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勇者と魔王の世界・25


「分からんな。さっぱりだ」


 注意深くこちらを見つめながらムハンマドが呟く。しかしその瞳の中には疑念の色がまったく見えない。だがそれは、ナインを信用しているからではないだろう。

 

「まあ説明するさ。……隣、座っても?」

「おい近づくな!」


 ベンチへ歩み寄ろうとすると、途端にムハンマドが色めき立った。懐から拳銃を取り出し、ナインの眉間へと狙いをつけてくる。

 だがナインはそれに構わず、ムハンマドの隣にどっかと腰を下ろした。そして大きく息を吐きながら、未だに再生しきらない打撲の痕を確認するように腕や肩を揉む。


「アンタ、さっきの連中をけしかけたろ? 俺が手を出さないと、そして死なないと確信していたからだ」

「……」

「おまけに護衛もつれてない。組織に余裕がないのもあるだろうが、必要がないと“分かってた”んじゃないのか」


 ムハンマドは渋面のままずっと銃を構えていたが、やがて舌打ちをしてから再びそれを懐にしまった。そして続きを促してくる。


「で、どういうことなのだ?」

「ああ。今から仲間の一人に連絡を取る。そいつにも一緒に話すよ」

「おい、まさか私を売るつもりでは……」

「そんなつもりはねぇって。“分かってる”だろ?」


 ナインのその一言に、ムハンマドが押し黙る。

 やはりだ。この男は、ナインに一切の敵意がないということを知っている。そうでなければ組織の顔役がノコノコとこんなところに出てくる筈がない。そしてナインの“戯言”に耳を傾ける筈もない。

 ムハンマドが大人しくなったのを確認すると、ナインは両手を首筋に伸ばした。そして首にかけているペンダントを引っ張り出す。


「それは?」

「通信装置さ。本当はちょっと違うんだが」


 このペンダントは、団員の証としてノーリからもらったものだ。通信機能の他にも、音声や文字などの言語翻訳、記録メディアに瞬間移動テレポート等々と、宇宙中の科学と魔法の技術が詰め込まれている。

 あまりに多機能過ぎて性能を十全に生かし切れていなかったが、“この件が片付いたらもう身に着けることができない”と考えると、少し惜しい気がする。


「そんな小型の通信装置が開発されたという話は聞いていないが……」

「まあちょっと黙って聞いてろよ」


 手早く通信機能を起動。呼び出す相手はもちろん団員。アラインの城に残っているピャーチだ。

 程なくして、ペンダント越しに作り物の少年の声が響いてくる。


『どうかしましたか、ナイン』

「おう。少し頼みがあるんだが……」


 言いながら、ちらと隣に視線で合図する。ムハンマドはやや驚いた様子だったが、すぐに表情を引き締めた。

 ……そういえばこのペンダントの機能も、団員以外の前で無闇に使用してはならないことになっていた。混乱の元だし、ひいてはアラインに災厄を招きかねない危険な行為だからだ。


―まあ、今さらだよな


 ナインはやや捨て鉢な気分になりつつ、ピャーチと、そしてムハンマドに説明を行った。これからナインが何を為すのか。そしてそのために、何が必要なのかを。

 はじめは黙って聞いていたムハンマドだったが、話が進むにつれてどんどんと表情を険しくしていった。そしてついに耐え切れなくなったように立ち上がると、ナインを遮ろうと口を開きかける。

 しかしムハンマドが何かを述べるよりも早く、まずピャーチが口を挟んできた。

 

『ええとですね。ちょっとお待ちいただけますか』

「なんだよ、出来ないのか?」

『いいえ、まず確認させていただきたいのです。その行為には、アラインにどのような利益があるのですか?』

「利益は……ない」


 ナインが絞り出すようにして答えると、ピャーチは続けて問うてきた。


『では団長ノーリ様からの極秘の指示なのですか? あるいは他の団員の方から?』

「どっちでもねぇ。俺からの、ごく個人的な頼みだ」

『それは……いったいどういった理由でです?』

「答えられん。それでどうなんだ、出来るのか出来ないのか」

『うーん……しかし……それでは……』


 ピャーチにしては珍しく、歯切れの悪い物言いだった。人工知能である彼には動揺などという感情的エモーショナルな反応はできないのに、きっぱりと否定せず、さりとて肯定もしない。

 今しがたナインがつけた注文は、あの全身義体の少年(あくまでもあれは仮の姿で、本体は城に設置された電子頭脳なのだが)ならば苦も無く達成できるものだ。いくつもの世界を渡る中で蓄積していった様々な科学技術を統括し、独自に体系づけている彼ならば、間違いなくできる。

 ピャーチを迷わせているのは、ひとえに動機と目的の不透明さゆえだろう。だがそのどちらも伝えるわけにはいかない。それを伝えてしまえば、ほぼ間違いなくピャーチに拒絶されてしまう。

 ナインは縋るような思いを込めて呼びかけた。


「とにかく頼むよ。力を借りたいんだ」

『しかしですね……おっと!』

「どうした!?」

『いえ。申し訳ありませんが、そのまま少々お待ちを』

「おいっ……」


 唐突に通信が切れてしまう。焦って接続し直すが、応答がない。待てと言ったからにはまたかけ直してくれるのだろうが、何かあったのだろうか。


「おいナイン! お前、いったいどういうつもりだ!?」


 ピャーチとの会話が途切れたところで、ムハンマドがいきり立った。ナインに詰め寄り、指を突きつけてくる。


「正気か!? そんなバカげたことが!」

「出来るさ。ピャーチが、今の通信の相手が協力してくれるならな」

「っ……そうだとて、お前に何の利益がある。どうしてそんなことができる」

「利益なんざ関係ねぇ。そうしなけりゃ、また俺のせいで人が死ぬ」

「なんだと?」

「ファティマだ。今度はあの娘が狙われているんだ」

「なっ」


 ムハマドの顔がみるみる青ざめていく。リーダーの娘の命が脅かされているからか、それとももっと別の理由があるのか。少なくとも、彼の激情はすっかり冷めてしまったようだ。


「ハディージャや、大勢の組織の人間が犠牲になったことは、もう取り返しがつかねぇ。だがひょっとすれば、あの娘は救えるかもしれん。だからやるんだ」

「しかし、お前はそれでいいのか。お前はあの二世の」

「アイツのことはどうだっていいんだ。俺は自分のやらかしたことのケジメをつけなきゃならねぇ。それに、ケジメをつけさせなきゃならねぇ相手もいる。それで、お前はどうするんだ?」

「むぅ……」


 ムハンマドが呻きながら、ベンチの背もたれにもたれかかる。酷い焦燥と苦悩に苛まれている表情だ。その横顔を見ながら、ナインはなんとなく勘付いた。

 この男が恐れているのは、将来的に反体制組織レジスタンスを背負って立つことになる少女が危機にさらされていることではない。もっと身近で、しかしそれ故に強い絆で結ばれた関係の誰かを、“また”失ってしまうことの方だ。

 明確な理由や確証なんてない。ただの直感だ。だがそれでも今のムハンマドからは、ナインの中にある何かを揺さぶるような負の感情を読み取ることができた。

 

「お前を……信じていいのか?」

「知るかよ。だが、ファティマの言うことなら信じられるだろ?」

「……」


 ムハンマドが黙りこくる。

 彼がナインを黙殺せず、彼の言うようにリスクを冒してまで会いに来たのは、そうするべきだと判断したからだ。ならばなぜそう判断できたのか?

 実に簡単だ。ファティマだ。彼女の物事の本質を見通す“力”は、ナインの本心をつまびらかにした。ナインのムハンマドたちへの意志を読み取ったのだ。

 そして彼女のその“力”を当てにし、ナインは丸一日かけて無謀な聞き込みをしていた。彼女ならば気づいてくれると。そしてその目論見は、この通りぴたりと当たったわけだ。


「ファティマが教えてくれたよ。『あの男が会いに来る。魔王を倒すための力になってくれる』とな。正直言って、私はお前を信用できないが……だがあの子がそう言うのならば正しいのだろう」

「なら、決まりってことでいいのか?」

「それはさっきの、お前の仲間とやらが本当に協力してくれるならばだろう」


 ムハンマドがそう言ったとき、折よく再びピャーチとの通信がつながった。 


『お待たせいたしました! 結論から申し上げますと、可能です!』

「そりゃあ……よかった」


 最悪の状況を予測していたが、食い下がるまでもなくピャーチは快諾してくれた。あまりの呆気なさに、ナインとムハンマドはそろって拍子抜けしてしまいそうになってしまう。


「あー。それで、用意にはどれくらいかかる?」

『そうですねぇ。現在、城の防衛機能の強化とこの世界の技術の分析に注力しておりますので、その余剰リソースを振り分けるという形になります。そうなりますと、どうしてもお時間をいただくことに』

「かなり待たなきゃならんのか? できれば急ぎたいんだが」

『大変申し訳ありません。ナインの立案した計画に適した小型ドローンの開発と、プログラムの書き起こし。それに事前シミュレーションと最適ルートの構築にかける時間を加味しますと、どうしても一両日はかかるかと』

「……意外と早いな」


 またもや拍子抜けしそうになってしまう。いつバイラムら護衛部隊が動き出すか分からないので安心できないが、ナインたちの方の準備時間を考えればむしろ好都合だ。


「ならそれでいい、頼んだ」

『承知しました! 早速取り掛かります!』


 通信が切れる。最初とは打って変わったすんなりした応対だ。どうやら先の突発的な通信切断は、親切な何方どなた様かが口添えをしようと割り込んできたからなのだ。きっと“彼女”に違いない。

 ナインの独断専行でまたもや迷惑をかけることになりそうだし、最後にはきちんと挨拶をしておかねばならないだろう。

 そんなふうに決意しつつ、ナインはムハンマドの方を見た。


「さて、話は決まりだ。それで? そっちはどうするんだ」


 ムハンマドは答えず、しばしの間じっと宙を見上げていた。そしておもむろに口を開く。


「ついていけるのは何人くらいだ?」

「せいぜい1人だ。それ以上は面倒見切れん」

「1人。1人か……」


 ムハンマドがうわ言のように呟く。この計画はナインにとって捨て身だが、そのついてくる組織の1人の人間も同じだ。間違いなく、生きては帰れない。選定は困難を極めるだろう。


「どうせまだ時間はある。明日まで待ってもいいぜ」

「いや、その必要はない。もう決めた」


 立ち上がろうとするナインを制し、ムハンマドがきっぱりと言った。


「私が行く。最後の決着は、私自身の手でつける」

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