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勇者と魔王の世界・3

―これなんてどうですの? すっごく可愛いですわ!

―少々派手ですねぇ。もうちょい落ち着いたやつの方が……

―こっちもいいわよぉ。お姉さんのお薦めぇ

―うわっ! ちょっと露出が多すぎるぞ! ノーリにはまだ早い!


「嫌われてしまったかな?」


 肩を怒らせ去っていく若人の背中を眺め、スィスはくすりと笑った。 

 真っすぐな青年だ。正義感とか、義理とか、人情とか……スィスが遥か昔に見切りをつけた類のそれらに、がんじがらめになっている。しかも彼自身がそれを煩わしく思っているときた。

 実に愉快だ。団長のお気に入りということもあって、揶揄いがいがある。


「いい加減にしとかんと、そのうちあの餓鬼に後ろから刺されるぞ」


 その言葉に視線を戻すと、ドスが呆れ顔をでこちらを見ていた。


「それに奴の言い分も正しい。お前の“給仕”に対する扱いは、少々度が過ぎとる」

「ふん。この店にはだいぶ金を突っ込んでいるのだ。この程度はサービスの一環として受け入れてもらわねばな」


 そう返しながら、ファイア精霊エレメンタルを呼びつけた。もちろん周囲の客たちに感知されないように、不可視の状態でだ。力を調節して煙管に火をつけさせる。

 なかなか悪くない味だ。評判を聞いて遠く離れた別大陸から直接空輸させた葉だが、タムに頼んで城内の農業プラントで栽培させてみてもいいだろう。


―やはり満足のいく品に出会う秘訣は、出資を惜しまないという点に尽きるな


 この煙草に限ったことではない。酒も、食事も、女もそうだ。本当にそれが欲しいのならば、支払うコストなどいちいち考えるべきではない。例え二度目には飽きてしまうとしても、たった一度の至福のためにさえ全力を尽くすべきなのだ。

 所詮神ならざる不完全なこの身、永遠に満足することはない。一つを手に入れても心は渇き、また別の何かを欲するようになる。呪いの様な人の性だ。

 そして、それでいい。絶え間なく生じる『何かが欲しい』という目標と、『得るために足掻く』という過程。その繰り返しこそが『人が生きるということ』であり、スィスが数万年にわたって生に執着してきた理由の1つなのだ。


「それにここのところ、だいぶ鬱憤が溜まっていてな。たまにはこうして“ゲーム”を愉しみたいのだ」


 煙管から離した口をすぼめ、たっぷりと肺の中まで吸い込んだ煙を思い切りテーブルの上にぶちまける。ドスが煩わしそうな顔でパタパタと手を扇ぎ、聞き返してきた。


「“げぇむ”だぁ? つまりは遊びの一環じゃと」

「そうだ。なにせこの世界には、“同位体”がいない。我の邪魔になる者はいないということよ」


 前回の世界での戦闘により、アラインは戦力を大幅にすり減らすことになった。とりわけ守護女神であるチィの弱体化が著しく、現在の彼女は仮の姿を保つのにも一苦労といった有様である。

 だが幸いなことに、この世界にチィと同格の力をもつような超存在、いわゆる神はいない。もちろん宗教的、形而上的な意味での神は各地にて伝承されているが、それだけのことだ。団の脅威にはなり得ない。

 だからスィスは、この世界を自由気ままに闊歩することができる。この世界すべてと自分自身を駒に見立てた、戦略ストラテジーゲームを愉しむことができる。

 ああ、何と素晴らしきかな我が人生!


「ほどほどにしとくことじゃな」


 処置なしとばかりに首を振って、ドスが席を立った。そして椅子の背に引っかけてあったブランド物のネクタイをポケットにねじ込む。いつもの小汚い胴着姿では格好がつかないだろうとわざわざ見繕ってやったというのに、それこそ酷い扱いだった。


「メシも喰ったし、儂ももう行くぞ」

「なんだお前まで。この後は、選りすぐりの美女たちとの“約束”があるのだ。たまには羽目を外したらどうだ?」

「遠慮しとく。貴様のように俗な生き方をしとると、“気”が弱まるでな」

「修験者のようなことを言いおって」

「ま、これで一応は仙人じゃからな」

 

 肉も酒も大好物なくせに、いまさら仙人などと偉ぶったところで様になっていない。むしろそこまで生臭ささを許容しているのに、どうして女に関してだけ妙にストイックになれるのだろうか。


―まあ……別段困るようなこともないか


 全体、ドスやナインを連れ歩いていたのは護衛としてではない。この店での振舞もそうだが、要は親から受け継いだ権力を乱用する放蕩息子というステイタスを、周囲に示したかっただけだなのだ。

 1人になったスィスを見て、またレジスタンス共が暗殺を企てるのか。それとも“それ以外の勢力”が、利用しようと接触を図ってくるのか。それはそれで愉しみが増えるというものだ。


「おいスィスよ」


 ドスが急に真顔になった。巨体の周囲の空気が陽炎のように揺らめき、肌に突き刺さるような確かな圧力をもちはじめる。

 彼が言うところの殺“気”というやつだ。


「念のために言っておくが。ノーリを失望させるようなことはするなよ?」

「分かっているとも」


 親友からの警告……もとい有難い忠告を受け、スィスは口の端を釣り上げた。


「我は化け物にはならん。“もう二度と”な」











 ナインが店の外に出た途端、すさまじい熱気が襲ってきた。

 軒下からそっと顔を覗かせれば、雲一つない晴天のど真ん中で太陽が輝いている。正午を過ぎたあたりということもあって、暑さもピークに達しようとしている。このまま“城”まで歩いて帰るというのは、かなりきつそうだった。


―つってもな。“この車”を使うのもな


 すぐそこの大通りに面した駐車スペースを見れば、1台のバカでかいリムジンが停められている。今朝方レジスタンスのアジトへ赴く際にも使った奴で、この世界ではまともな一軒家が買えるくらいの値段がする高級車だ。やたらと目立つくせに防弾装甲も備えていないので運転させられる身としては気が気では無く、『前の中古車の方がマシだ』と何度も提言したのだが、オーナーであるスィスが『今日はこれにする』と言って聞かなかったのだ。

 そういえばスィスはワインを飲んでいたし、ドスの方はそもそも自動車の運転ができない。となるとこいつは、このままここに置き去りか。いやそもそも、彼らはどうやって城に帰ることになるのだろうか。 


「ま、知ったこっちゃねぇやな」


 そう吐き捨てると、ナインは首元をぐいっと緩めた。そしてポケットに両手を突っ込み、不機嫌に身体を揺らしながらのしのしと歩き出す。

 どうせあのクソジジイのことだから、ナインがいなくとも金をばら撒いて誰かに代行させるだろう。それにいざとなれば、ペンダントの“種間移動テレポート”機能がある。人目につくところではマズイだろうが、便所なり個室なりで使えば問題はない。


 昼時の大通りの歩道は、通行人でごった返していた。

 電気店や雑貨屋などに混じって軒を連ねる飲食店や屋台には、大勢の客が列をなしている。この近辺に務めているであろういい歳をしたオッサンや子連れの女性、それに汗を流しながら商いをする青年。故郷の世界の闇市を思い起こさせる、活気に満ちた空間だ。

 だがそんな折、ふと視界の端に写るものに気づく。人混みの中にちらほらと、地面にうずくまっている者たちの姿がある。皆一様に薄汚れているが、さらにその中に四肢が欠損していたり、顔がケロイド状になったりしている者たちが。

 ここでは。否、この世界では珍しくもない、戦災者たちだ。


 この世界はつい最近まで、大小の国々が入り乱れて覇権を奪い合う乱世だった。

 あるときその内の1つ―つまりはそれが、ここいらの地域を支配していた大国だったのだが―でクーデターが起こってから、状況が一変した。

 長らく続いた王制が廃され、代わりに首謀者の1人である将軍が全権を掌握。軍事国家として“転生”した後は瞬く間に周辺国を併呑していき、結果武力による世界統一を成し遂げた。これがここ数年のこの世界の歴史だ。

 旧首都であるこの一帯も戦火に見舞われ、大勢の人間たちが家や財産や職、そして家族を失った。終戦とともに真っ先に公金が投入されたが、まだまだ完全な復興には程遠い。それでもここいらはまだマシな方で、この街を一歩外に出ればそこいらじゅうに戦闘や爆撃の爪痕が残されている。今やこの世界中がそんな有様だ。


 団員たちの調査によって世界の実態が明らかになると、スィスはある行動に出た。アラインの為に収集していた情報、物資、そして資金の一部を流用し、戦災復興事業なんてものを始めたのだ。

 食糧・医療援助。

 水道、電気などのライフラインの復旧。

 孤児院の建設に、就労支援。

 当初は戸惑った団員たちだったが、特に否定的になる者はいなかった。何故ならそれは、この世界で手に入れたものを、この世界に返しているだけだったからだ。それに無関係とはいえ、多くの弱者が救われることに繋がったからだ。だからその“善行”が、たとえスィスという1人の男の名で行われていたとしても、ナインを含めた誰も止めはしなかった。


 だがあの老人は、それらはあくまでも望むままの行動だったと言う。そうするべきだと思ったからだと言う。

 ならばスィスは、この後に何を望むのだ?

 せっかくこの世界で手に入れた聖人君子としてのステイタスをあっさりと手放し、今度は愚物として振る舞って。

 いったいこの世界で、何をしでかそうというのだろうか?


―いかんな。こんなぐちゃぐちゃじゃぁ、きちんと“課題”を達成できねぇ


 ともすればセンチメンタルになってしまいそうな気分を落ち着けようと、ナインは歩みを止めた。そしてすぐ横にある店舗のショー・ウィンドウを覗き込む。

 どうやらここは、女性ものの化粧品などを扱う店のようだ。口紅や香水、それにマニキュアだのなんだの。ナインにはとんと関りのないものばかりだが、商品に刻印されている企業のロゴマークには見覚えがあった。


「うげっ。スィスが“スポンサー”やってる会社じゃねぇか」


 嫌なものを発見してしまい、ナインは思わず後ずさった。その拍子にガラスの反射角が変わり、背後の様子が目の中に跳び込んでくる。

 そこで、ふと気が付いた。ナインの後方、車道近くの位置に、1人の男が立っている。

 行き交う通行人たちと同じ浅黒い肌をした、痩せ気味の中年男だ。それだけならば、気にするほどではないのだが、その男はナインと同じように長袖の上着を羽織っていた。このクソ暑い中で。他の連中は通気性の良さそうな薄手の衣服だったり、半袖だったりするのに。


「……ふん」


 ナインは化粧品店から視線を外して歩き出した。そして数分程歩いてから、楽器店の前で止まって中を覗き込む。だが今度は、陳列されているトランペットだのグランドピアノだのを眺めたりはしない。目の焦点を調節して、ガラスに映り込んだ背後の様子を確認する。

 いた。さっきの男だ。今度は携帯型の通信端末を片手で操作しながら、横目でこちらを見つめている。間違いない、つけてきている。

 即座に胸元のペンダントを取り出し、通信機能を起動。団員の1人を呼び出す。


「課題を始めるぜ」


 小声で語りかけてからきっかり10秒後。「ほーい……りょーかい」という間の抜けた返事が戻ってきた。

―ありゃ? どうしましたかトリー?

―ナインに……呼ばれた……

―おー、例の課題ですわね

―丁度いいわぁ、見物に行きましょぉ


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