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偏狭な世界・2

 ごく普通の高校生イエモリは、ある日突然救世主として異世界に転移させられてしまう。

 そこは転移者が強力なスキルを発現させる世界だったが、何故かイエモリのスキルは強力な武器を一切もてない、素手で闘うしかない拳のスキルだった。

 役立たずの烙印を押され、危うく殺されかけたイエモリは、復讐の旅に出ることを決意した。

 道中で購入した奴隷少女のアズレリアと共に苦難を乗り換え、努力し、どんどん成長していくイエモリ。いつしかそんな2人の周囲には大勢の仲間たちが集まるようになっていく。

 救世主としての使命は果たすが、しかし自分を裏切った連中にもきっちりと復讐はする。そんな決意を胸に、イエモリは今日も旅を続けるのであった。



「轟雷撃発電波拳っ! うぉぉぉぉっ!!」


 ドゴォッ!!


 グゴゴゴゴ……


 どすん!!


 俺の必殺の一撃によって、グリズリーベアーが倒れた。巻き込まれた木が何本かバキバキとへし折れた。

 その巨体には、大きな風穴が空いていた。

 ふう、やれやれ。かなりデカい奴だったけど、なんとか倒せたな。

 グリズリーベアーのHPが完全に0になったのを確認してから、俺は背後の3人へ振りむいた。


「大丈夫だったか?」

「おお……スマンのぉ、助かったわい」


 さっきグリズリーベアーに襲われそうになっていた3人の内の1人、顔中がヒゲまみれのオッサンが、頭をかきながら礼を言ってきた。

 裸足に胴着のようなものを着ている。いかにも武闘家って感じだった。


「どうもありがとうございました」


 もう1人が、ぺこりと頭を下げた。こっちはオッサンみたいにボロボロの服ではないが、同じくらいに変な格好だった。

 高校生が着るようなブレザーにマントを羽織り、魔法使いみたいな帽子をかぶっている。

 ズボンをはいているので男かと思っていたが、顔を見てみると可愛い女の子だった。しかも髪はピンク色だ。


「……」


 最後の1人は軽く会釈しただけだった。

 とんでもなく眼つきの悪い男だ。この世界では珍しい、スーツのような服を着ている。

 一瞬、俺と同じ日本人なのかと思ったが、別にどうでもいいので確かめるのはやめた。

 ずっと俺を睨みつけてきやがるし。


「まあ無事でよかったよ」


 俺はちらりと女の子の方を見た。さっき危うくグリズリーベアーの攻撃を受けそうになっていたが、怪我はなさそうだった。

 俺たちは次の目的地に向かう最中だったのだが、通りかかった森の中でこの3人がモンスターに襲われているのを偶然見つけたのだ。

 それで、思わず助けに入ってしまった。そんなことをしても何の得にもならないってのに、我ながらお人好しだなぁ。

 ため息をついていると、アズレリアが駆け寄ってきた。

 

「さすがはイエモリ様です! あんな大きなモンスターをたった一撃で!」

「あー、しまった。そういえば今日は、お前のレベル上げもするつもりだったのにな」

「人助けのためですから、しかたがありません!」

「うん、そうか。それより軽く自己紹介をしよう」


 俺は3人の方へ体を向けた。


「俺はイエモリだ。そしてこっちはアズレリア。2人で旅をしている」

「おう、そうか。儂はドス。それでこっちの2人は、ノーリとナインじゃ」

「よろしくお願いしますね」

「……おう」


 女の子はにこやかに手を振ってきたが、男の方はまだ睨みつけてきやがった。

 ケッ。おおかた俺の噂話を聞いたんだろう。無視だ。


「それでお前ら、何をしてたんだ」

「すぐそばの村が、流行り病に苦慮しておるという話でな。で、この森にはその病に効く薬草があるというので、探しに来たんじゃ」

「サラマンダー草のことか。そうか、ここは採取ポイントなのか」


 そういえば俺たちも、数日前に立ち寄った村でそんな頼みごとをされた。

 だが俺たちは先を急ぐし、見ず知らずの人間を助けてやる理由なんてないから断ったのだ。

 

「でもサラマンダー草は、採集スキルが10以上はないと入手率が極端に落ちるぞ。大丈夫なのか?」

「なに? 採集……すきる?」


 オッサンが首を傾げた。

 なんの話か分からないって感じだ。


「おいおいなんだよ。まさか採集スキルにポイントを振ってないのか?」

「ポイント……?」

「なんですか、それ」


 他の2人も同じように首を傾げた。それを見た俺はため息をついた。

 採集スキルは冒険者の基礎中の基礎だ。そんなことも知らないくせに、薬草採取の依頼を受けたのか。


「ちょっと待ってろ。ステータス、オープン!」


 空中にウィンドが表示され、3人のステータスが明らかになる。



 どす

 【ぶとうか】

 れべる1

 ひっとぽいんと50

 まじっくぽいんと50

 きんりょく10

 びんしょう8

 たいきゅうりょく9

 ちりょく10

 はんだんりょく9

 すきる:なし



 のーり

 【まほうつかいみならい】

 れべる1

 ひっとぽいんと10

 まじっくぽいんと40

 きんりょく5

 びんしょう5

 たいきゅうりょく3

 ちりょく7

 はんだんりょく5

 すきる:なし



 ないん

 【たんていみならい】

 れべる1

 ひっとぽいんと5

 まじっくぽいんと5

 きんりょく3

 びんしょう3

 たいきゅうりょく2

 ちりょく5

 はんだんりょく6

 すきる:なし



 なんだこりゃ? 全部ひらがな表記ってどういうことだよ。しかもレベル1って……

 呆れかえる俺に、オッサンが話しかけてきた。


「どうしたんじゃ、なんか問題でもあったのか?」

「いや……もういい。俺が手伝ってやるからレベル上げをしろ」

「なに、れべる上げ?」

「お前ら初期レベルだろ、だからスキルを1つももってないんだ。だからこれからレベル上げをする」

『はぁ……』


 3人が同時に首を傾げる。

 やれやれ、そんなことも分からないとは。それでよく今まで生き残れってこれたもんだ。


「いいからついて来い。ちょうどアズレリアのレベル上げをする予定だったしな」


 俺はアズレリアと3人を連れて、森の奥へと入って行った。

 しばらくすると、ノーリという女の子が心配そうに声をかけてきた。


「あのう、どこまで行くんですか?」

「そんなに奥までは入らない。あんまり進むと、強いモンスターが出てくるからな」

 

 俺はノーリの方を振り向きながら言った。

 その時、茂みから1体のモンスターがとび出してきた。


 グリズリーベアー(幼体)

 LV.5

 HP20

 MP0

 筋力15

 敏捷10

 耐久力11

 知力2

 判断力6

 スキル:嗅覚


 グリズリーベアーの子どもだ。

 さっきの成体よりもだいぶ弱いが、初期レベルで相手をするとそこそこ手強い。

 だがアズレリアと4人がかりなら、こいつらでもなんとかなるだろう。

 そう思っていると、ノーリという名前の女の子が一歩前に出た。

 おいおい、まさかいきなり突撃するつもりなのか?

 初期レベルってことは、今まで戦闘したことなんてないんだろう。それじゃあさっきの二の舞だ。

 俺は慌てて駆け寄ろうと……
































「喝っ!!」









 女の子が叫んだ。

 鼓膜が破れそうなくらいの、ものすごい大声だった。 

 森中の木や草が揺れている。

 モンスターが驚き、逃げ出してしまった。


「おい何してるんだ!?」

「え、危ないから追い払おうと……」

「それじゃレベルが上がらないだろうが。倒さないと経験値が入らない」

「けいけんち……」


 俺は頭を抱えた。

 どうやらこいつら、経験値すら知らないようだ。どうりでレベルもステータスも初期値のまま、しかもスキル無しなわけだ。


「イエモリ様、どうしますか?」

 

 アズレリアが声をひそめて話しかけてきた。

 俺はノーリの方を見ると、少し考えてから答えた。


「しょうがないから、もう一回だ。今さら見捨てるのも、気分が悪いしな」

「さすがはイエモリ様です! あんなゴミ共にもお優しいんですね!」

「そんなんじゃないさ」


 俺はアズレリアの頭をなでてやった。



 













「何なんだよアイツら。聞えよがしにゴチャゴチャと……」


 ナインが歯ぎしりをしながら唸った。そして右手をそろそろと、懐の熱線拳銃へと伸ばしていく。本気で撃つつもりはないが、それでも腹に据えかねているようだ。

 その気持ちはドスにもよく分かった。あのイエモリ何某、悪“気”はないのだろうがとかく態度がでかい。その上何かにつけてこちらを小馬鹿する。


「まぁ大目に見てやれ。あれで儂等を“気”遣ってくれとるんじゃろうし」 

「いらんお節介だってんだよ。さっきアイツが殺した熊だって、ノーリがやったように適当に脅かしてやれば良かったのに……」

「あの状況じゃあ仕方なかろ。まさかこのノーリが、熊を引っ叩こうとしておったなんて思うまいて。むしろ上手くあの男と接触出来て、結果的には良かった」


 実のところ、あのイエモリ何某との邂逅は偶然のものではない。

 すでにアラインの調査活動は第二段階に移行しており、少数のグループに分かれた団員たちが別個に行動を始めている。その一環として、ドス達はこの近辺にある集落に訪れたのだが、そこで奇妙な噂を耳にしたのだ。


『“拳スキルしか使えない転移者”の罪人が、近々この辺りにやって来る』


 ノーリの“世界渡り”によって多世界を旅する団員だからこそ、その『転移者』という単語には敏感にならざるをえない。

 自分たちと同じく、こことは異なる世界からやって来たのか。あるいはさらに、その人物も不死性を備えており、尚且つ永遠パーマネント旅人トラベラーとして当てのない放浪を延々と続けているのではないのか。

 もしそうであるならば、放置しては置けない。

 それは心優しき不死人の長である、ノーリの言葉だった。最近拾ってきた新人ナインのように、その人物も必要であるならば勧誘するべきだと述べたのだ。

 ドスもそれに同意し、同行を申し出た。ただし彼の場合、件の人物を仲間として迎え入れたいというのではなく、ただ武人としての欲求に従ったのだが。

 “拳スキル”。

 スキル云々のくだりには違和感を覚えたが、もしかすると自分と同じ武闘家なのではないのか。もしそうならば会ってみたい。そして実力者ならば、手合わせをしてみたい、と。

 先行して偵察をしてくれていたタム達から、噂の人物がこの森を通過する予定であるとの情報を得て、喜び勇んで待ち伏せることしばし。そこで熊に乱入されてしまい、仕方なしに一番傍にいたノーリが撃退しようとした。しかしタイミングが良いのか悪いのか、さらにイエモリ何某が乱入してきたのだ。

 その際、実際にこの眼で実力を測ることが出来たのは収穫だったが、その結果には大いに失望せざるを得なかった。

 あれは“武”ではない。

 なにやら大仰に喚いてはいたが、ドスたちが理解するところの技や術の、その片鱗も見えなかった。

 身体の重心も、四肢の振りも、何より“気”の運用も。何一つとっても様になっていない。鼻水を垂らした餓鬼が、ふざけて遊んでいるのと同じ領域レベルだ。


―だのに何故じゃ?


 あの男が熊を一撃で屠る瞬間は、ドスもしっかりと目撃している。そして、だから納得ができていない。

 獣に素手で相対するとなれば、生半の修練ではどうあっても死傷は免れない。全体、種として肉体の造りが違い過ぎる。脆弱な人間如きでは、土台、敵う筈がないのだ。先の熊などはいい例だ。

 強靭な骨格に筋肉。毛皮の下には分厚い脂肪。それに爪や牙。どれ1つとっても人が―普通ならば、という但し書きが不随する。現にドスがそうであるのだし―手にできない完成された肉体的武具だ。

 もちろん世界が異なればそれらの事情も多少は変化してくるだろうが、少なくとも成人男性の倍以上の身長を2本の足で支えられるのならば、その身体能力の高さはおおよそ判断がつく。

 それをあんな、どう見ても二十代に差し掛かったかどうかのあの男が。

 心・技・体のいずれも鍛えられていない子どもが、倒せるものなのか。


「……って言うかですね。私、気になって気になって仕方が無いんですが」


 首をひねるドスを余所に、ノーリが声を潜めて訴えてきた。なにやら真剣な表情である。


「あの人。さっきからず~っと私のことじろじろ見てくるんですけど。まじで気持ち悪い」

「お前、そりゃ自意識過剰ってもんだぜ」

「いいえ、そんなんじゃありませんよ。だって分かりますもん!」


 茶化すナインだったが、ノーリは嫌悪感も露に両腕で身体を抱きすくめ、軽く身震いをした。

 “気”配を探る限り、ノーリの言葉に偽りはないようだった。あの男の注意は、もっぱら彼女の方に向いている。

 ひょっとして気があるのかもしれないが、それにしては侍らせているあのアズレリアという少女に対して、過剰とも思える身体的接触スキンシップをしているのはどういう訳なのか。

 “気”が多いだけというならそうかもしれないが、なんとなく引っかかるものを感じてしまう。


「おい、いつまでそこでグズグズしてるんだ! そろそろ行くぞ!」


 イエモリ何某が苛立ちながら声をかけてきた。女の“気”の済むまで頭を撫でてやったらしい。

 ナインが横目でこちらを見ながら問うてきた。


「おい、どうすんだ? まだヤツに付いて行くのか?」

「まだ分からんことがあるからのぉ。“れべる”だとか“すてーたす”だとか……」

「ええ。うまく翻訳できていないようですし、もう少し一緒にいてもいいかと思います」


 ノーリが胸元のペンダントを軽く指で弾く。

 団員の証であるこのペンダントには、異なる言語を瞬時に翻訳し、着用者に理解させるという機能を備えている。だがデータにない言語はその限りでは無く、よって初めて訪れた世界ではまず、現地住民の会話を大量にサンプリングすることで、単語や文法を記録し類推させる必要があるのだ。

 今のイエモリ何某との会話の一部に意味不明な単語があったのは、この世界の言語データが不足しているのが理由であろう。ならば今しばらく会話を続け、それとなく先の単語の意味内容を探っていくべきだ。

 ここで入手した情報は今後、アラインがこの世界で本格的に活動するために、大いに役立つ筈であるのだし。


「まあ適度に付き合ってあげてから……あとの監視はタム達に任せて、逃げるとしましょう。あんまり仲良くしたいタイプではありませんし」

「クソが。思春期の餓鬼みてーな奴の相手なんざ、御免だっつーのに」


 思春期。

 それを同じく精神年齢の幼いナインが口にすることに、ドスは思わず苦笑してしまいそうになった。だが同時に、その指摘の正しさに内心で頷く。

 あのイエモリ何某の言動からは、確かに何か思春期のような、精神的に不安定で危ういものが感じられる。

 過去に何か、心的外傷トラウマになるような体験をしたのか。あるいはだからこそあのように、横柄な態度でありながらもドス達のことで気を揉むという、不釣合アンバランスいなことになっているのかもしれない。

 そしてそれはまた、薄弱な精神と肉体でありながら恐るべき殺戮の力をもつという点にも同じことが言える。

 転移して来てからそうなってしまったのか。それとも転移する前からそうだったのか。

 ひょっとすると、その両方なのかもしれない。ドスは何の根拠も無く、そう思った。



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