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偏狭な世界・17


「チィ!」

「ただいま、私のノーリ。それにみんな」


 久方ぶりに姿を現した守護女神が、まず団長に微笑みかけ、そしてぐるりと円卓に視線を巡らせる。ナインにもだ。それから自席に腰を下ろし、深いため息をつく。

 てっきり彼女のことだから、長い間会えずにいたノーリに跳びついて、キャットみたくじゃれつくと思っていたのに。今はなんとも落ち着いている……というより、明らかに気が沈んでいる。その原因は間違いなく、彼女が城を留守にしていた間の出来事にあるだろう。

 つまりそれは。


「やはりいるのか、同位体が。どんな奴だった? 」


 司会者であるスィスが、卓上に身を乗り出すようにして訊ねる。恐らくその場のほぼ全員の総意であろう問いかけ。しかし対する守護女神は、不快そうに鼻を鳴らしただけだった。


「言葉通りさ。どこまでも偏狭なヤツだったよ」


 答えになっていない答え。それ以上は、口にすることすら耐えかねる、とばかりだ。

 その様子に一瞬、訝しむように目を細めるスィスだったが、それは本当にほんの一瞬だけのことだった。すぐに目を見開くと、得心がいったとばかりにうんうんと頷く。


「なるほど。そういうことか」

「……いや、どういうことだよ? 俺らにも分かるように教えてくれや」

「なに、すぐに分かる。それより話を戻そう。異常者たちについてだ」


 スィスが再び立体投影の操作を始める。釈然としないが、ここで食い下がったところで時間の無駄だ。黙って耳を傾ける。


「彼らの出自もそうだが、境遇についても似通っている部分が多い。こちらに来る前も、こちらに来てからもだ」


 新たなデータが投影される。

 今度は異常者たちの現状。つまりはこちらの世界での役職や立場をまとめたものだ。

 まず圧倒的に多いのが勇者。これは前の世界で出会った存在と微妙に異なるが、やはり対になる魔王という存在を打ち滅ぼす使命をもっているらしい。

 次に戦士に魔法使いや武闘家という、いかにも幻想ファンタジー世界における戦闘職のようなカテゴリーが続く。そして賢者、王、農民、平民……悪役令嬢などという意味不明なものまである。

 貴族とか公爵とかいうならまだしも、令嬢というのはどういう分類なのか。さらに悪役というのはいったいどういうことなのか。まったく訳が分からない。


「一見すると、共通点は無さそうに思えるんだが……」

「いいや、そんなことはない。こやつらは皆、同じだ」

「どこがだよ?」

「どこからどこまでもだ」


 データに重なるようにして、複数の映像が浮かび上がる。

 物凄い数だ。指でつまめる程度の小さな枠の中で、数百以上の動画が同時に再生されている。これで音声まで入っていたらとんでもないことになっていただろうが、幸いなことに無音だったので、視聴するうえで混乱することはなかった。

 まず目に止まったのは、よく見かける黄色い肌でパッとしない顔つきの少年が、地に伏し眼を回している強面の男たちを踏みつけている場面だった。その少年が、得意満面の笑みを浮かべながら、すぐそばにうずくまっている美しい女性に、手を差し伸べている。

 この世界に来てから嫌になるくらいに遭遇した、というより当事者にまでなってしまったこともある状況シチュエーションだ。つまり、例のあれ。襲われそうになっていた可愛い女の子を助ける、というやつだ。

 その隣の動画は、小綺麗な制服のようなものを着た若者の集団を映しだしていた。人混みの真ん中に囲まれるようにして、2人の少年が立っている。

 1人は金髪の少年だった。整った容姿で、どことなく品格がある。しかしその表情は羞恥からか怒りからか真っ赤に染まり、口の端は憎悪からか殺意からか歪みきっていた。

 もう1人は、やはりよく見かける冴えない顔つきの黄色人種の少年だった。肩をすくめながら、しきりに金髪の方を指さして何かを語り掛けている。

 どうもその小馬鹿にしたような表情から、ろくな内容ではなさそうだ。それなのに周囲の者どもは、同調するように頷いては、金髪に非難するような視線を注いでいる。

 うんざりしながら目を滑らせると、今度は数人が楽しそうに料理を作っているだけというまともそうな場面を発見した。

 またもや黄色い肌でぼんやりした顔の少年が、ボウルと泡だて器を手に講釈を垂れている。料理の指南でもしているのだろうか。それに耳を傾けている大勢の女性たちが、異様なほど熱っぽく頷いているのだけは、妙に気にかかった。

 とにかく、各映像の状況シチュエーションは雑多だ。似通った場面も散見されるが、全体としては統一感がない。


「記録映像のほとんどは、ピャーチの手によるものだ。これらからも、異常者たちに共通する性癖というものがよく見て取れる」

「そうかぁ? 全然まとまりがあるようには見えないぞ」


 強いて言うなら、いずれにおいても異常者たちの周囲に多少の人間が集まっているということくらいか。

 むしろナインとしては、自分がどうにかしてたった1人の元勇者を探り当てている間に、よくもこれだけの量を盗撮してきたものだと、別の意味で関心するばかりである。


『ここに写っている異常者たちの表情を、よくご覧になってください』


 いつものように“作り笑い”を浮かべていた盗撮魔、もといピャーチが、宙を指さしながら言った。


『どの映像でも大活躍していて、大勢の人々から笑顔を向けられていて。とても嬉しそうではありませんか』

「……まあ、そうかも知れんが。それが共通点だってのかよ」

『その通りです。悪漢を打ちのめす。奴隷の少女を救う。新しい技術や概念を伝授する。自分を蔑んでいた気に入らない存在を見返し、復讐する。そうすると賞賛される。礼賛される。承認される。だからとても嬉しい、超ハッピー!』


 ピャーチがおもむろに立ち上がり、くねくねと身体を揺らし始めた。心をもたない、人工知性である彼なりの、精一杯の感情表現だ。


『……しかしそれは、本当に彼ら自身の実力によるものなのでしょうか?』

「どういう意味だ」

「お忘れですか、ナイン」


 踊り狂う機械人形を余所に、隣の席のノーリが底冷えするような声で言った。


「彼らのほとんどすべては、こちらに来る前は一般人だったんですよ。そんな彼らが、こちらの世界で、こんなふうに大活躍していられるものなんですかね?」

「む……」

「そりゃぁ、ちょいと家事だの勉強だのができて褒められることはあるかもしれませんがね。それにしては大袈裟に見えませんか?」


 言われてナインは、再び動画に目を向けた。

 そういえばどの場面においても、異常者たちの周囲のほとんどの人間たちは、異常者に対して何かしらのポジティヴな感情を抱いているように見える。例外は、明確に敵対的である人間ばかりだ。

 感謝。尊敬。他にもピャーチの言う様な、賞賛、礼賛、そして承認。

 周囲の人間たちからそれらを勝ち得ているからには、異常者たちは何かしらの活躍をしたのだろう。

  

「それはつまり、この異常者たちがそれだけの偉業を成し遂げたってことなんだろ」

「いったい誰の力によって、それを成し遂げたんです?」

「誰ってそりゃ、異常者たち本人の……」


 そこまで言いかけたところで、脳裏に1つの記憶が強烈にフラッシュバックした。


『何か1つでも、俺の力で成し遂げられたことなんてない。ぜんぶ俺にとって都合が良いように、お膳立てしてもらっていただけなんだ』


 ほんの最近まで調査をしていた元勇者、ハリマの言葉だ。

 聞いた当時は理解できなかったが、しかし考えてみるに……


「気付いたか、ナインよ」


 スィスが、やや芝居がかった仕草で杖の先端をナインに向け、言った。


「貴様が調査していた、ハリマという男と同じだ。この異常者どもは、一般人と言えば聞こえはいいが、実態はその一般よりも下だ。学生というほど勉学に励んでおらず、仕事に対しても情熱が薄い。さして専門的な技術スキル技能スキルをもつ者もいない」

「な……なぜそうも言いきれるんだ」

「彼ら自身の証言だ。奴らは身の上を語ることに積極的でな。それに実際の立ち居振る舞いを見れば、合点がいく。この異常者どもに、自力で何かを成し遂げることなど不可能だ」


 会議の開始からこっち、スィスを含めた仲間たちのほとんどが不快そうな気配を漂わせている理由が、ようやく分かった。 

 追加調査の間にナインが、あのハリマという比較的まともな男の足跡を追っている間に、彼らはずっとイカれた連中に能動的アクティヴに接触し、その本性に触れてきたのだ。

 特にスィスやノーリはその立場上、全団員から上がってくる報告に目を通さねばならない。さぞや精神を刻まれたことだろう。


「ならお膳立てしてるのは、チィが会ってた同位体か。異常者どもが使うスキルとかレベルとかも、その同位体の力で」

「いや、そんなものは一例に過ぎん。そもそもその恩恵を受けていない者もいた」

「なんだと? なら他にどんな方法があるってんだ」

「簡単なことよぉ」


 フィーアが、囁くようにして答える。


「平凡な人が活躍するにはぁ、その周囲の人たちをぉ、平凡よりも下にすればいいのぉ」

「つまり……周りのレベルを下げるってことか?」


 優劣とは相対的なものだ。それは腕っぷしにおいても、知恵や知識においても変わらない。

 ある環境に置いて平均以下の実力しかもたない人間であっても、それを遥かに下回る劣等な者どもの中に入れば、たちまち天才に早変わりだ。超人にも、哲人にもなれる。

 ならばこの世界の様々な水準点も、意図的に低くされているということなのか?

 ……あり得る話だ。

 ここでは異常者たちが何かするたびに、周囲の人間たちが驚愕し、熱狂し、褒めたたえていた。それを眺めているナインたちからすれば、さして感心するようなことではなかったり、あるいは訳が分からなかったりしたのだが。

 あれはつまり、異常者たちの一挙手一投足に対して好意的な反応をするように、調整された結果だったとしたら。

 

「だから最初に言ったであろう。この世界は、テーマパークだと」

 

 スィスが自分のティーカップに煙管の灰をぶちまけ、そう締めくくった。

 テーマパーク。なるほど、そういうことだったのか。

 ナインもまた、ようやく得心がいった。


 神に選定された心弱き者どもが、永遠に溺れる夢。


 自分こそが世界の中心だと信じて疑わないような、度し難い愚者たちの遊び場。


 自身を賞賛し、装飾する者以外の存在を認めない連中の掃きだめ。


 ここはそんな、偏狭なカミによって創造された、偏狭な世界だったのだ。

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