偏狭な世界・5
一般的な高校生コウノスケは、あるときクラス転移に巻き込まれ、異世界へと召喚されてしまう。
他のクラスメイトが異世界で生き残るため、次々と強力なスキルを発現させる中、コウノスケが手に入れたスキルはなぜか戦闘の役には立たない『建設スキル』だった。
クラスメイトたちから絶縁を宣言され取り残されたコウノスケは、泣く泣くたった一人で異世界を生き抜く羽目に。しかしこの『建設スキル』、実はとんでもない性能を秘めていて……?
「うわあ、もう大勢いますねぇコウノスケ様」
「そうだな。俺たちが最後だったみたいだ」
会場である代官の館には、すでに俺やミーコ以外の建築業者が集まっていた。みんな今回の『議事堂の新築』を請け負いたい連中ばっかりだ。
ジフチー工務店、カタニ組、ビスナンサ建設工業。
それにあの、マウテア建設の代理人もいる。ごてごてと宝石ばっかりついた杖なんか持って、成金趣味前回の優男だ。
今日はボディガードっぽい眼つきの悪い男も連れてやがるな。
「それでコウノスケ様、これから何が始まるんですか?」
「ああ。競争入札さ」
「きょうそう、にゅうさつですか?」
俺は競争入札についてミーコに説明した。
競争入札ってのは、今回みたいな請負契約を何人もの人間が希望するときに便利な方法だということを。資金を出す側に対して、最も有利な条件を示す人間が契約を勝ち取れるということを。
「この入れ札ってのに金額を書いて、そこの箱に入れるんだ。俺たちみんなでね」
「するとどうなるんです?」
「安い金額を書いた業者が工事を請け負えるのさ」
「でもコウノスケ様、それだとマウテア建設や他の業者がどんな金額を書くのかは分からないではないですか? コウノスケ様よりも安い金額を書かれてしまったら、負けてしまいます」
「大丈夫だ、問題ない。きちんと下調べしてあるからな」
マウテア建設は隣の町にかなり昔からある建設業者で、大きな工事のときには必ず出張ってくる。しかもこの町を仕切っている代官であるイダクアとは利権関係でズブズブで、俺たちみたいな小さな業者には美味しい仕事を絶対に回さないようにしやがるんだ。
だから俺は今回、この競争入札という手を打つことにしたんだ。
マウテア建設は確かに大手だし仕事もきっちりしている。けどそれは、従業員が大勢いるからだ。人が多ければそのぶん経費がかさむ。
だが俺の『建設スキル』を使えば、材料費さえ払えばどんな建物だって一瞬で完成させることができる。人手なんていらないし、時間だってかからない。
「俺はこの入れ札に、10000ゴールドと書いた。これは俺の『建設スキル』のコストに、ほんのちょっと俺の取り分を足しただけの数字だ。マウテアはもちろん、他の業者にもこんな低い数字は絶対に出せない」
「すごいですコウノスケ様! この競争入札があれば、絶対に仕事がとれるわけですね!」
「そうさ。まあ見てろよ」
しばらくして全部の業者が入れ札を箱に入れ終わると、いよいよ入札が始まった。
代官の秘書の男が箱を開けて、順番に入れ札に書かれた金額を読み上げていく。
「ジフチー工務店、30000ゴールド! カタニ組、31500ゴールド! ビスナンサ建設工業、29800ゴールド!」
どこの業者も、俺の3倍近い値段をつけているようだった。
まあ仕方がないだろう。業者の中には『怪力スキル』や『体力超強化スキル』なんかをもっている奴らもいるけど、それで一瞬で建物が建つわけじゃないんだ。
そしていよいよ俺の番がきた。
「コウノスケ・カンパニー、10000ゴールド!」
「10000ゴールドだって!?」
「バカな!? ありえない!」
「この大きさの議事堂を建設するには、最低でも20000、いや25000は必要だというのに」
「いったいどうやって、そんな安値で……?」
他の業者の連中が、驚いた眼で俺たちを見た。
ふふ、悪いなみんな。今回はどうしてもこの仕事を逃すわけにはいかないんだ。急いで金を用意しないと、奴隷小屋で売られているハーフエルフのソフィアが誰かに買われてしまう。
「マウテア建設、9000ゴールド!」
「……は?」
俺は硬直した。
なんだそりゃ、ありえないだろ。
「以上の結果により、今回の入札はマウテア建設に決定いたしました!」
「謹んで承ります。では詳細については……」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
なに勝手に話を進めていやがるんだ。
俺はマウテアの代理人と秘書に詰め寄った。
「おいお前ら、裏取引しやがったな!?」
「コウノスケ様、『うらとりひき』ってなんですか?」
「あらかじめ裏で話し合って、マウテアが落札できるように決めてあったのさ」
「でもコウノスケ様、マウテア建設の方が安かったのはなぜですか」
「それも仕組まれてたんだ。入れ札の中で一番低い金額から、さらに低い金額になるように、この場で細工をする手筈だったんだ!」
「な、な、な、な……なんのことですかな?」
でっぷり太った秘書が滝のような汗をかきながら首を振る。
なんて分かりやすい態度だ。やっぱりやってやがったな。
「おおかたこの後、本当の値段交渉をするつもりなんだろ? そうはいくか!」
「わ、わたくしたちは、あくまでも公明正大をモットーとしております。だからこそ、あなたが提案したこの競争入札に応じたのですよ?」
「最初は乗り気じゃなかっただろうが! おい代理人! お前が入れ知恵したんだな!?」
俺が指さすと、代理人が目をぱちくりとさせた。
「あのう、盛り上がっているところに水を差すようでなんなのですが……それはすべて、貴方の憶測に過ぎないのでは?」
「俺みたいに『建設スキル』をもってないお前らが、たった9000ゴールドで工事できるもんか! 後になって理由をつけて、どんどん経費を追加していくつもりだろ!?」
「仮にそうだったとして、何が問題なのです?」
「問題って……問題だらけじゃないか!」
「マウテア建設が、後から追加の資金を頂くことになる可能性は、まあ確かにあるでしょう。仕様変更、天災や事故による工事の遅れ。不測の事態はつきものですから」
「そ、それならなおさら俺が請け負った方がいいじゃないか! 俺ならずっと安く、それにすぐに『建設』できるんだぞ!」
「そうです! コウノスケ様の言う通りです!」
他の業者たちも、そうだそうだと声を上げ始めた。まったく、ズルなんかするからこうなるんだ。
すると青年は眼鏡をずり上げ、軽く溜息をついた。
「貴方は、雇用というものを理解しているのですか?」
「え?」
「仮に今回の『議事堂新築』を受注できなかった場合、マウテア建設はそれなりの経済的な損失を被ることになります。最近大口の仕事が減っておりますからね。確実に数十人の首を切ることになるが、それを理解しておられますかな?」
「え? え?」
「失職した彼らの今後はどうなります? その家族は? まさか貴方が面倒を見てくださるとでも?」
「いや、でも、安くて早い方が絶対に……」
青年がまたため息をついた。そして俺の方を見た。
なんて眼だ。中学のときに同じクラスだった、花沢と同じじゃないか。勉強もスポーツもできて、おまけに女子にももててた嫌なヤツ。
いつもいつも俺のことを馬鹿にして、見下しやがって。
「お、俺の『建設スキル』なら……」
「貴方のそのスキルとやらについては聞き及んでおります」
「だったら……」
「貴方ならば、確かに工事を一瞬で完了させられるかもしれない。ではこの町に落ちる筈だった金はどうなるのですか?」
「え?」
「工事の期間、従業員はずっとこの町に滞在することになる。その間彼らは、町の宿舎や酒場、それに娼館に少なくない金を落とす訳だ。一瞬で工事が終わってはその流れが経ち切れてしまうが、つまり貴方は、この町の住人に損失を与えても良いとおっしゃる?」
「え? え?」
何を言ってるんだ、こいつは。わけがわからない。
だって、安い方がいいに決まってるじゃないか。だから競争入札なんてのがあるんだろ。
だから俺は……俺は間違ってなんか……
「ああ、なるほど」
代理人が、またもやため息をついた。
「“貴様”もその程度か、つまらん」
「なっ」
「時間の無駄だ。好きにしろ」
代理人はそれ以上何も言わず、その場を去って行った。眼つきの悪いボディガードも、その後に続いた。
しばらくしてから、残った業者たちやミーコが俺に声をかけてきた。
「コウノスケ、すごいじゃないか!」
「……え?」
「あんなこと言ってたけど、あいつは結局お前に勝てないと思ったから逃げたのさ!」
「ああ、きっとそうだよ! だってこの競争入札は、コウノスケの言った通りに談合のせいで不正が行われていたんだろ?」
「そうですよ、コウノスケ様! 後になってから別室で正式な値段を決定して、後に追加予算としてしれっと計上する腹積もりだったに違いありません! それで便宜を図った代官側には、多額のキックバックがされるところだったんでしょうね!」
「え……ああ……」
「コウノスケは代官たちの悪行を暴いたんだ!」
「さすがはコウノスケだぜ!」
口々に言いながら、みんなが俺を褒めたたえ、肩を叩き、頷く。
でも俺は。俺の中には、上手く言えないが、何か良くないものが……
「おいスィス!」
ナインは館の玄関口に立ち、大声で呼び掛けた。
「良いのかよ。受注するまでが契約だった筈だろ」
しかし今しも門から出て行こうとするスィスは、返答しなかった。愛用の杖を苛立たし気に弄び、そのままナインの視界から消えてしまう。
「ちっ……」
舌打ちを一つ放つと、ナインはスィスを追いかけた。
どの道、今回マウテア建設から工事受注のための代理人役を引き受けたのはあの男だ。ナインはあくまでも近くで別件の調査をしていて、それでたまたま顔を出しただけなのだから、彼の不手際に世話を焼いてやる必要はない。
小走りに門をくぐると、意外にもスィスはすぐそばで足を止めていた。
「何だって途中で放り出すようなことをしたんだ。あのままいけば、お前の勝ちだったのに」
「いや……そうはならなかっただろう」
スィスはそれだけ言って、また歩き出した。訝りつつ、ナインも慌ててそれに従う。
「あのコウノスケとか言うやつ、まったく反論できていなかった。もうちょいで引き下がったろ」
「いいや、そうはならん。ここは。この世界では、ああいう連中には絶対に勝てない仕組みになっているのだ」
「どういうことだ?」
「……まだ推測の段階だ。考えがまとまってから話す」
煮え切らない態度を不信に思い、ナインはそっとスィスの横顔を盗み見た。
前の世界で“転生”したときのままの、黒い肌の青年。若干時間を経たためか年を喰ったようだが、まだまだ肉体年齢はナインと同じ程度だ。つまり今しも彼の眉間に深い皺が刻まれているのは、彼が珍しく熟考をしているということの証左なのだろう。
ナインは、そう推測した。
こういうときに声をかけられるのは、酷く癇に障るものだ。仕方なしにナインは、黙ってスィスの隣を歩くことにした。
代官の館を出て石畳を歩き、町を南下していく。するともうすぐ川が見えて、その先には商店通りがある筈だ。
―ああ、やっぱりあった
初めて来た町だというのに、ナインにはその構造が、まるで手に取る様に分かった。
なんとも奇妙なことだが、それにはきっちりとした理由がある。円形の外壁に囲まれ、中央には大きな川が流れている、石造りの建物が敷き詰められた町。この世界には、これとまったく同じ条件の自治体がいくつもあるようなのだ。
普通、町やら都市やらは、風土の影響を色濃く受けた外観を形作るものだ。それなのに調査した限りでは、少なくとも数百からなる自治体が、前述のような限定的な共通点を有していた。
『スキル』なる異能力もそうだが、どうもこの世界は団員たちのもつ常識とは少々ズレた法則が働いているのは間違いない。
もっとも常識などというのは、土地が変われば色合いも質もまったく変化するものだ。よしんば世界を別にするのならば……
「どちらが正しいと思う?」
「あぁ?」
出し抜けに声をかけられナインは思わず変な声を上げてしまった。
慌てて隣を歩くスィスの方を向いてから、改めて問いかける。
「どっちがってのは?」
「先の入札の話だ。あの男は、自分の方が安く工事できると言った。対して我は、雇用や町に流れる金の問題を説いた。果たしてどちらが正しい?」
「そりゃ……両方だろ」
ナインは少し考えてから答えた。
「議事堂ってぇのは公金で、つまり税金で建てるんだろ? なら安い方が良いに決まってる。浮いた分の金を別の公共事業に回せるんだしな」
「ふむ。では我の論説の方は?」
「ありゃつまり、町全体の経済を考えての発言だろ。税金として町人から巻き上げた金は、結局何らかの形でまた町人に還元しなけりゃならん。『金は天下の回り物』ってやつ」
するとスィスの表情にほんのわずかに喜色が戻った。そして杖の先で、軽くナインの肩を叩く。
「やはり貴様は……馬鹿ではないな」
「そりゃ誉めてくれてんのかい?」
「そのつもりだ。少なくとも、先のうつけ者より遥かにマシだ」
鼻を鳴らすナインに対し、うんうんと何度もうなずくスィス。人を喰ったような態度ばかりのこの男だが、こうして不意打ちの様に評価をしてくれることもあるので反応に困る。
いつもキツイことを言われてる反動からか、どうしてもこう、なんとなく、頬が緩む程度には嬉しくなるではないか。こういうのを、心理学用語で何て言うのだったか。
「貴様の言う通り、ミクロ経済的な視点から言えば、安さは絶対的な正義だ。品質が担保され、尚且つ供給にかかる期間まで短いとくれば、あの阿呆の受注を拒む理由はない」
「ならお前が言ったのは、もっと大きな……マクロな視点からの経済論ってことか?」
「左様。我も前の世界で“聞きかじった”程度の知識でしかないがな」
「心にも無ぇ謙遜しやがって」
「ふっ。まあとにかく、両論は視点が違うのだから相容れることは絶対にない。ただあの場においては。つまり“競争入札”という状況にあっては、あの阿呆が一人勝ちするのが普通だ」
それはそうだろう。なにせ競争入札は、もっとも好条件を提示した者が権利を勝ち取るというシステムだ。この場合の好条件とは、単に工事にかかる費用である。
『スキル』だかなんだかでそれを削減できるのならば、それに越したことは無い。町に副次的に流れる金など度外視するべきだ。
「しかしあの男は……入札というシステムを持ち込んでおきながら、その点を深く理解していないようだった。我が代官らと組んで仕掛けた小細工を見破ったまでは良かったが、詰めが甘すぎる」
そう。この町には、競争入札という制度がなかった。
市場経済は構築されているのに、その程度の概念が存在していなかったのだ。今回それを、あのコウノスケという男が突然提示してきて、他の業者もそれに乗っかってきたものだから、大手ゼネコンであるマウテアは大慌てで対策を練っていた。
その事情を聞きつけて面白がったスィスが、横から手を出したのが今回の顛末だった。
「やり手かと期待したが、とんだ期待外れだ。それに『建設スキル』という馬鹿馬鹿しい異能はなんだ? 資金以外のリソースをかけずに建築を行うだと? 我がそんな力をもっていたならば一月で……否、半月でこの世界を手中に収められるぞ」
「実際お前なら、それくらいできそうだよな」
「兎に角、これ以上の長居は無用だ。今回のことで、奴には完全に敵として認識されただろうからな」
「なんだよ、それが何の問題だってんだ?」
軽口のつもりだった。
前の世界でそうだったように、スィスは周囲の状況を引っ掻き回して混乱を振りまき、それを愉しんでいる節があるからだ。恨みや憎しみの類をタダ同然で買い叩くような、そんなことばかりしている男が、今さらあの程度の男を敵にまわすことで何を危惧するのか。
そんな思いからの言葉に、しかしスィスは異様な剣幕で応じた。
「問題だ。恐らく、いやきっと問題なのだ」
ナインの鼻先に杖を突き付け、まるで警告するかのようにスィスが述べる。
「ナインよ、貴様も注意を払え。決して“ああいった”連中の敵になるな」
※経済に関してはズブの素人なので、友人の知恵を拝借しました。多分色々おかしいです。




