偏狭な世界・14
よくもった方だな、とは思う。
初日にはまず半数が逃げ出したし、3日間を耐えきれたのはそのまた半数だった。
10日が経つ頃には両手の指で数えられる程度の人数になり、そして15日目の今日には……残念ながら、恐らくゼロになってしまうことだろう。
「ふぁ……」
街灯の上にちょこんと腰掛けながら、トリーは大きな欠伸をした。
早朝の公園。トリーの真下にある環状に舗装された遊歩道の上を、列になって進む数人の青少年たちがいる。そろって両手を正面に突き出し、中腰になって、すり足にじりじりと。額にはじっとりと汗がにじんでおり、表情は苦悶に歪んでいた。
そしてトリーと同じく、その様子をそばの草原から見守っている、1人の逞しい男の姿があった。巨漢のドスだ。現在彼は、弟子志願の“異常者”たちに、稽古をつけているところである。
「ほれぇーい、キリキリ歩かんか! 日が暮れっちまうぞぉ!」
ドスが腕組みをしながら檄を飛ばす。するとそれに中てられた青少年たちが、ぎり、と歯を食いしばった。
暗く淀んだ輝きを放つ眼つき。その奥に生じているのが、向上心や反発心などとは大きく外れた、酷く幼稚で薄汚い感情であることは明かだった。
―そろそろ頃合いかな?
先頭を歩いていた弟子の1人。タカハシ? それともタケウチだっただろうか?―ニホン語の発音は難しくて嫌いだ―とにかくその青少年が、不穏な動きを見せた。ドス直伝の歩法訓練の構えを解き、仮初めの師範に対して鬱憤のこもった視線を向けたのだ。
「もう限界だ! やってられないよ!」
喚きながらドスへと歩み寄る。足がプルプルと震えているのが、微妙にサマになっていない。だが青少年は構わずに続けた。
「もう15日間も基礎訓練ばっかじゃないですか!? うんざりですよ!」
15日間も、ではない。まだ、たったの15日間しか経っていないのだ。それも稽古の時間は、早朝5時から7時までのたった2時間。途中で数度の休憩も入る。
この程度で何らかの成果をねだるなど、ちょっと都合が良すぎるのではないか。
しかしトリーの懸念を余所に、他の者たちも追随し始めた。わらわらとドスのもとに詰め寄り、口々に好き勝手なことを言い始める。
「だいたいさぁ、俺たちにこんな単純な訓練は合わないんだよなぁ。クリエイティヴじゃないし」
「そうそう。もっとレベルの高いことを教えてもらわないとね。弟子入りした甲斐がないですよ」
「経験値もスキルポイントもぜんっぜん増えないし。ぶっちゃけ無駄なんだよね」
「さっさと“あのとき”みたいなすごいスキルを教えてくださいよ」
ドスが酒場の前で、彼らを1人残らずのしたときのことを言っているのだろう。その際にドスが使用して見せた、“気”の運用術の一端。彼らの目当てはそれだったらしい。
当然そんな、超がいくつも頭につくような高度な技術は、身体能力が虫けら並みの彼らには使いこなせる筈がない。
ドスがやんわりと、最初に彼らと出会ったときとは打って変わった優しい口調で、諭すように答えた。
「そうは言うがのぉ、お前さん方は基礎がなっとらん。まずきっちりと足腰を作らにゃぁ、とても技なんぞ教えてやれんよ」
武術、というか身体を運動させる行為のほとんどに言えることだが、重要なのはまず下半身の強さだ。少なくとも彼らは、トリーたちと同じく直立二足歩行するヒト型生物なのだから、その点は共通する。
だが弟子志願者たちは、その基本がまるでなってはいなかった。
実は初日にのうちにドスが、全員に軽く走行をさせてみたのだが、驚いたことに10分以上走り続けられる者は皆無だった。この連中は、そもそも体力がないのだ。
それでいて弟子入りする際には自信満々に、『腕に覚えがある』とか、『何度も実戦を経験している』とか宣っていたのだから、呆れる他にない。誰か周りに、現実を教えてやれる者はいなかったのか。
「とにかく、今はまだ準備期間じゃ。時期が来ればきちんと教えてやる。だから辛抱してくれや」
「辛抱って、どれくらいです?」
「まぁ……あと四半年くらい……かのぉ」
ドスが顎を揉みながら口を濁す。
ちなみにこの世界の暦は、チキュウのニホンからやって来た彼らが持ち込んだ、“太陽暦”なるものを使用している。それによれば1年が365日なので、おおよそ90日間くらいか。
こんな、団でも最弱のナインにすら劣るような連中に対しては、随分と甘い条件設定だった。かなり譲歩したのだろう。
だがドスの説得もむなしく、薄弱なる青少年たちは肩をすくめて目配せをし合う。どうやら腹はとっくに決まっていたらしい。
「もう付き合ってらんねーな」
「ああそうだな、行こうぜ」
「俺も~」
「おいお主ら!? 待てぃ!」
数人ほどのグループが踵を返し、公園の出口へと向かう。見咎めたドスが慌てて呼び止めようとするが、残った者たちに阻まれて追いかけることができないようだった。
「おい、頼む! 引き留めてやってくれんか」
ドスがトリーの方を見て懇願する。まったく、なんともお優しい“坊や”だ。あんな愚物たちですら見捨てようとしないとは。
トリーは軽く頷くと、街灯の上から跳び下りた。そして立ち去ろうとしている者たちを追いかける。
幸いなことに、疲労のせいで歩みは遅かった。労せずして追い付く。
「ねぇ……待って……」
「ん? なんだよ」
「連れ戻しに来たのか」
進路上に立ちふさがってやると、青少年たちはいっせいに胡乱気な目を向けてきた。
トリーとしても、こんな連中に構ってやるのは不本意なのだ。だが前回、ドスの暴走を止められなかったことについて、スィスはもとより団長であるノーリからもキツいお叱りを頂いている。
だからその埋め合わせの意味でも、彼ら貴重な“サンプル”をみすみす逃す訳にはいかない。
トリーはいつものように、できるだけ相手が聴き取り易いように、ゆっくりと、はっきりと話した。
「お願い……もう少し……頑張って、欲しい」
「冗談じゃないよ。無駄なことに時間を使ってられるか」
「そう言わないで……タナカ……」
「違う、俺は竹中だ!」
青少年が憤慨する。
トリーは素直に頭を下げた。
「ごめん……間違えた……えぇと、タマキ?」
「それは俺の名前だよ!」
すぐ脇の別の青少年が、自分を指さして憤慨する。
トリーはまた、ぎこちないながらも素直に頭を下げた。
「失礼……タカギ?」
「お前、分かってて言ってるだろ!? 高木は初日に辞めたヤツだ!」
「……ドーモ、スミマセン……」
誰もかれもが黄色くて平べったい上に、パッとしない顔つきなものだから、どうにも見分けがつかないのだ。髪型だって同じだし、着ている服も似たり寄ったり。無個性過ぎて困る。
ともあれ、とにかく引き留めねばならない。トリーは懸命に訴えた。
「私の仲間も……ドスの弟子になってる……一生懸命……稽古、してる」
「どれくらいやってるのさ?」
「だいたい……1000年くらい……?」
「はぁ? なんだよそりゃ。ふざけんなっての」
「ふざけて……ない……それでも、まだ稽古、続けてる」
「俺たちはそんなに暇じゃぁないんだよ。毎日ギルドからの依頼があるし、他にもやることいっぱいあるんだ」
「そうそう。こんなことなら、モンスター狩ってレベル上げしてた方がマシだって」
青少年たちが、トリーを押しのけて先に進もうとする。だがトリーは、なおも両手を広げて立ち塞がった。
「考え、直して……続ければ、きっと強くなれる」
「“きっと”じゃぁ困るんだよなぁ」
「……え?」
青少年たちが、小馬鹿にしたような目でトリーを見た。
「あんたらさぁ、レベルもステータスも初期値じゃん? それでも強いのは、何かチートスキルをもってるからなんだろうけど。でも俺たちにそれを教えてくれるつもりはないんだろ?」
「それでずーっと、あのへんな歩き方の練習ばっかりさせられて? それで“きっと”強くなるって? そんなの続けてられないよ」
「そうそう。確実に強くなれる保証がないんじゃぁ、やる意味がないよね」
「時間は有効に使わなきゃな。あ、ひょっとしてその程度のことも分からないの? ぷぷ」
「……」
不器用ながらも伝えた誠意に、返されたのは安い蔑み。
しかしトリーの胸の内に湧いてきたのは、怒りでもなんでもなく。
一片の憐みだけだった。
「ああ、そう。……たしかに貴方たちには、無理みたい」
「なっ」
「なんだとぉ」
青少年たちが。否、“異常者”たちが一斉に表情を強張らせる。
だがトリーは構わずに続けた。
「……貴方たちは、ただ嫌がってるだけ……自分の望んだとおりに、事が運ばないことに。そして何より、失敗することに。……だから、努力ができない」
「……ふ、ふぅ。やれやれ。何を言ってるんだろうなぁ、まったく」
青少年のうちの1人が、顔を引きつらせながらキザったらしく髪をかき上げた。
「勘違いもいいところだ。俺たちは常に努力しているさ」
「……努力って? 具体的に、何?」
「だからさっきも言っただろ。レベル上げだよ」
「……レベルって? どーやって上げるの? 上がるとどーなるの?」
「モンスターを倒して経験値を貯めるんだよ! それでレベルが上がると強くなるんだ! 現に俺は、努力してレベル999まで上げたんだぞ!? カンストだぞ!?」
青少年の1人、タカノハナだったか? とにかくその1人が主張した。すると周りの連中が、関心したように声を上げる。
「すごいな~。お前、こっちに転移してきてからまだ1年も経ってないんだろ? どうやったんだよ。パワーレベリングか?」
「効率だよ、効率。すぐ近くにレアモンスターが湧く場所を見つけてさ。それで稼いだってわけ」
「いいなぁ。俺たちにも教えてくれよ」
「そうだな、これも何かの縁だし。今から一緒に行くか?」
「そうしようぜ。あんな無駄な練習させられるよりもずっと……」
瞬間、一陣の風が舞い踊った。巻き込まれた“異常者”たちが、砂埃に咳き込む。
そして次に目を開けた彼らは、信じがたい光景に驚愕した。




