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メトロポリス・11


 ドスン、ドスン。


 異形の巨人が、瓦礫を踏み砕きながら、マトイらに歩み寄ってくる。作業機械という分類ながら、人型重機と呼称される所以である、大型機械による歩行。

 しかし本当ならもっと滑らかに、緩衝機能によって静かな移動ができる筈なのだが、酷くぎこちなく危うい動きだ。故障したものを安く買いたたいたか、廃棄品をかっぱらってきてレストアしたのだろう。よく観察すれば、機体の至る箇所に金属板が粗雑に取り付けられている。この無茶苦茶な改造も、千鳥足の一因となっているに違いない。

 

「どういうおつもりですか」


 最初に声を上げたのは、メイド服の女性だった。口調だけは落ち着いているが、表情から温かみが消えている。


「この男の処遇は、私たちが預かるというお話では?」

「事情が変わったんだよぉ、へへへ…」


 操縦席から頭だけを覗かせているサイボーグ崩れが、下卑た笑いを浮かべて答えた。初めて出会ったときとは異なり、歪みきったそれは、この男がすでに正気ではないことを示している。何かの薬物ドラッグを使用しているのだろうか。


「俺たちは。いや俺は、そいつに復讐ができればそれでいい! テメェらの探し物なんざ、知ったことか!」


 拡声器から放たれた『キーン』という耳鳴りの様な音が、裏路地を撃ち抜くようにして通り過ぎる。顔をしかめつつ、マトイは思考を再開した。


 どうやら会話を聞くに、この3人娘とサイボーグ崩れ。いや、その背後にいる『Crusher Cats』は、何らかの協力関係にあったようだ。恐らく彼女らは、マトイの依頼人であるノーリ嬢の身柄を求めて、ギャングの組織力を頼ったのだろう。

 ある意味、ノーリ嬢から頼まれた人探しをそのまま『Bloody Boys』に丸投げしたマトイと同じと言える。ただ一点、信頼関係を構築済みだったかという点だけは、違ったらしい。


「そんな無法な! 依頼料は前金でお支払いしたでしょうが!?」

「…だから、止めとこう、って言った」


 スラムで無法も何もないだろうに、背後のセーミが憤る。すると当てつけのようにトリーが首を振って、マトイに突きつけていたレイピアの切っ先を外した。

 眼前の重圧が消えたことで、マトイはほんのひと時胸をなでおろす。


 哀れなことにこの女性たちは、マトイ程にスラムでの交友関係をもつことができなかったようだ。

 対価が契約の履行を保証する絶対的な力であるなど、ギャング相手には通用しない理屈。殊に、仁義とは最も程遠いとマトイが分析していた『Crusher Cats』の連中なら、取れるだけのトークンをふんだくった挙句に交渉相手を殺すなど、臆面もなくやってのける。組む相手を間違えたのだ。


―どうやら、全員が敵という最悪の状況よりは、なんぼかマシのようだな。しかし…


 ともあれ、この場においては最も強力な戦闘力を有しているのは疑いようもない事実だ。マトイ自身はもとより、他の3人とて所詮は生身の人間だ。如何に常軌を逸した隠密能力や膂力があっても、十数トンの貨物を軽々と運搬し、即席とは言え装甲を取り付けられた人型重機を相手にするには、力不足だ。

 それを証明するように、マトイを囲む3人娘も動かない。苛立たし気な表情で、元契約相手を睨みつけるばかりだ。


―これは、上手くすれば…?


「も、もうぅ、無駄話は終わりだっ!」 

 

 サイボーグ崩れが、人型重機の歩行速度を上げた。路地を埋め尽くす程の巨体が、両脇の建物の壁を破壊しながら突撃を仕掛けてくる。歪な機械仕掛けの巨人による強襲に、さしもの実力者3人も気を取られた。


好機チャンスだ!


 “起死回生”の筋道が描かれ、マトイの眼の中に悲壮な炎が点る。

 最後の手段を、講じるのだ。


「ぬあおおりぃゃあああっ!!」

「不味い!」


 一体どの娘の叫び声だったか。それを合図にするように、3人の仮装コスプレ集団が、さっとその場から跳び退った。一瞬で瓦礫の山頂へと飛び乗り、建物の窓の縁へと手をかけ、水平な壁面に張り付く。

 まったくもって、常軌を逸した身体能力であった。


 だが。


 マトイはそっとほくそ笑み。


 ただその場に、両手を広げて立っていた。

 

「んなっ!」

「何をしてっ」

「正気ですか!?」


 女性たちが驚愕する中、人型重機が立ち尽くすマトイへと迫る。

 

 分かっている。このままでは、マトイは間違いなく殺される。

 だが、それでいい。それでいいのだ。


「くたばりやがりゃぁぁぁああ!」


 サイボーグ崩れの絶叫と共に、重機の腕部がマトイに向かって勢いよく伸びた。

 本来ならば重い貨物を固定するための合金製の二本の爪が、マトイの上半身を挟み込み…






 ごきゃ、ぐちゃり




 


「ぐぅぁっ…かは…」

  

 金属の擦れる音に混じって、弱々しい痛苦の悲鳴が漏れた。まるでチューブ型容器の中身をひり出すように、マトイの口から勢いよく喀血が飛び散る。大きなビニールの袋がマトイの手から滑り落ち、中に詰まっていた菓子類が再び飛び散った。


「う……ひゃはははっ! ざまぁ見やがれっ! この死にぞこないがぁ!」


 勝利を確信したサイボーグ崩れは、重機の脚で散乱した菓子類を踏みつけ、鬨の声を上げた。

 拡声器によって増幅されただみ声が、マトイの“くたり”とした長身をびりびりと揺らし…

















 



 












「醜悪な」


 履き捨てるような一言と共に、悦楽に浸っていたサイボーグ崩れの顔に影が差した。見上げるとそこには、宙を舞う赤と紫の影。


「ハァッ!」


 可愛らしい掛け声の直後、轟音と衝撃が人型重機と、搭乗者であるサイボーグ崩れを襲った。次いで、重機の重心が大きく後ろへと傾く。

 たたらを踏む男の眼前で悠然と立ち上がったのは、大きな杖を手にしたワンピース姿の少女。セーミだった。


「な、な、な…?」


 何が起こったのかと濁った眼を見開く男。

 すると、何たることか。仇敵を掴み上げていた重機の腕部が、肘部から折れて、地面へ落ちているではないか。


「え…嘘…?」

「初めて会った時から気に喰わなかったんですけど、いい加減に貴方には我慢の限界ですわね」

 

 理解が追い付かない男に構わず、セーミは片手で杖を振りかぶった。そして、一閃。


 ぼがんっ!


「ぐげぇっ!?」


 またもすさまじい衝撃に見舞われ、重機がガクガクと震えた。酩酊状態にあった男の脳がシェイクされ、高揚感が急激に冷めていく。


「や、や、や、やめてっ…」

「止めませんわっ」


 一撃、二撃で止まることはなかった。悍ましい風切り音を鳴り響かせて、少女が金属の巨人が滅多打ちにし始めたのだ。 

 突貫作業で操縦席の前面に括り付けられていた装甲版が、杖のような鈍器を振るわれるたびに、まるで薄っぺらい紙の様に吹き飛ばされる。残っていた左腕部は少女の片手で引きちぎられ、バランスを崩したところで脚部関節を砕かれる。


「とぉりゃっ!」


 完全に自力での歩行が不可能になったところで、止めのフルスイングが放たれた。

 

 ぼかーん!


 ごろごろごろっ!


 ずずーん!


 無惨にも巨大な金属の塊と化した人型重機が、さながらピンボールの様に跳ね回りながら、裏路地を転がっていった。ぶち当たった壁は砕かれ、ひび割れていた地面は抉られ、更なる破壊が撒き散らされていく。搭乗者の悲鳴をかき消す程の勢いだった。


「ふんっ! 愚か者が」

「セーミ様…」

「やりすぎ…」


 仲間にたしなめられる怪力少女が、鼻息も荒く杖を地面に突き立てたあたりで、人型重機だったモノはようやく動きを止めた。巻き添えで倒壊した両脇の建物の瓦礫と、ごちゃ混ぜになっている。

 もともと崩壊の跡が残ったままの裏路地だったが、セーミの大立ち回りによって完全に人が通れない状態になってしまった。

 

「ひ、ひぇぇえぇ…」


 とんでもない暴行であったが、どうにか操縦席だけは無事だったようだ。だがとても無傷とはいかなかったようで、ボロボロになったサイボーグ崩れがやっとのことで這い出してきた。 

 麻薬と密造酒によるバッドトリップと、生身で重機を打擲してのける化け物との遭遇に怯えた男は、ただ一度だけ女性たちに怯えるような眼を向けると、半ば這いずる様にしてその場を逃げ去って行った。


 











 

 メイド服の女性、タムは、地面に力なく横たわる男に歩み寄った。そして、自らの医学的知識をもって、出来得る限りの診断を行う。


 外部からの圧迫で胸郭が押しつぶされ、肋骨のほとんどが折れている。肺は両方とも破裂を免れたようだが、どうやら折れた骨が突き刺さっているらしい。弱々しい呼吸と共に、口から血の泡が溢れ出ている。

 あの機械人形ゴーレムの手に挟まれた上半身は、応急処置ではどうにもならない程にぐしゃぐしゃだ。下手をすれば、心臓まで損傷している可能性まである。放置しておけば、死は免れない。

 わずか数秒で判断を下したタムは、隣に立つセーミへと顔を向けた。


「如何しますか。セーミ様の御力で、癒すことが可能でしたら…」


 しかし杖を握るセーミは、力なく首を振る。


「無理ですわね。私では、ここまでの傷は治せません。この男が死ぬまで待つか、いっそ止めを刺してから、“霊魂に直接尋ねる”方が手っ取り早いですわ」


 セーミの言葉に、タムは再び死に体の男に再び視線を向けた。

 『くらっしゃぁ きゃっつ』なる犯罪者集団からの情報提供により、探し物の行き先に最も近い人物として挙がっていたのが、今まさに死にかけているこの男だったのだ。何の情報も得られないままでは、“彼女”の発見が遠のいてしまう。

 連中に契約を反故にされた現在、この状況は危険極まると言っていい。


―それに少し、憐れです。


 タムが顔を曇らせていると、トリーがぴしゃりと言い放った。


「…残念だけど、却下」

「トリー様?」

「軍警察、近づいてくる。時間、ない」


 トリーが、路地裏の反対側―タムとセーミが入ってきた方向を見た。

 その先には、闇市というものがある筈だった。話に聞くのみだが、ここいらの住人が大勢参加していたらしい。だが折り悪く、この都市の軍事力による強襲を受けている。それが完全に制圧されて、包囲網が広がったのだろう。

 彼らに捕捉される前にこの場を離れるには、この男を捨て置く他ない。この、死にかけている男を。


「しかし、それは…」

「気にすること、ない。私たちいなくても、この男、死んでた」

「そうですわ、タム。こんな無謀な男のことなど、忘れてしまいなさいな」


 トリーが俯くタムの肩を優しく叩き、セーミが何度も頷いて同意する。

 2人の言う通りだ。このマトイという男と、あの機械仕掛けの男は、何かしらの因縁をもっている様子だった。それなら彼らの衝突は不可避であっただろうし、この“不死身”を気取る愚か者の死も必然のこと。


 タムの脳裏に、先刻のマトイの言動が思い起こされる。

 出会った当初の情けない立ち居振る舞いから、一転して脅迫に対して虚勢を張るちぐはぐな心理。迫り来る機械人形ゴーレムを、真正面から棒立ちで迎え撃つ無鉄砲さ。

 自分は強い。だから、負けない。だから、死なない。そんな風に過信したのだろう。

 

 例え苛烈な世界にあったとしても、ただ生き延びてこれたという事実が、“死なない”という超常的な現象に帰納することなどあり得ない。あんな、さも殺してくださいなどという馬鹿げたことをするなど、愚かにも程があるというもの。

 

 諭されるように元気づけられ、タムは苦笑を浮かべた。すると他の2人も、釣られて笑みを浮かべる。


「ですが、これからどうします? 手掛かりの一切がなくなってしまいましたわ」

「うんにゃ。まだ、ある」


 セーミの指摘に、トリーは再度、くるりと視線を裏路地の反対側に移しながら即答した。犯罪者集団の一味が逃げた方角だ。


「こうなったら、アイツらと、も一度話す。…今度は、本気で」

「仕方ありませんわね。あまり目立つ真似はしたくありませんでしたが」


 この一帯では最大級の規模をもつということで、人探しを依頼した犯罪者集団『くらっしゃあきゃっつ』。対価として“金貨”を支払った時は二つ返事だったというのに、心境が変化したのか。あるいは最初から、裏切るつもりだったのか。

 いずれにしろ、もう次は容赦しない。立場の違いというものを判らせたうえで、きっちりと仕事をさせねばならない。


「“同位体”がいる可能性は低いと思われます。力を抑えれば、『めとろぽりす』の権力者に察知されることもないでしょう」

「フラストレーションが溜まりますわねぇ」

「…さっき、いっぱい、暴れたのに?」

「あの程度、準備運動にもなりませんわ。いっそ軍警察を蹴散らして、この街を支配するというのは?」

「冗談はお止めください、セーミ様」


 セーミの赤い眼が怪しい輝きを放ちだしたところで、タムはパンパンと両手を叩いて話を中断した。

 セーミは可愛らしく頬を膨らませると、不承不承といった様子で頷く。 


「では、参りましょう」

「…分かりましたわ」

「合点、承知」 


 3人はお互いの顔を確認するようにして言うと、即座にその場を離れた。すでに虫の息となったマトイには、目もくれない。

 タムも、セーミも、トリーも。憐憫の感情を抱かない程に冷酷である訳ではないが、優先順位というものをよく理解しているのだ。

 つい最近訪れた地で、数分間話し合った程度の関係性しか持たない男の死を看取り、弔ってやるなどというちっぽけな善行を積むよりも、大いなる目的を達成するなかまを取り戻すことこそが、現在の至上目的。


 その共通認識に基づき、3人は動きだす。


 軽快。 

 重厚。

 そして、無音。


 それらの足音が完全に聞こえなくなると、路地裏は完全な静寂に支配された。





 いや。まだわずかに、何かの音がする。






 吹き込んでくる風ではない。







 それは、荒い呼吸音と。

 何かが、這いずるような。



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