していたのだ。

 だが実際は、それほどでもなかった。確かに外見は、かつて目にしたそれらとほぼ一致する。だが味付けについては、こんなものだっただろうかと首を傾げざるを得ない出来だった。

 たぶん、単純に料理人の未熟な腕前が原因なのだろう。少なくとも、かつて男達が故郷の居酒屋なんかで口にした料理にはとても及ばない。食えなくはないが、金を払ってまでそうしたいと思えるものではなかった。

 なんだってこんな低レベルな料理を出す店が、金貨50枚も払わないと貸切予約ができないのか?

 男たちの頭の中には、さっきからぐるぐると同じ疑問が回っている。


「なあおい。そういえば、他にもまだ来るはずじゃぁなかったのか」


 堆積した汚泥の様な空気を振り払うように、別の男が口を開いた。いつもは味の分からない未開人がひしめいているであろう店内を見回し、鼻を鳴らす。

 貸切だけあって、今ここにいるのは円卓まわりの男たちだけだ。料理の酷さも相まって、このがらんとした雰囲気にさらに気が滅入りそうになる。


「女子グループにも声かけたろ。メシがこんななんだ、せめて華がないとやってられないぜ」

「あいつらなら来ないよ。別の場所で女子会やるってさ」

「なんでだよ?」

「陰キャオタクと飲むのは嫌なんだと」


 男達は一斉に溜息をついた。ジョッキの中身を一気にあおり、少しでも気を紛らわせようとする。だが、料理と同じくらいに質の低い酒では、腹の中に溜まった鬱憤を洗い流すことはできなかった。

 

「ケッ。何様のつもりだよ。ったく……」

「てめーらだって、あっちにいたころはホモ好きの腐れオタクだった癖になぁ」

「言わせとけ言わせとけ。ゲームのキャラに転生して見た目が良くなったんで、のぼせてるのさ」

「そうそう。見た目が良くなってても、腐った性根のやつらと飲むなんてこっちから願い下げだ」


 負け惜しみめいた侮蔑の言葉が、次から次に口からついてでる。まるで噴水のように。同属嫌悪などとは考えもしない。

 男達にとって、自身を貶める一切は害悪であり、排除すべき敵だ。同胞と思えばこそそのような強硬手段にうったえることはしないが、本当ならばすぐにでも“スキル”を駆使して腐れ女どもの元に殴りこみ、すべてを引っ掻き回してやりたい気分であった。


「こうなったら他のグループのやつらを呼ぶか? いくらなんでも侘びしすぎるぜ」

「どうかなぁ。ただでさえ折り合いつけるのが苦手そうなやつらばっかりじゃん。現にこのグループですら、集まったのはこの10人ばかしなんだし」

「どいつもこいつもコミュ障なのさ。まぁまともなのは俺らくらいなもんだよ」


 今宵、この酒場では、本当ならばそれなりにまともな会合、というか飲み会が開かれているはずだった。

 この異世界において、故郷を同じくする者たち。すなわち、地球の日本から転移し、あるいは転生し、もしくは召喚されてやってきた、主人公ヒーロー・ヒロインたちの集いだ。

 もともと彼らは、お互いを認知していなかった。無視していたわけではなく、まったく情報が耳に入ってこなかったのだ。

 それがここ半年くらいから、急激に互いの活躍を知るようになった。まるで、部屋を仕切っていた分厚いカーテンが取り払われてしまったかのように。

 本当に急なことだった。驚きを隠せなかった。

 ずっと、“この世界において特別な存在はただ1人”だと思っていたのに……

 ともあれそうなってしまえば、もう黙殺してはいられない。コンタクトを取り始めるのは時間の問題だった。1人と1人が繋がり、そこにさらに1人2人と追加され、やがて小グループが形成されてゆき。

 この場に集まっているのは、そんなグループの1つだった。『自身の好きなゲームのキャラクターに転生した』という共通項をもとに、なんとなく結成されたそれだ。ゆえに男達の大半は、MMORPGだのFPSだので散々愛用していた、自キャラクターの似姿をとっていた。ちなみにこの場にいない女達の方は、乙女ゲームの悪役令嬢の姿である。 


「今日は、別の場所でも飲み会やってんだろ。どこのグループだっけ?」

「えぇと確か……『日本にいたころと同じままでこっちにきてチートスキルもらいました』グループと、『こっちの世界で複数回転生済みですが何か』グループと……」

「それと、『クラスごと召喚されたけど俺だけ追放された件』グループに、『人外に転生したけど元気です』グループだな」

「どんだけこっちに呼ばれてんだよ。失踪しすぎだろ日本人」

「死んでる場合も少なくないけど。間違いなく事件になるレベルだよな」


 男たちの知る限り、同じ境遇である主人公ヒーロー・ヒロインたちの総数は、数十万を下らない。ちょっとした地方都市の人口と同じくらいの人間が、この世界に呼ばれているようだった。

 何故、どうしてそんな怪現象が起こっているのか。誰もが疑問に感じてはいたが、その真相に迫れる者はただ1人としていなかった。

 

「なあ、ちょうどあいつらが現れた頃じゃぁないか?」

「なんのことだよ」

「“アライン”とかいうやつらだよ。俺達がお互いのことを知るようになったのって、あいつらがこの世界に来た頃と同じだろ」

「そういえばそうだったかなぁ」


 アライン。

 こちらの世界に呼ばれた者たちの間では、有名な集団だった。この世界のことわりとは、まったく違うそれによって生きている“異常者”たち。各地に現れては騒動を引き起こす、厄介な異邦人。その犠牲になった同胞達も少なくない。


「俺はまだ、直接会ったことはないなぁ」

「俺なんて、そのアラインの1人に殴られたことがあるぜ」

「可愛い子がいるって話だから、密かに楽しみにしてんだけど」


 すると男の1人が、声を潜めるようにして言った。


「そういえば聞いたか、ベニシロの話」

「ああ。そのアラインのやつらに半殺しにされたって?」

「正確には“不能”な。両方ともきっちり潰されて、使い物にならなくなったってよ」

「ザマァ、いい気味だぜ」


 同胞であるはずの者の被害に対し、下卑た笑いを浮かべる男たち。だが、その瞳の中には不安気な色が見え隠れしていた。

 そのベニシロも、やはり男たちと同じく、地球の日本から呼ばれてきた存在だ。手当たり次第に女を食い散らかすいけ好かないやつだったが、しかし実力は確かだったのだ。少なくとも戦闘力については、同胞達の中でも上から数えたほうが早い。それをアラインのやつらは、苦もなく叩き潰してのけた。

 これはつまり……


「我々にとって、由々しき事態なのではないかね?」


 押し黙る男たちの背中に、そう声が掛けられた。

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