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偏狭な世界・21


「たしかにそれは、特別でもなんでもありませんねぇ」

 

 報告を聞いたノーリ団長様の、まず第一声がそれだった。

 いつものように、マントととんがり帽子という奇態な姿。隣に座るナインの方を見ようともせず、一心不乱に電子ゲームに打ち込んでいる。レベル上げとやらに忙しいのだそうな。


「それって要するに、ず~っと怠惰な生き方をしていたのに気づいて改心したってことでしょ。普通に戻ったってだけじゃぁないですか」

「だが……それはそれで凄いことだろう。そのままダラダラと都合の良く生きることだってできたのに、あえてそれを拒絶したんだから」

「そもそも確固たる自分自身というものをもっていれば、最初からそんな道を選択することなどありえませんよ」


 ノーリが肩越しに、多分に侮蔑のこもった言葉を投げてよこす。ナインが彼女の意に反して城の外に出ているものだから、どうにもご機嫌ナナメのようなのだ。

 必要と断ずるだけの理由は何度も説明しているというのに、なんと偏狭な娘だろうか。


「だいたいそのハリマさんはニホンに居た頃だって、学業にも仕事にも従事してなかったんでしょ? 駄目人間だったのがようやくまともに戻ったくらいで、評価なんてできやしません」

「ほぉぉ、左様でございますかい」


 偉そうに説教を垂れる娘を、背後からじっくりとねめつけてやる。

 木製の立派な長机に、だらしなくしなだれかかったその後ろ姿。麗しのメイド様お手製のスナック菓子を机上いっぱいに広げ、時折りそいつを口の中に放りこんでは、そばに置いてあるジュースで流し込む。そして油でギットギトになった手でもって、ゲーム機をピコピコするのだ。

 これが怠惰でなくて、いったい何なのか?


「ハリマのやつも、お前にだけは言われたくねぇだろうな」 

「あ~ん? 私は普段から“すといっく”に生きてるんです。だからたまに羽目を外すくらいはいいんですよ」

「わりとしょっちゅうそんな調子じゃねぇかよ! しかもお前、ここを何処だと思ってやがるんだ!?」


 ナインが大仰に腕を広げて喚いた。

 確かにノーリが積み重ねてきた努力の、その重みについては、以前にドリーム世界ランドで垣間見たので理解できている。自負があるという点についても分かっているつもりだ。

 だから彼女の言うように、たまにはこうしてぐうたらと過ごすことにも異論はない。彼女のプライベートな空間であるのならば、いかようにでも好きにするべきだ。

 しかしここは、ノーリの自室とかそういう類の場所ではない。

 図書館なのである。


「静かにせい」


 厳かな声が響いた。

 武人のドスだ。ナインたちから少し離れた机で、静かに本を読んでいる。

 今日も今日とてボロボロの胴着に伸ばし放題の無精髭。丸い老眼鏡を鼻先に引っかけて、なんかの分厚い学術書のページをめくっている。実にシュールな姿だ。

 しかしこれでもドスはこの、アラインの城内部にある図書館の、管理人なのである。


「ここは図書館じゃ。騒ぐんなら余所でやれ」

「……ふん」


 ノーリが苛立たし気にゲーム機を置き、ナインの方へと向き直った。


「ほら、貴方のせいで怒られちゃったじゃないですか!」

「元はと言えばお前のせいだろうが、この駄目人間がっ!」

「んなっ!? 団長の私によくもそんなっ! 貴方なんて、ハリマさん家の子になっちゃえばいいんですよ!」

「ガキかテメーは!」


 声を潜めて罵り合う2人。

 全体、会合場所にここを指定したのはノーリだ。聞くところによれば、彼女の部屋は現在“洗浄中”で、タムたちから強制的に追い出されてしまったのだとか。

 それならそれで仕方がないが、しかしだからといって、この場でこんな不躾な振舞をしていい道理はない。図書館というのは本来、静謐で、知的好奇心が満たされ、心が豊かになるような空間のはずだ。

 ぶっちゃけた話、本が好きなナインとしては、この場で菓子喰ってゲームをしているだけのノーリには、だいぶ腹を立てている。彼女がやっているのは、純粋知性への冒涜だ。

 思い返せば、初めて出会った時もそうだった。ナインが少ない小遣いをやりくりして集めた書籍を乱暴に扱って、しかもまったく悪びれもしなかったのだ。


「まぁまぁ2人とも、その辺にしとけよ」

 

 同じ机についていた守護女神のチィが、見かねたように声を上げた。今の今までノーリと一緒にピコピコをしていたのだ。コイツもコイツで相当である。


「それよりナイン、ノーリに見せたいものがあるはずだろ?」

「む……ああ、そうだな」


 催促され、土産のことを思い出す。最近では定例になっているので、彼女も覚えていてくれたのだ。


「ああ……また“キリコ”ですか?」

「おう。今回のは自信作だそうだから、まぁ見てやってくれや」

 

 机の隅に置いておいた箱を手をそえ、ノーリの目の前までスライドさせる。ハリマから預かった新作だ。

 さすがに汚れた手でそのまま触れるのは気が引けたのか、ノーリはポケットからハンカチを取り出すと、入念に指の間から爪の先まで油を拭った。それからゆっくりと包装を解き、箱を開ける。

 店で見たときと同じく、丸いキリコが姿を現した。


「……何ですこれ? いつものグラスと違うような……逆さま?」

「ああ、それには仕掛けがあってだな」


 自分と同じ分析をしてくれたことに妙な満足感を抱きつつ、もう1つの預かり物のランタンを机上に置く。


「こいつとセットで使うんだ。キリコの底の部分に、穴が開いてるだろ?」

「ええ、そのようですが……ああ成程なるほど、分かりましたよ!」


 ナインよりも眼が肥えているだけあって、すぐに仕掛けに気が付いたようだ。みなまで説明を聞くことも無く即座にキリコを持ち上げると、ランタンの上部分に被せてしまう。

 

「このランタンの光を利用して、周囲にキリコの模様を投影させるってわけですね?」

「ご明察だ。まぁさすがにここでは使えないから、後で……」

「いやいや、何を言ってるんですか。今すぐ試してみましょうよ」

「ええ? そりゃ、いくらなんでもマズいだろ」


 洗浄とやらが終わってからノーリの部屋で使うつもりだったのだが。というか、さっき騒いで叱られた矢先にこれでは、今度こそ追い出されかねない。それにドスは、弟子にとった異常者たちに逃げられてしまったトラウマから、ようやく立ち直りつつあるのだし。

 しかしノーリは、先ほどとは打って変わったように目を輝かせて言う。


「これ、きっと広い場所でやった方が映えますよ。そうなんでしょう?」

「うーん、かも知れんが」

「構いやしません! 今すぐやって見せてください! さぁさぁさぁ!!」


 ハリマが自信があると宣言しただけあって、辛口評価のノーリ様がなかなかの食いつきっぷりだ。

 たしかにお試しで見せてもらったときは狭いハリマの店の中だったが、それでもあんなに素晴らしかったのだ。ならばここでなら、もっと感動的な光景が見れるのではないか。

 ナインは周囲を仰ぎ見た。

 今ナインたちがいる1階は、読書用のスペースだ。ちょっとした運動場くらいの広さがある部屋の中央に、10脚の長机が整然と並べられており、貸し出し用のカウンターや書籍検索用の端末、それにオブジェが飾られている。

 壁際に設置されている階段は2階、3階へと続いており、そちらは完全に本棚だけのスペースとなっていた。アラインが様々な世界を渡る中で収集してきた書籍を、きっちりとジャンルごとに分類し、納めてあるのだ。

 ちょっと話がズレるが、それらの書籍にはわざわざ手書きのラベリングなんかがしてある。例えば『実用―機械工学系―37』とかそんなのだ。もちろん管理人であるドスが、1冊1冊読んだうえでそうしている。

 粗暴なイメージしかない男だが、意外にマメなところがあるものだ。ナインとしては、好感がもてるポイントだが。

 とにかくこの図書館、中々に広いのだ。ナインたちの頭上、つまり机のある位置から上部は吹き抜けになっており、天井までかなりの高さが確保されている。しかもそれがドーム状になっているのも好都合だ。

 これならば、例のプラネタリムとやらを本格的に楽しめるかもしれない。


「ね? ね? いいでしょ、ナイン」

「でもな、マナーってもんが」

「いいじゃないか、ナイン。やっちまえよ」


 チィまで悪ノリして急かしてきた。案外ゲームばかりで飽き飽きしていたのかも知れない。このままでは押し切られそうだ。

 たじろいでいると、助けに入ってくれる人物がいた。


「皆様。申し訳ありませんが、ほどほどになさってください」


 メイドのタムだ。無数に存在する分身体の内の何人かが、お手伝いさんとしてこの図書館に派遣されているのである。書籍の貸出、返却、整理に修繕。他の団員たちも少なからず利用するのだし、これだけの広さの図書館ともなれば、ドス1人ではとても切り盛りできない。

 

「なんですかタム!? そもそも貴女が私の部屋を勝手に掃除したりなんかしなければ、こんなことにはならなかったんですよ!」


 さっそくノーリが不平をぶちまける。元々短気な娘だが、最近は輪をかけて沸点が低い。まあ、このところの引きこもり生活に加えて、領域侵犯をされたのだ。カリカリするのも分かるが。


「しかしながらノーリ様。図書館には図書館にふさわしいマナーがございます。それは団長として、受け入れていただきませんと」

「その通りじゃぞ。首長が範を示せんでどうするか」

「うっさいですよ、寄って集って!」


 ドスにまで茶々を入れられ、むくれ上がるノーリ。


「だって退屈なんですもん! これまでず~っと異常者たちの情報分析ばっかりしてたんですよ? 少しくらいいいじゃないですか!」

「ですがノーリ様……」


 と、そこで不意にタムの雰囲気が豹変した。

 諭すような優しい表情から一転、鋭利な刃物の如きそれになる。


「ノーリ様! ドス様!」


 タムが叫んだ。同時に、上の階で作業をしていたタムたちも、いっせいに手すりのそばに駆け寄ってきて、こちらを見下ろす。なにか切羽詰まった様子だ。

 尋常ならざるものを感じ取ったノーリが、腑抜けた表情を引き締め、訊ねる。


「どうかしましたか、タム?」

「それが……」


 タムは一瞬躊躇いがちに、ドスと、そしてナインの方を見た。それから意を決したように口を開く。


「セーミ様が、ご帰還なされました」

「なんじゃとっ」


 その言葉にまず反応したのは、ドスだった。席を立ち、大股でタムの方へと歩み寄る。

 

「それで、今どこにおるんじゃ?」

「……すぐそちらに……」


 タムがおずおずと図書館の入口の扉を指し示す。と同時に、それが開いた。

 

「ただいま戻りましたわ……」


 現れたのは、長い薄紫の髪に土気色の肌をした少女。セーミだった。タムの分身体に支えられるようにして、よろよろと入室してくる。あろうことかその装いは、無残に引き裂かれていた。

 一目見て、ろくでもないトラブルに巻き込まれてしまったであろうことが窺い知れる。 


「えへへ……私、ちょっと失敗しちゃいましたわ……」


 絶句する一同を前に、少女は泣きはらした眼で哀し気に笑った。

 

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