表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/214

偏狭な世界・9


 世界の裏側。

 そこは無数の極彩色の泡が沸き立つ異様な空間だった。 

 泡が1つ弾ける度に、強烈な光がシャワーの様に撒き散らされ、多種多様なファンファーレが次から次にと鳴り響く。

 その賑々しさはきっと、この世界の創造主。つまりは神と呼ばれる超存在の内面を表しているのだろう。何処までもとりとめが無く、一貫性も無い。その泡の中に何かを形作ろうとはしても、次の瞬間には霧散してしまう。ただただそれを繰り返すばかりだ。

 そんな無節操な泡のすぐ眼の前に、1つの光球が浮かんでいた。

 なんとも可愛らしいことに、その小さな身体をひっきりなしに膨らませたり縮こまらせたりしながら、宙をぴょんぴょんと跳びはねている。

 その光球は、あるれっきとした固有名詞をもっていた。しかしながら、この宇宙に存在するほとんどの定命の者どもにとっては、発音するのがあまりにも厄介であるため、単に“チィ”と名乗ることにしていた。 

 チィとその泡の塊は、ずっと対話をしていた。

 対話と提議するのが、果たして適切なのか。それは刹那よりも短い時間の中で、知性ある存在が使用する単語を数十万個繋げたとしてもまだすべてを表現しきれないような、そんな膨大な量の情報のやり取りだった。

 言葉だとか文字だとか、もしくはそういった媒体を経ないテレパシーの類よりもよっぽど高位の意志疎通。そんな芸当ができるのは、チィと泡の塊が“神”と定義される高次存在であるからに他ならない。

 しかしその対話内容は、その総量に比して呆れるほどに単純かつ稚拙だった。

 それを例えば、“チキュウ”という世界の“ニホン”という地域で使用される言語にて要約すれば、次の様になる。


『求む、再考』

『うるさい、うるさい』

『我々、否定、敵意』

『黙れ、黙れ』

『願う、受諾、謝罪』

『失せろ、失せろ。このゴミめ』


 小さなチィの訴えもむなしく、その虹色の泡はぶくぶくと醜く膨れては弾けるばかり。

 もうどれくらいの時間を費やしたのか。チィとその仲間たちが、このカミが創造した世界に無断で立ち入ってしまったことを何度も謝罪しているのだが、一向に受け入れる気配がない。それどころか返ってくるのは、途方もない侮蔑ばかりだった。


―なんて偏狭なヤツだ……


 チィは内心で辟易していた。 

 自身の領域テリトリーに土足で踏み入られたことに憤慨するのは理解できる。しかしながらこのカミの怒りは、そのほとんど大部分が、そいつの思惑をチィの仲間たちに“邪魔”されてしまったことに起因しているようだった。

 せっかくこれから面白くなるところだったのに、どうしてくれるのだ、と。

 お前らのせいで台無しになってしまったじゃないか、と。

 そういうことなのである。

 もう最初ハナから聞く耳もたずといった調子なので、チィの中の“忍耐力”と書かれた縮退炉も臨界寸前だ。これ以上ここにいては精神衛生上よろしくない。

 チィは全身を激しく明滅させることで不機嫌さを露にすると、最後にカミに向かって告げた。


『了解。我々、去る。迅速、可及』


 この世界の創造主がチィたちに敵愾心を抱いている以上、逗留を続けるのは賢い選択ではない。このうざったいぶくぶく野郎がアラインに仕掛けてこないのは、同等の力を有するチィが存在しているからなのだ。

 今はこうして対面しているのだから、カミそのものがちょっかいを出すことはできないが、その意を汲んだ下手人が動き出すことは容易に想像がつく。お望みどおりに、とっとと出て行ってやるとしよう。

 だがせめてこれだけは、と付け加える。


『世界渡り、不可能、再使用。求む、時間』


 チィたちがこの世界を去るには、どうしても団長たるノーリの“世界渡り”に頼らざるを得ない。しかしあの超魔法メタ・マジックは、使用に際して術者の魔力をほとんど根こそぎに奪い取るのだ。

 前回の発動からまだ時間はそれほど経っていない。再使用には、今しばしの休息が必要だろう。

 しかしそのチィの訴えに対し、醜いぶくぶくは初めて攻撃的な姿勢を崩した。

 しばらくグネグネとのたくった後に、抽象的な姿を捨て、1つの個としての実体を現したのだ。


『……置いて行き給え』


 それは、1人の老人の姿になった。

 たっぷりとした白髪と白髭。それに白いローブのようなものに、ひしゃげた長い木の杖。厳かなようでどことなく人懐こい声音まで含めて、まるでステレオタイプな“神”の如き様相であった。

 急に人間のような対話の形をとったものだから多少慌てたが、チィはどうにかそれに応じた。


『何を、言ってるんだ?』

『お前が守護している少女。ノーリとか言ったか。それは置いて行け』 

『何故?』

『……それはねっ! 彼女をこの世界の住人にするためよっ!』


 次の瞬間、老人はまた新たな姿へと変化していた。

 長くたなびく金髪に、青い目。整った鼻筋に真っ白な肌。そして豊かな胸とくびれた腰を申し訳程度に隠す、薄っぺらな布切れ。

 女神のつもりなのだろう。


『あの娘はねぇ、まさしくヒロインってカンジなの! 私の選んだ“ヒーロー”の誰かに、あてがってやりたいわ!』

『オイオイオイ、何ふざけたこと抜かしてんだコラ』

『ふざけてなんかいないわよぉ。あの娘ってホラ、けっこう顔もいいし、人懐こいし。それに元々の育ちがいいから、お姫様気質じゃない?』

『そこは否定しないけど……けど、お前なんかに渡すわけないだろっ』


 すると女神が、またもや別の姿になった。

 今度はタキシードに身を包んだ青年だった。整った顔で、まるで針のように細い高身長で、しかしそこそこ筋肉質なようで。はてさて今度は何者に化けたつもりなのか。


『よくよく鈍いな、君は』


 その得体の知れない、もはや泡ではない何かが、くつくつと愉快そうに笑う。


『私の方が、あの娘を上手く“使える”と言うのだ。適切な役割ロール。適切な場面設定。そして出会い。彼女と、そして彼女と結ばれることになる私のヒーロー―あるいはヒロインでもいいが―は、私の手の中で最高の幸福を得ることができる』

『舐めんなよ、クソが。ノーリがそんなモンに釣られるわけねーだろ』


 どこぞの新人団員のチンピラ口調を真似つつ、チィははっきりと拒絶の意を示す。

 だが“それ”もまた、負けじと言い返してきた。


『いいや、釣れるさ。だってあの娘も、辛い目に遭ってきたんだろう? 今まで私が救ってきた、数多のヒーローたちのように』

『な……』

『君は勘違いしている。私は偏狭などではなく、宇宙で最も寛大な存在だ。だってね』


 “それ”はにっこりと、優しく笑いながら言った。


『私の創ったこの世界なら、誰だって最高で、最強で、無双で、成り上がれて、見返すことができて、復讐ができて、ハーレムを作れて、スローライフを堪能できて、倫理観や知識の量で見下すことができて……主人公ヒーローになれるのだから』


















 

「ナイン」

「ああ……なんだよ?」


 朝食が終了し、会議室を出ようとしたところで声をかけられた。

 ナインが大扉の取っ手に手をかけたまま振り返ると、ノーリが深刻そうな顔つきで見つめてくる。


「追加調査の件、充分に注意してくださいね。何があっても、死ぬことだけは許しませんよ」

「大袈裟だな。そんなに心配しなくても、引き際は心得てるよ」


 苦笑しながら扉を開き、廊下に出る。するとノーリもちょこちょこと追随してきた。ナインの横に並ぶように、大股で歩きながら言う。


「あの“異常者”たち。転移者や転生者たちは危険です。絶対に刺激することなく、観察するだけに留めるんです」

「分ぁってるって、『決して戦闘を誘発するな』だろ。危なくなったら逃げるよ」


 司会進行役のスィスからも言われていたことだ。ただ彼としては、誰よりもまず戦闘狂のドスに釘を刺すつもりでそう発言したのだろうが。


「彼らはまともじゃぁありません。あんな……人を殺めておきながら、あんなに無邪気でいられるなんて」

「……まあな。ま、この世界じゃぁそっちの方が当たり前で、俺たちの方がまともじゃないのかも知れんが」

「茶化さないでください!」

「へぇへぇ」


 頬を膨らませるノーリをテキトーにあしらいつつ、しかしナインもその恐るべき事実について考えを巡らせていた。

 今までに出会った、あの常軌を逸した者ども。そして先ほど資料映像として見せられた同類たち。スキルだとかステータスだとかいう、奴らが使うあの得体の知れない超常能力もそうだが、それ以上に度し難いのは、連中のほとんどから見て取れる倫理観の欠如だ。

 まったく“異常者”どもとはよく言ったもので、あいつらときたらそのスキルだかを使って暴れることも、それで人やら動物やらを殺すことにもまったく躊躇をしている様子が見えない。

 まっとうな―この世界においては、そうではないのかもしれないが―人間性をもっていれば、殺しという行為を忌避するのが普通だ。ましてその対象が、自身と同じ人間とくれば、尚更である。

 もちろん例外はあるだろう。肉親や恋人の仇だったり、それと同じくらいに大切な親友だったりを無惨に殺されでもしたら……そういった場合ならば、殺意が倫理観を上回ることもあるだろう。

 だがあの“異常者”どもが繰り広げていた闘い、というか虐殺には、そんな背景バック・ストーリーがあったのだろうか? 少なくともあいつらの無邪気さの中には、そういった一切は窺えなかったが。


「ま、殺しなんざ喜んでやるもんじゃねぇやな」


 そう軽口を叩くと、不意にノーリが足を止めた。何事かと歩みを止めて振り返ると……ノーリが、じっとりとナインを見つめていた。


「ねぇナイン」

「な、何だよ」

「貴方の“初めて”は、どんな感じでしたか?」


 その言葉に性的セクシャルな意味合いが一切含まれていないことは、会話の流れと、何よりこの少女の暗い表情から察しがついた。

 きっと先日の……件の“異常者”の1人の暴走によって致命傷を負った山賊たちを、ナインが楽にしてやったことを思い起こしたのだろう。


―さて、どうしたもんかな


 ナインが真顔になって考え込む。するとノーリが、我に返ったように慌てて両手を振った。

 

「す、すみません。言いたくなければ……」

「いや、いいさ」

 

 誇るようなことではないが、必死になって隠し立てするようなことでもない。それにこの団長様とは、どうせこれからも永い付き合いになるのだ。変に勘繰られたり誤解されたりするよりも、スパッと伝えた方が良いだろう。


「俺が生まれて……というより、製造されてから1年って頃だったかな。市街地での夜間偵察任務に駆り出されて、完全な真っ暗闇の中を、戦術マップとオペレーターの指示を頼りに進んでた」

「製造。確か貴方は、その。複製くろーん人間なんでしたっけ」


 ドリーム世界ランドでの悶着の際に守護女神から聞いていたのだろう単語を、ノーリが呟く。しかしその本質を何処まで理解しているのかは怪しいところだった。

 なにせナインは科学によって生み出された怪物モンスターであり、彼女が専門とするところの魔法とは対照的な存在なのだから。


「厳密にはちょいと違うんだがな。で、その時俺は相棒と―同時期に製造されたヤツと一緒に歩いてたんだ。その相棒がふとこう言った。『今、何か音が聞こえなかったか?』ってな」

「それはひょっとして、敵……」

「ああ。俺たちもそう思って、警戒した。初陣ってわけじゃぁなかったが、かなりビビっててな。スッゲー引け腰だったぜ」


 暗い雰囲気にならないように、わざとらしく情けない顔を作って肩をすくめて見せる。しかしノーリは、クスリとも笑おうとしなかった。目を細め、じっとナインを見つめながら、話の続きを促してくる。

 ナインはいたたまれない気分になりつつも、再び口を開いた。


「あー……そしたら、まあ、笑えることに。真っ暗闇の中、敵の部隊とばったり鉢合わせしちまってな。本当に目と鼻の先くらいの距離で。あんまり暗かったんで、お互いに気づかなかったんだ。それで俺は、即座に突撃銃アサルトライフルを構えて、敵に向かって掃射した」

「……それが、貴方の“初めて”だったんですね」


 ノーリが聞いたことを後悔するように、というより懺悔するように顔を伏せる。それに対してナインは、努めて大袈裟に明るい声で言った。


「その時のマズルフラッシュで、一瞬だが敵の表情がよぉく見えてな。いやぁ、ヒデェ間抜け面だったぜ。マジで傑作だった」

「……」

 

 ノーリはもうナインの方を見ていなかった。というより、明らかに意識して目を反らしているようだった。

 強がっているのを見透かされたのだろう。ああ、その通りだ。

 脳裏にこびり付いた敵兵士たちの、『信じられない』、『どうして自分が』、とでも言いたげな表情。今でも時折夢に見る。

 きっとあの暗闇の中、息絶えた後もずっとそのままだったのだろう。あんまり恐ろしかったので、確かめられなかったが。

 きっとそうに違いない。


「それで……」

「ん?」

「それで、どうなったんです?」

「別にどうも。生き残ったことを相棒と喜びあって、駐屯地に帰って、それで寝たさ」

「それだけですか?」

「ああ、それだけ」


 いや、大嘘だ。それだけではなかった。

 相棒と共に駐屯地に生還し、上官への報告と装備の保守点検を済ませ、そして寝袋に潜り込んで……そこまでは良かった。

 だが束の間の休息時間の中、ナインの中のセンチメンタルな部分が、大声でナインを罵りだしたのだ。

 取り返しのつかないことをしやがって。

 お前は人間じゃない。

 この最低の人殺し野郎め。と

 そして頭の中で反響し続けるその罵倒に耐えながら、朝までずっとガタガタと震えていた。一端の兵士として生み出されておきながら、情けなくもあったが……それ以上に、初めての殺人の経験から、ショック状態に陥ってしまっていた。

 ただそのとき、唯一の救いがあった。

 隣の寝袋から、押し殺したような泣き声が聞こえきたのだ。

 相棒だった1号。奴もまた、ナインと同じように、あまりの罪悪感に苦悶していた。申し訳ないがそのおかげでナインは少しだけ気が楽になった。

 そしてそれは、きっとあいつも同じだったのだろう。


 命を奪うとは。


 人を殺すとは、つまりそういうことなのだ。


 それなのに、何故。


 どうしてあいつら転移者だの転生者だのは、あんなに溌溂とそれを為せるのだ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ