表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/214

勇者と魔王の世界・24


「おいスィス、ちょっと待てよ!」


 廊下に出ると、守護女神のチィが喚きながら追いかけてきた。他にも後ろからぞろぞろと団員たちがついて来ている。そこにノーリの姿だけがないことを確認してから、スィスは歩く速度を緩めた。

 すると追い付いたチィが、隣を歩きながら言う。

 

「あんなに酷く言うことないだろ、仕方ないじゃないか」

「だが事実だ。奴は若いが、だからと言って失敗を許容してばかりもいられない。今後も役に立って貰うならな」 


 すると背後のドスが呆れたような声を上げた。


「お前さんなりの指導ってか? 突き落としてばかりじゃぁ育つもんも育たんぞ」

「我は貴様のような、褒めて伸ばすという教育方針には懐疑的でな」


 この悪友が武術の達人であり、なおかつ故郷の世界や旅先で大勢の弟子を取ってきたことは知っている(ノーリやタムもだし、最近はナインまで加わっている)。だからこそ一家言もあるのだろうが、それはスィスとて同じだ。

 未熟な者が手酷い失態をやらかしたとき、その原因を厳しく追及してやらねば、せっかくの経験を満足に生かすことなどできはしない。飴をくれてやるだけで子どもが育つならば、全宇宙の教育者は失業だ。


「それに団長を護る手段カードは多ければ多いほどいい。“貪食”の件もあるし、我らだけではまだ不完全だ。早めに鍛えておくに越したことはない」

「そりゃそうだけどさぁ……」

「まあいい。用があるので、我はここで失礼するぞ」

「なんじゃ、またぞろ大統領府か」


 ドスのその言葉に、今度は他の団員らが眼を輝かせた。トリー、フィーア、セーミである。


「私も……行きたい……!」

「元はお城だったんでしょぉ? 楽しそうだわぁ」

「お宝! キラキラいっぱいありますの!?」

「そんなものは残っていない。精々王家の歴史書くらいなものだ。カビの生えている、な」


 スィスは大統領府に入り浸る中で、その内情を細大漏らさず見てきた。あそこにはもう、彼女らが期待するような一切は存在していない。すべてアクバル大統領が“処分”してしまった。


「ちぇー……残念……」

「仕方ありませんわね。じゃあまたみんなで“ピコピコ”をしましょうか!」

「いいわねぇ、対戦しましょぅ」

 

 途端に落胆し、代案を相談しだす女たち。“ピコピコ”というのは、この世界で購入したゲーム機というやつだろう。

 外に出たらまたくだんの少女がのこのこと現れるかもしれないし、そうでなくともすでにこの旧首都など見飽きてしまったのだろうが、それにしても不健康なことだ。

 そこでスィスはふとあることを思いつき、足を止めた。


「セーミ、貴様はついて来い」

「えっ? どうしてですの?」


 突然指名され、少女が土気色の顔をきょとんとさせる。

 すぐそばでドスが眉根を寄せるが、それを無視して続けて言った。


「貴様の力を借りたい。なに、暇ならその“ピコピコ”でも何でも持ってくればいい。なんなら他の連中も一緒でいいぞ」


 すると女性陣は顔を見合わせた。結局部屋の中に閉じこもって遊ぶのならば、それがこのマンションの中でも大統領府でも同じことだ。むしろ見飽きたここよりは、広いばかりでうら寂しいあの建物でも少しは環境の変化を愉しめるだろう。


「いいんじゃなぁい? どうせもう街には出ないんだしぃ」

「うん……行こ……」

「なら決まりですわね!」


 まるで年若い娘たちのように姦しく騒ぎながら走り去っていく女性たち。準備をしに自室に戻ったのだろう。


「何を企んでるんだ?」


 トリーらが廊下から消えると、ドスとチィがしかめっ面をずい、と寄せてきた。不信感が最大限に高まったような視線で、こちらを射貫いてくる。


「セーミに頼んで何を“呼び戻す”つもりじゃ?」

「気になるなら貴様たちも来ればよい」 


 2人を押しのけ、にやりと笑いながらスィスは答えた。


「“ゲーム”のための仕込みだ。そろそろ最終局面に入るのでな」












 スィスからお説教をいただいた後、ナインはすぐに行動を開始した。自分の不手際による責任をとるため。ケジメをつけるためだ。

 だがそれにはまずファティマに、あるいは反体制組織レジスタンスの構成員に接触しなければならない。

 相も変わらず容赦のない日差しに辟易しながらも、旧首都中を歩き回っては通行人やら売店の従業員やらに、『キャラクター物のシャツを着た少女』について尋ねて回る。ほとんどの人間はそんな浮浪児ストリート・チルドレンのことなど気に留めていないので、「知るわけないだろ」と一蹴されてしまうが、中にはナインを見るなり険しい顔つきになる者もいた。

 そのような相手には、続けて『組織の人間への言伝』を頼みこむ。ナインのことを知り、そして嫌悪感を示すということは、十中八九反体制組織レジスタンスの関係者と見込まれるからだ。もちろん相手にされないし、中には罵倒してきたり殴りつけたりしてくる奴もいた。

 だが、これ以外に方法が無かった。以前訪れた貧民街のアジトはとっくに引き払われていたし、全体、バイラムら護衛部隊の連中ですら苦労するような相手に、ナインが単独でそう簡単に近づける訳がない。

 それに彼らにとってナインは、リーダーを失う原因を作ってしまった仇でもあるのだ。以前のように、ファティマの方から付きまとってくれることももうあり得ない。

 だからとにかく、足を使った。そうしていると、日が傾き始めるころには中心部の目ぼしい場所はあらかた踏破してしまう。


「なんだか探偵みたいなことやってるなぁ、オレ」


 などとズレたことを考えながらも、今度はもっと遠くを目指す。具体的には大通りを外れた位置。人気が無く、一気に治安が悪くなる地域だ。以前バイラムの部下たちに追い込まれ、危うく捕らえられそうになったところでもあるが……


「よし、この辺かな」


 適当な脇道を見つけて入り、裏通りを突き進む。そのまま歩き続けること数十分。

 来た。複数の足音。ナインの進行方向にそって、どんどん集まってくる。どうやら釣れたようだ。

 

「止まれ」


 十字路に差し掛かったところで、1人の男が立ち塞がるようにして現れた。それと同時に左右から、そして後ろからもぞろぞろと。合計6人がナインを取り囲む。

 いずれもボロボロの服に無精髭という清潔感のない姿。手には木製やら金属製やらの棍棒、大きめのビールか何かの瓶を担いでいる者もいる。いかにもチンピラといった風情だ。  


「何の用だ。嗅ぎまわりやがって」


 ナインの正面に立つ男が、唸る様にして言う。『財布を寄こせ』でも『ぶっ殺す』でもない。口ぶりから、見た目通りの強盗ではないだろう。

 わずかばかりの期待を抱きつつ、ナインは答える。


「子どもを探してる。ファティマって女の子なんだが、知らないか?」

「なんだとっ」

「てめぇ、性懲りも無く……」


 途端に男達の目つきが鋭くなった。どうやら当たりのようだ。

 殺気立つ男たちがじりじりと距離を詰めてくる。そんななかナインは身構えもせず、懐の熱線拳銃レーザー・ガンに手を伸ばすこともせず、ただ静かに語り掛けた。


「お前らが駄目なら、他の人間でもいい。“聖なる剣”に伝えてくれ。『話がある』と」

「ふざけるなっ!」


 棍棒が振り下ろされる。脳天に直撃。カチ割らんばかりの勢いだ。一瞬視界がホワイト・アウトしかけるが、どうにか堪えて再び正面の男を見据える。


「好きにしてくれて構わねぇ。だが……」


 今度は背後から後頭部を一撃。持ち前のタフネスさでどうにかノック・アウトは回避したが、耐え切れず地面に膝をつく。そこからは怒涛の追撃だった。頭と言わず尻と言わず、もう身体中を滅多打ちにされる。


「魔王の犬が!」

「くたばりやがれっ!」

「糞野郎め! 死ね!」


 罵詈雑言と殴打の雨あられ。隠し持っているであろう拳銃を使わないでくれているのはせめてもの慈悲か。……否、むしろ簡単に殺しては気が済まないのだろう。好都合だ。

 ナインは地面に伏せたまま、じっと耐え続けた。さすがにこれ以上は不味そうなので頭部だけは庇うが、それ以上はなにもしない。

 反撃も。抵抗も。言い訳も。

 やがて男達の方が限界に達した。肩で息をしながら得物を放り出し、1人、また1人とそこいらに座り込んでしまう。この期に及んでもまだ止めを刺そうとしないのが奇妙なくらいだ。

 取り合えずひと段落ついたと判断して立ち上がる。 


「気は済んだか?」

「と、どうなってんだよお前、なんでそんな……」

「んなこたぁどうでもいい。幹部でも構成員にでもいいから伝えてくれ。話がしたいんだ」

「……」


 血塗れのまま悠然としているナインを見上げ、男達が驚いたようなげんなりしたような顔つきになる。

 何十回もフルスイングをかました相手がピンピンしていれば当然の反応だろう。しかしナインからすれば、この程度ではとてもくたばっていられない。それでは全体、不死人は名乗れない。故郷のスラムでも、こんな風に袋叩きにされたのは数えきれない程なのだ。

 あるいはもしかすると、ここまでやってもまだ無抵抗でいることに呆れたのだろうか。まあどっちでも構わないが。


「俺がやらかしちまったことについては詫びのしようもねぇ。だがどうか頼む、話だけでも」

「……付き合ってられねえ。おい、行こうぜ」


 男達がノロノロと立ち上がり、ナインに背を向けて去っていく。


「おい、待ってくれ!」

「顔でも洗え。そこの公園でな」

「なんだと?」

「酷いツラだ。まずは綺麗にしな」


 訝るナインに対し、男の1人が通りの向こうを指さす。そこには荒れ果てた公園があった。


「たしかにこれじゃぁ表を歩けねぇがな……」


 額の血を拭いながら呟く。傷はすぐに塞がるが、血だの埃だのの汚れはどうにもならない。せっかくのスーツもめちゃくちゃだ。彼らの言う通りに、せめて顔くらい洗うべきだが、しかしなぜそんなことをこの状況で言うのだろうか。

 疑問を抱きつつも男達を見送ると、ナインはその公園へ向かうことにした。この地域は未だに戦後の復興が済んでいないが、水道管は通っている。戦闘の跡も見えないし、ひょっとしたら水場がまだ使えるかもしれない。

 錆びた鉄のアーチをくぐり、公園へ入る。カラフルなタイルで舗装された歩道を歩いていると、やがて木陰にベンチが見えた。そこには1人の老人が腰掛けており、本を読んでいる。他に人気はない。

 そしてその向こうに、あった。水飲み場が設置してある。

 迷わずそちらへと向かう。するとその際に老人と目が合い、ぎょっとした顔をされてしまうが、笑顔を作って誤魔化しておく。こんな血塗れの顔で笑いかけられたら、かえって心臓を破裂させてしまうかもしれないが。

 とにかくまずは洗顔だ。蛇口をひねって勢いよく放水し、頭から被る。そのままガシャガシャこすると少しだけさっぱりした。

 軽く息をついて顔を上げる。


「振り向くな。そのまま前を見ていろ」


 背後のベンチから静かな声がかかる。あの老人だ。否、どうやら老人ではなかったらしい。


「私に用があるらしいが……なんのつもりだ?」

「……あんたひょっとして、前に会った奴か? ムハンマドって名前の」


 声に聞き覚えがあった。以前、スィスと一緒に乗り込んだ貧民街のアジト。そこで一度だけ見た青年。スィスの調査によれば、反体制組織レジスタンスの顔役。リーダーが失われた今、彼が実質的な中心人物だろう。

 偶然ではない。先の男達は単なる憂さ晴らしをしにやって来ただけでなく、メッセンジャーとしての役割も担っていたようだ。

 それにしても、スィスから説教を喰らったはしからなんとも注意力散漫なことだ。変装ひとつ見破れないとは……


「質問に答えろ。何が目的だ!?」


 男が。ムハンマドが苛立たし気に言う。


「お前のおかげで組織はガタガタだ。十年掛かりで整備した地下通路は潰され、12ある入口の全てが当局に押さえられた。メンバーも大勢犠牲になったぞ」

「その件については申し訳なく思ってるよ、俺のポカのせいだ。許しちゃくれないだろうが、ファティマにも済まなかったと伝えてくれ」

「済むわけがない。……さっき無抵抗だったのは贖罪のつもりか? あいつら全員を相手にするのは無理でも、逃げるくらいはできはだろうに。償おうと?」

「んなわけあるかよ」


 濡れた髪をかき上げ、吐き捨てるように言う。

 そんなつもりは毛頭ない。済んだことはもう取り返しがつかないし、これから先にナインが何をしようが、ファティマの母親は戻ってこないし、彼女や組織の構成員を死なせた事実は消えないのだ。

 あの程度の打擲で清算しようなど虫が良すぎるというものである。


「ふん……ならなんだ? こうしてリスクを冒してまで会いに来てやったのだから、建設的な話を聞きたいものだな」

「ああ。考えたんだが……このままだとアンフェアだと思ってな」

「なんだと?」

「バイラムは。護衛部隊と大統領は、俺を利用することでお前たちの組織に大打撃を与えた。だがそれはズルだ。チートってやつ」

「どうしてそうなる? 利用できるものを利用するのは闘いの基本だろう」

「そりゃそうなんだがな。だが俺の場合は違うんだよ」

「悪いが理解できんな」


 ムハンマドが鼻をならす。それはそうだろう、この世界の闘争に介入しないという方針は、あくまでもナインら団員が身内で取り決めているだけの話で、それを知る術のないムハンマドたちには関係のないことだ。もちろんバイラムや大統領にとっても。

 だが彼らにとってはそうでも、団員にとっては。特にナインにとってはそうはいかない。

 自らの意志が介在していなかったとはいえ、大統領やバイラムたちに益をもたらしてしまった。闘いの全体的な結果は変わらないにしても、それはうまくない。

 

「つまり、俺が言いたいのはだな」


 滴り落ちる水を拭い、ナインは後ろを振り返った。そしてムハンマドを見据える。ムハンマドもこちらを見つめていた。ベンチに腰掛けながら、肩越しに。まるでナインの本質を探ろうとしているかのように。

 ナインは少しだけ間を置いてから、意を決して告げた。


「お前も俺を利用しろ。それならフェアだ」

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ